上位精霊
「……猫ちゃん?」
『ガウッ!』
リッカに応えるように藍色と白の猫のような精霊は一鳴き。
可愛い。とても可愛い。
元々動物好きのリッカ。その中でも猫が特に好きで、なんなら抱っこして匂いを吸いたい衝動に駆られるものの、状況が状況なだけにそんな事をしている場合ではない。
流石にこんな子猫のような精霊を戦わせるのはどうかと思いつつ、きっとスティーリアもさぞかし呆れた顔をしているだろうと恐る恐る隣を見てみると――
「――かわ……」
いつもの仏頂面ながらもちょっと頬を染めて精霊を凝視し、ボソッと呟いた。
しかしリッカの視線に気づいたのか、ハッとしてそっぽを向く。
「……その子は上位精霊よ。精霊名は『フロストティガー』。あなた、召喚魔法の才能に全振りしてるのね」
「え……そ、そうなのかな……?」
精霊の上下はよく分からないが、どうやら見た目に反してかなりの力を持つ精霊らしい。
だが、そうこうしているうちにどんどんアサルトバニーの群れは迫ってきている。
プラーミャも相対していたアサルトバニーと一度大きく距離を取り、リッカとスティーリアの元に戻る。軽々と戦斧の魔装具を肩に担ぎ直す。
「さあ、リッカ様! 共に敵を殲滅いたしましょう」
「え!? えーっと……」
『ガルッ!』
戸惑うリッカに代わって答えたのは、リッカが召喚したフロストティガー。
その顔は任せろ、と言わんばかりにやる気に満ちているように見えた。
リッカは屈んでフロストティガーと視線を合わせる。
「えっと、お願いできる?」
『ガウッ! ――グォオオオオオオオオオオン!!!』
フロストティガーは空へ向けて雄々しく咆哮を上げた。
すると濃密な藍色の魔力がその体を包み込み変貌を遂げていく。
子猫のようだった体は獅子のように大きく、その体毛からは周囲の空気を凍てつかせるかの如く冷気を伴う。
藍色と白のコントラストが美しく、しかしながら獰猛な獣を思わせる穿牙を携える氷雪の化身。
それは上位精霊の名に相応しい存在へと変化していた。
『グルオオオオオオ!』
ドンッと駆け出したフロストティガーは、これまで相対していたアサルトバニーへ襲い掛かった。
アサルトバニーは突然現れた上位精霊に怯み、反撃も逃走も出来ず、フロストティガーの高速の突進に為す術もなく吹き飛ばされ、背後の大木に打ち付けられ、やがて動かなくなった。
そしてフロストティガーは減速しないまま、アサルトバニーの群れへと一直線に駆けていく。
「いいですね! では、私も微力ながら援護いたしましょう! 『飛来するは灼熱の翼。その羽ばたきで空を焼き、眼前の敵へと殺到せよ。フルード・ファイアバード』
好戦的な笑みを浮かべながらプラーミャが詠唱。戦斧の魔装具を振るうと、十匹の燃え盛る炎の鳥が放たれた。
炎の鳥は縦横無尽に空を舞い、アサルトバニーの群れへと飛び込んでいく。
――ズドン、とその全てが直撃。アサルトバニーの群れは炎に焼かれ、その足を止めた。
もがき苦しむアサルトバニー達を覆う影。
太陽を遮るように、フロストティガーがその速度のまま跳躍。開いた獣口に藍色の魔力が収束していく。
『グラァアアアアアアア!!!』
――咆哮と共に放たれる、全てを凍てつかせる氷のブレス、精霊魔法『コキュートス・ロア』
衝撃と雪煙が舞い上がり、それが晴れた後にはアサルトバニーの群れは一様に倒れ伏し、二度と起き上がることは無かった。
「す、すごい……」
目の前の圧倒される光景に、ただそんな言葉しか出てこないリッカ。
あの可愛らしい子猫のような精霊が、突然虎みたいになったかと思えば、魔獣達を一瞬で倒してしまった。
ポカンとしているリッカの元へ、フロストティガーは再び一直線にリッカの元へと駆け出してくる。アサルトバニー以上の速度で迫ってくる様はかなりの迫力があった。
「え、きゃあっ!?」
『ガウッ!』
フロストティガーはリッカに飛びかかり、態勢を崩してドサッと押し倒されてしまう。フロストティガーは構わず、リッカの顔をベロベロなめまわしてきた。
さっきまでの雄々しく魔獣を蹂躙した姿とは打って変わって、飼い主に甘える巨大な猫のようになっていた。
「あはは! くすぐったいよ!」
褒めて褒めてと言わんばかりに、顔をなめ、頭をこすりつけてくるフロストティガー。
猫というよりまるで犬だが、リッカは組み倒されたままフロストティガーの顎の下を撫でると、気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしている。
するとフロストティガーの体が淡く輝き、再び子猫のような姿に変わっていた。
「流石はリッカ様、初めてで氷の上位精霊を召喚なさるとは。やはりルミリンナ様のご息女ですね」
そんな光景を微笑ましく見守っていたプラーミャが言う。
いつもの大人な余裕を携えた姿に、リッカはホッと一安心。どうやらバーサーカーモードは解除された様子。
リッカはフロストティガーを抱っこしたまま立ち上がり、プラーミャの言葉に首をかしげる。
「お母さんの、ですか?」
「ええ。ルミリンナ様も詠唱魔法はあまり得意ではありませんでしたが、召喚魔法の才は右に出る者がおりませんでした。フロストティガーもルミリンナ様がよく召喚されていた精霊ですし」
「そうなんですね……」
腕の中に視線を向けると、フロストティガーもリッカを不思議そうに見上げている。
自分の知らなかった母の一面がどんどん明らかになっていく。未だに元の世界での母と、この世界での母が一致しない。
「あの、今度プラーミャさんの知っている母の事、教えてくれませんか? この国の王妃様だったと言われても、どうしてもピンと来なくて……」
「ええ、もちろんです。私も、今のルミリンナ様がどのような生活をなされているのか知りたいです。リア様も聞きたいですよね?」
「……私はいいわよ。母親の事なんてよく覚えてないもの」
スティーリアは仏頂面のままヒラヒラと手を振る。
それがスティーリアの本音というわけではないように感じたが、だからと言ってなんて声をかければいいのか分からない。
今はただ、リッカは眉尻を下げてスティーリアを見つめるしかなかった。
「せっかく上位精霊を召喚できましたし、大分懐かれているようなので盟約を結んでも良いかと思います」
「盟約……?」
「ええ。召喚魔法は、一時的に精霊を呼び出してその力を借りる魔法ですが、呼び出される精霊は毎回違います。ですが盟約を結ぶ事が出来れば、守護精霊としていつでも召喚に応じてくれるようになります」
「そうなんですね……。あなたはどうしたい?」
『ガウガウッ!』
フロストティガーが勢いよく鳴き、長い尻尾をくねくねと動かしている。
反応を見る限り嫌がってはいないように見えるが。
「盟約を結ぶ際は精霊に名を与えます。その上で精霊が承諾すれば守護精霊としてリッカ様を守ってくれます」
「名前……名前かぁ……」
藍の国は氷の国。リッカも氷の魔法の属性。
それにフロストティガーも氷の上位精霊となると、氷にまつわる名前の方がいいかな、と思いつつ白と藍色の毛並みを眺めつつ――
「――ユキ。あなたの名前はユキ。そう呼びたいんだけど、どうかな?」
『ガウッ!』
リッカの名付けにフロストティガーが鳴いて答える。
するとリッカの体から藍色の淡い光が発せられ、抱き上げているフロストティガーへ吸い込まれていく。
やがて光が収まると、フロストティガーは再び一鳴き。
「えっと、これでいいんでしょうか?」
「はい、無事に盟約は結ばれました。これでその子はリッカ様の守護精霊です」
「そっかぁ――よろしくね、ユキ」
『ガルッ!』
盟約が結ばれたからだろうか。
さっきよりもフロストティガー――ユキとの繋がりを強く感じる。
リッカは手厳しくも色々教えてくれたスティーリアの方を振り向いた。
「リアちゃん、ありがとう。リアちゃんのお陰でユキと会えたよ。これで足手まといにはならないで済むかな?」
「……」
「リアちゃん?」
無意識なのかスティーリアはリッカの腕の中のユキに手を伸ばす。
ユキはスティーリアの指をクンクン嗅ぎ、嬉しそうに頭をその手にこすりつけた。
「――っ!」
そんな仕草にスティーリアは声にならない叫びを上げた、ように見えた。
ユキが召喚されてから、何やらスティーリアの様子がおかしい。
何か我慢しているかのような、自分の中の衝動と戦っているかのような……。
これは多分、小動物を前にしてデレデレになりそうなのを必死に我慢しているだけなような気がする。
きっとスティーリアもユキを抱っこしたいんだな、と思ったリッカ。
「……抱っこする?」
ユキの両脇を抱えてスティーリアに差し出してみた。
ぶらーん、とされるがままのユキはよく分かってなさそうな顔でスティーリアを見つめている。
しかしスティーリアは、急に正気に戻ったのかハッとして――
「――はっ!? い、いいわよ! そ、それにしても、良かったじゃない! あなた、詠唱魔法の方はからっきしだけど、上位精霊がついてるなら霊峰フレイヤに行っても問題ないわね!」
顔を赤らめながら早口でまくし立てるスティーリア。
それでもチラチラとユキを横目で見ているあたり、本当は抱っこしたいと思っている気がする。
別に恥ずかしがらなくていいのに、とリッカは思うが、そんな様子を見ていたプラーミャがリッカにそっと耳打ちしてきた。
「リア様は動物好きなんですけどね。何故かあまり懐かれない事が多くて。きっと心の中ではデレデレしてますね」
「ちょっとプラーミャ! 変な事言わないでくれる!?」
スティーリアは目を吊り上げてプラーミャを睨む。
当のプラーミャはニコニコと微笑みを返すのみ。
そのやり取りは、主と従者というより姉と妹とのじゃれ合いのように見えた。
(妹、か……)
突然できた自分と瓜二つの双子の妹。
自分とは全く違う環境で生きてきて、今もなお安穏とは言い難い生活を送っている。
双子のはずなのに、自分だけ母親とのうのうと暮らしてきた。スティーリアはそれに対してどう思っているのだろうか。
その事実がリッカの心に罪悪感となって影を落とす。
今はまだ、家族とは呼べないかもしれないけれど――
『――家族は大事に、慈しみ、何よりも大切にしなければなりませんよ。いずれ、あなた達にもそう思える家族が出来るはずです。愛を以て接すれば、また相手もあなたを愛してくれることでしょう』
そんな母の言葉を思い起こす。
いつかスティーリアもそう思ってくれる日が来るだろうか。
そうなったらいいな、と今はまだ心の中で思うだけ。
そんなリッカを、抱っこされたままのユキは不思議そうに見上げていた。
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