汚名返上
ハル、ジュード、アイリスの青の国組は鋼鉄の巨人の魔獣――アイアンゴーレム討伐の為、それぞれ魔装具を構える。
考えてみれば、三人協力して敵と相対するのは初めて。
一人で戦っていた時と比べて、かなり安心感があり、負ける気がしない。それほどまでに心強い、とハルは密かに笑みがこぼれた。
「ハルさん! さっきと同じように自由に動いてください。私が援護します! ジュードは魔獣のコアを探して! 多分中心部!」
「了解!」
「オーライ!」
アイリスが司令塔になり、それぞれの立ち回りを指示する。
ハルが自身にかかる重力を操作し、縦横無尽に飛び回り、アイアンゴーレムの巨腕に的を絞らせない。
まるで車が突っ込んでくるような勢いで何度も魔獣の腕がハルの横を通り過ぎるが、段々と慣れてきたのか、最初の時のような恐怖はない。
それに、あわや魔獣の腕が激突しそうになったとしても、アイリスの生み出す水玉が攻撃を逸らし、ハルに届くことはない。
ハルも、通り過ぎた巨腕に、重力操作による加重を乗せた一撃を放つも、やはり有効打にはなっていない。
寧ろ魔装具を叩きつけた衝撃がハルの腕に痛みを与えていた。
「痛ってぇ……、やっぱり考えなしに斬っても駄目だな……」
だが、何となく。
魔獣の体を形成している鋼鉄の腕の隙間。人間でいえば関節部分。
アイアンゴーレムの周りを跳びまわっている間に気づいたが、魔獣の鋼鉄の体の要所に、黄色い線がいくつも折り重なっているような部分が垣間見えた。
だが、それが魔獣のどういう部分なのか考える前に、魔獣の足元で青い炎を全身に纏うジュードの姿が見えた。
ジュードはその炎を纏わせた大剣を大きく振りかぶると、更に青い炎は激しく燃え盛っていく。
そして、そのまま全力の振り下ろし。
「――ィヤッッハアアアアアアアアア!!!」
ガゴォン、という鉄を砕くような音と共に、アイアンゴーレムの鋼鉄の右足がひざ下部分から溶かし抉られたように破壊された。
バランスを崩したアイアンゴーレムは右半身を下に、轟音を響き渡らせながら倒れこんだ。その拍子に土埃が舞い、アイアンゴーレムの姿が見えなくなる。
「ぇー……」
あれだけ苦労して大した傷をつけられないというのに、あれは単なる常人離れした馬鹿力なのか、『青炎』による異彩魔法の効果なのか分からないが、多少の理不尽さを感じる。
呆れたような若干引いたような反応を示しながら、ハルはアイリスの近くに降り立つと、アイリスは苦笑。
「ジュードの『青炎』は筋肉と魔力に物を言わせた破壊力重視の魔法……と言っていいのか分かりませんが、大きい相手には有効ですね」
「うーん、正に脳筋プレイヤー……」
これジュードだけで事足りるのでは、とハルが考えた瞬間、土埃の中から巨腕がジュードに向かって伸び、その体をガッチリと拘束した。
土埃が晴れた後には、倒れたままの体制ではあったが、既にジュードが砕いた鋼鉄の足は他の岩が補うように再生を始めていた。
「うおっ!?」
「迂闊だよ、ジュード! 『ポルカドランス』」
すかさず、アイリスは水の玉を数個展開し、そこから水の槍を、ジュードを掴んでいる腕に放つ。
だが、ジュード程の威力は伴わず、アイアンゴーレムの腕を多少削るのみ。ジュードを解放させるには至らなかった。
「お、おお……! 堪えろ俺の筋肉……!」
ジュードは青炎により自身の体に炎を纏わせながら、アイアンゴーレムの手から逃れようと身じろぎするも、抜け出すことはできなかった。
(やばい、早くなんとかしないと……!)
このままではジュードが捻り潰されてしまう。そうしている間にもギリギリとジュードの体が締め上げられていく。
だがハルの攻撃ではアイアンゴーレムの体を破壊するまでは到底できない。
なら――
「――そこだ!」
ハルはジュードは掴む為に伸びきっている鋼鉄の巨碗の連結部分を注意深く観察し、先程目にした魔獣の関節部分、黄色の線がいくつも密集している箇所。
あれは恐らくアイアンゴーレムの体と体を繋ぎ合わせている魔力の糸。鋼鉄の体そのものを破壊できなくても、それを繋ぎ合わせている部分であれば攻撃は通るはず。
『魔導一刀の一 重剣・大猩猩』
暗闇の魔法による、重力荷重を乗せた渾身の斬撃を、アイアンゴーレムの巨碗の関節へと狙いをすまして振り放つ。
アイアンゴーレムの巨腕を繋ぎとめている魔力の糸は、ハルの一刀により分断された。ジュードを掴んでいた腕は手首から切り落とされ、アイアンゴーレムは苦しみの雄叫びを上げる。
『グオオオオアアアアアアア!!!』
ジュードを掴んでいた巨大な魔獣の手は力を失い、ゴトッと岩が落ちるように崩れ落ちた。ジュードは何故か悔しそうな、渋い顔をしている。
「べ、別に俺一人でも抜け出せたんだからねっ!」
「ジュード! 気持ち悪いこと言ってないで、追撃!」
「どいひー」
アイリスの叱咤に軽口で答えながらも、再び青い炎を纏い、態勢を崩しているアイアンゴーレムへと駆け出した。
一瞬ハルの方を振り返り、指を指す。
「一撃デカいの入れてくる! 最後はお前が決めろ!」
そんなことを言いながら、ハルの返事も待たず、ジュードは魔法を行使する為の詠唱を開始する。
『燃えよ、広がれ、炎の剣。敵を焼き裂く刃となれ。フレイムティアー』
ジュードが青い炎を纏わせている大剣の魔装具を振りぬくと、燃え盛る巨大な斬撃そのものがアイアンゴーレムの胸、その中心部へと放たれた。
防御を取る間もなく直撃。ドォン、という爆ぜる音と共に黄色の玉のような物、恐らくコアと呼ばれる魔獣の核となる部分がさらけ出された。
すかさず、ハルは重力操作で飛ぶようにアイアンゴーレムのコアへと向かっていく。
だが敵もされるがままでは終われないか、迫りくるハルを叩き落そうと残った方の腕を振り上げる。
『ポルカドブラスト』
ハルの背後から、人一人入れそうな程巨大な水の玉が、かなりの勢いで飛来。
ハルを通り過ぎ、アイアンゴーレムの振り上げている巨腕に命中。魔獣の腕は大きく弾かれ、無防備にその巨体をのけぞらせた。
その隙を逃さず、ハルは刀の魔装具を振りかぶる。
『魔導一刀の二 無重・隼斬り』
ハルはアイアンゴーレムのコアへと落下しながらの斬撃を叩き込んだ。
ギィンと鉄がぶつかり合うような甲高い音が響き渡り、コアは真っ二つに切り裂かれた。
アイアンゴーレムは力を失い、繋ぎ合わさっていた鋼鉄の体も、瓦礫が崩れるようにバラバラに、やがて崩壊していった。
―――――――――――――――――――――
「ひゃっはははははは! どうした! あたしに復讐するんじゃないのか!?」
「……」
メイリアは高らかに笑い声を上げながら、アレンの放つ緑の風を纏う矢を、鞭の魔装具でことごとくを打ち落としていった。
単純な真正面からの攻撃ではメイリアを貫くことは出来ず、魔装具を破壊するにも至らない。
カエデ、ベルブランカ、アレンの黄の国組三人は敵であるメイリア・ビースターを打倒するべく、応戦するも未だ膠着状態。
というのも、アレンの風の矢や、ベルブランカの魔法は、躱すか撃ち落とされるかされ、近距離戦に持ち込もうとしても鞭の内側の間合いに入れず。
膠着状態といっても、現状ではメイリアは攻勢に転じず、迎撃主体の戦い方をしているだけである。何か策が無ければいずれ追い詰められるのはこちら側になってしまう。
それでもアレンは風の矢を撃ち続けていたが、同じように岩の弾丸の魔法を撃ちこみながら、ベルブランカがアレンへ問う。
「……いかが致しますか、兄さん」
カエデの『紫炎』の異彩魔法は直接攻撃でなければ、その特性は生かせず、あの鞭の中に入って行くのは流石に腰が引ける。
かといってベルブランカも一か八か、突っ込んだとしても雷の魔法で動きを封じられれば為す術もなく、アレンも遠距離攻撃しかないのであれば、現状を脱することは出来ない。
あれ、コレ積んでる?
と、カエデは内心焦る。
「そうだね、相手が舐めてくれているから、付け込むとすればそこかな。……ちょうど準備も終わったところだしね」
先程は静かに怒りを抱えた様子のアレンだったが、今は冷静に淡々と、何か考えを巡らせ、考えがある様子。
やがて意を決したように口を開く。
「僕が前に出よう。恐らくそうすれば――」
――アレンの策を聞いた二人は賛成、とは言い難い表情でアレンを見ている。
「正気ですか、兄さん」
「アレンさん、それ下手したら怪我じゃ済まなくなるかも……」
カエデとベルブランカは一様に戸惑いを見せているが、そんな二人を見てアレンはフッと頬を緩ませた。
「これは僕が招いた……贖罪みたいなものだよ。大丈夫、死ぬつもりはないよ。僕の帰りを待つ、愛でるべき花々もいることだしね」
いつものようにキザったらしく、ウインクを披露するアレンだが、今は言葉の重みが違う。自分がどうなろうとも、メイリアは必ず倒す、そんな気概をカエデは感じた。
カエデはベルブランカにそれで良いのか、という視線を向けるが、ベルブランカはそんなアレンを意を汲んだのか、首肯する。
「承知いたしました、兄さん。ご武運を」
「ああ、ありがとう。最後は君達にかかっているからね。任せたよ」
そう言ってアレンは執事服をはためかせ、二人よりも前に出て一人、メイリアと対峙する。
その様子を見たメイリアは馬鹿にしたような、蔑んだような目でアレンを見た。
「はぁ? お前、どう見ても前に出てやり合うタイプじゃねえだろう。なんだ? 自棄にでもなったか?」
「いやいや、極めて冷静な判断だよ。女性に手をあげるのは、本来なら僕の矜持が許さないんだけどね。王家の敵となれば話は別だ。――覚悟しろ」
アレンの言葉とは思えないほど冷たく言い放ち、そして魔装具も緑色のイヤリングに戻してメイリアに向かって駆け出した。
そして再び、今度こそ確信をもってメイリアは言い放つ。
「お前、やっぱ馬鹿だな。あたし相手に魔装具も持たずに向かってくるとは――よっ!」
迫りくるアレンに向け、鞭が振り下ろされるも、アレンはこれを前転で回避。空を切った鞭はそのまま地面に叩きつけられ、抉るのみ。
メイリアはアレンを嬲り殺す為に何度も鞭をしならせるものの、体をねじり、地を這うように伏せ、必死に避ける。普段のアレンの姿からは想像できないほど、泥臭く、しかし屈せず。メイリアの攻撃は、アレンの顔や腕を切り裂くに留まり、致命傷を与えることは出来なかった。
懐に入られる前に、メイリアはアレンの息の根を止める為、詠唱を開始する。
「ちっ、『立ちふさがれ、いたぶり回せ、赤き雷獣。切り裂き開いて、腸をぶちまけろ。ドナーロットベーア』
メイリアが振りぬいた鞭の魔装具から、赤く迸る雷が滞留し、巨大な熊のような形を成し、アレンに襲い掛かる。
しかし、アレンは避けることもせず、待ち構えていたかのように口を開いた。
『放て。ピアスヴェントゥス』
その一言のみで、天井から、メイリアの背後から、いくつもの刺し貫くような風の矢がアレンごとメイリアと、メイリアの放った魔法に殺到した。
赤い雷で形成された熊は、その大量の風の矢によりかき消され、メイリアも致命傷は避けたものの背中や足に傷を負っていた。
アレンも同様に、自身の魔法に巻き込まれ血を流している。
「くっ、てめっ! 自分ごとやりやがったな!?」
「ぐっ……、ふふ、さっき避けらた矢を起点に発動する魔法を待機させていたのさ。魔法を放つ瞬間は隙が出来る。そこを狙わせてもらった」
「くそがっ!」
悪態をつきつつ、アレンを切り裂こうとメイリアは鞭をしならせ振り上げる。
ヒュッと空を切る音と共にアレンに迫るが、至近距離で自分の手が切り裂かれるのも厭わず鞭を掴んだ。
だが敵の魔装具に直接触れるということは、その色の属性の現象そのものを、直接身に受けることとなる。結果、アレンは魔装具を通して『赤雷』の雷をその身に浴びた。
「――ぐっ、おおお!!」
「ひゃっはは! さあ、早く手を離さないと感電死するぜ!」
「……構わない」
赤い雷を浴び、全身の血が沸騰しているかのような痛みがアレンを襲うが、それでも歯を食いしばり鞭の魔装具を掴んでいる腕に、より一層の力を込める。
鞭を掴んでいる切り裂かれた手から、自らの魔法で受けた全身の矢傷から、出血が止まらない。それでも――
「――これは死んでも離さない! 離してしまったら、もう二度と殿下に顔向けできないんだ!」
「テメェ……」
「やってくれ! ベル!」
アレンがメイリアをその場に押しとどめている隙に、背後から接近する影。
ベルブランカが身を低くしながらメイリアへと肉薄する。
それに気づいたメイリアは咄嗟に詠唱を唱えようとするも、既にベルブランカは手甲の魔装具を振りかぶっていた。
『大気へ打ち昇れ、
ベルブランカの上へ突き上げるように、岩をも砕く拳がメイリアの腹部へ突き刺さった。メイリアの体はくの字に曲げられ、一瞬地面から足が離れる。
「ごはっ!?」
「カエデ! 今です!」
ベルブランカの陰に隠れて共に接近していたカエデが一歩踏み出し踊り出る。
繰り出すのは、カエデの最も得意な技。最初は、魔装具が触れている部分しか爆発を起こせなかったが、ベルブランカとの訓練、度重なる実戦により、今は体が接している部分からなら任意で爆発を起こせるようになっていた。
それは、先のハルとの一戦で見せたような文字通り爆発的初速による超高速の一突き。
『魔導一薙の一
カエデの踏み出した一歩は、『紫炎』の異彩魔法により足先から小爆発を起こし、目にもとまらぬ速さで突進。
無防備状態となっているメイリアへ直撃、爆発する一撃を以て吹き飛ばした。
「ぐっ、ぉぉおおおおおお!?」
メイリアは吹き飛ばされた勢いのまま、地面を転がり倒れ伏した。
アレンの相打ち前提の攻防、その隙を突いてベルブランカの一撃、間髪入れずカエデの止め。
三人での連携は初めてと思えないほど、上手く機能した。
最初にアレンが差し違えでも、と言い出した時はどうなることかと思ったが、アレンの読み通りの結果となり、カエデは改めて感心していた。
(やっぱり、アレンさんは凄かったんだなぁ)
メイリアに騙されたと聞いた時は少し失望しかけたが、身を挺して敵に立ち向かう姿を見た時は見直した。グランディーノの執事はやはりアレンしかいない、とカエデは思う。
女性に絶望的に弱いのは何とかして欲しいが。
「兄さん、大丈夫ですか」
「あぁ……、何とかね」
ベルブランカの気づかいに、アレンは疲れたように苦笑で返す。
流石にダメージが多い様子で、少々顔色が悪い。
「アイリスさんに治療してもらった方が良いですね」
「それは、とても嬉しいね!」
本当に嬉しそうに笑うアレンを呆れた目で見ながら、ベルブランカは周りを見回す。
ちょうど向こうも、相対していたアイアンゴーレムを撃破していたところだった。
(良かった……、ハルにいも無事だ)
カエデは特に怪我を負った様子もないハルを見て、ホッと一安心。
だが青の国で出来たという仲間の人達と笑いあう姿を見ると、なんだかハルが遠い所に行ってしまったような、そんな気分になった。
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