魔法治療院
カエデが黄の国テラガラー王家のメイドになってから、数週間が経とうとしていた。
相変わらず仕事内容はハードだったが、持ち前の要領の良さと人当たりの良さで、周りに溶け込むのは案外早かった。
細かい所ではベルブランカからお小言を言われることは多々あるも、最初の頃よりその頻度は減ったように思う。
城内に勤めているメイドは数十人いるが、割とカエデと同年代の少女が多く、ともに仕事をこなしていく内に仲良くなることもあった。
そして今は、午前の仕事がひと段落して昼過ぎ。
カエデは数人のメイド仲間と共に、昼食を摂っていた。
「―――私、その時こんな顔してた」
カエデの話を聞いていた、他のメイド仲間達は吹き出した。
先日ベルブランカに小言を言われた時のことを、変顔まじえて語ったところ、これが割とウケた。
以前までその場は一切の無駄口を叩かず、食べるためだけの場であったが、食事の度にカエデがちょくちょく周りに話しかけた結果、昼食は歓談の場となっていた。
一度そういった場が出来上がると、年頃の少女らしく話題は尽きない。
あそこのスイーツが美味しかった、あそこの雑貨屋は可愛い物が多い、等々。
元々人の懐に潜り込み、仲良くなるのが早いカエデ。
もうすっかりメイド仲間達とは打ち解けていた。
「いつまで無駄話しているのですか」
いつもより遅れてきたベルブランカが食堂に現れ、カエデを中心としたメイド集団に一言。
既に食べ終わっていた者は席を立ち、途中だったものは急いで口の中にかきこみ、それぞれ蜘蛛の子を散らす勢いで仕事に戻っていった。
去り際に皆口々に、また後でね、とか、楽しかったよ、と声をかけてくれる。
そんな様子を見ていたベルブランカはため息をつき、カエデの前の席に座る。
「困りますね、無駄話で他のメイド達の仕事に影響を及ぼすのは」
「えー、無駄じゃないですよ。ご飯の時くらい楽しくした方が、午後の仕事も頑張ろう、って気持ちになりますよ」
ベルブランカはカエデの悪気のない言葉で眉間にしわを寄せた。
(あーあー、もったいない。せっかく可愛いのに・・・)
まるで人形の様に整った顔立ちなのに、この数週間の中でベルブランカの笑顔を見たことはない。
部屋でも同室ではあるが、これまで必要最低限の会話しかなかった。
カエデがあの手この手で仲良くなろうとしても、まるで通じていない。
拒否されているわけではないが、向こうから歩み寄ってこない。
流石にここまで手ごわいのは、カエデにとって初めてだった。
(うーん、他の人たちとは割と仲良くできてると思うんだけど・・・)
他のメイドだけでなく、厨房の調理人や城内の騎士達にも、物怖じせず積極的に話しかけていたカエデ。
それほど時間は経っていないにも関わらず、そのほとんどの人たちに、好意的な印象を持たれていた。
「今日は城内での業務でなく、私と外に出ます」
次はどうやってベルブランカとの仲を深めるが考えていると、その本人から仕事の指示が飛んできた。
「あ、はい!何しに行くんですか?」
「王都にある魔法治療院へ。女王陛下の付き添いと護衛です」
「ええ!?女王様、どこか具合悪いんですか?」
魔法治療院とは、読んで字のごとく魔法による治療を行う機関である。
王都に位置する、入院施設も兼ねそろえた国内一の医療機関。
そんな場所に赴く必要があるとは、女王の体調が悪いのだろうか。
そんなカエデの心配とは裏腹に、ベルブランカは首を振った。
「いえ、陛下のお体の具合が悪いというわけではなく、陛下は定期的に入院している方々への慰問を行っているのです。普段は兄と私が側近として同行するのですが、急遽兄は別件で不在となってしまいましたので、その代わりです。それに女王陛下からのご指名でもあります」
「えっ、女王様がですか?」
「ええ。公務で中々会うことが出来ませんでしたが、よく気にされてましたよ」
この一か月、カエデは女王に会う機会はなかった。
メイドの仕事が多忙を極めたこともあるが、立場的にそう簡単に会えるものでもなく、いつか改めてお礼を言いたいと、カエデは思っていた。
故意ではないとはいえ、普通なら女王の私室に侵入した時点で処刑ものだったところを、女王の慈悲で不問、かつ仕事も与えてくれ、感謝してもしきれない、多大なる恩がある。
そんな女王に久しぶりに会えると思うと心が躍る。
「では、出かける準備を。表で待ってますので」
「うえっ!?は、はい!」
それだけ言い残し、足早に食堂を去るベルブランカ。
まだ途中なのに、と思いながらも、カエデは急いで残りの昼食をかきこみ、片づけを始めた。
―――――――――――――――――――――
カエデが急いで外出の身支度を整えて外に出ると、ベルブランカが馬車の前で待ち構えていた。
「遅いです。陛下より後に来るようだったら、後でお仕置きでしたよ」
「う、すみません」
決してゆっくりしていたわけではないのだが、それでもベルブランカは手厳しい。
(でも、今みたいな言い方は、初めてかも)
注意されるのはいつものことだが、口調に刺々しさはなく、軽口とも取れる言い方はされたことがなかった。
なんだかんだで、ちょっとずつ仲良くなれているということか。
「何をニヤニヤしているのですか。しゃんとして下さい。いらっしゃいましたよ」
カエデは急いでベルブランカの隣に立つ。
城から黄色と白の色合いが暖かく、美しい外出用のドレスを着こなす女性がゆっくりとこちらに歩いてくる。
テレージア・アスファル・テラガラー。
黄の国テラガラーの女王。
テレージアはカエデを見つけると、嬉しそうに頬を緩ませ、歩みを少し速くする。
「カエデ、お久しぶり。元気にしておりましたか?」
「はい!女王様のおかげでとっても元気です!あの時は本当にありがとうございました!」
勢いよくカエデは頭を下げて、めいっぱいの感謝の気持ちを込める。
テレージアは目を細め、カエデの頭に手を乗せて、そっと撫でる。
そしてガバッとその体を抱き寄せた。
「ふぁっ!?」
「あ~やっぱり可愛いわぁ、あなたみたいな娘が欲しかったのです。息子は不愛想で口うるさいですし、まだ不必要といって未だに婚姻も結ばないから、全然娘ができる気配がないですし」
「じ、女王様?」
あれ、こんな感じのキャラだったけ、と抱きしめられながら戸惑うカエデ。
豊満な胸とお日様のような匂いに包まれて、かなり心地が良い。
「陛下。お戯れも程ほどに」
「あら、ベル。羨ましいの?久しぶりにあなたもどうかしら?」
「遠慮させていただきます」
あら残念、とテレージアは断られても楽しそうに言う。
一通り満足したのか、カエデを離し、満面の笑み。
「ごめんなさいね、カエデ。久しぶりだったから、つい抱きしめてしまいました」
「い、いえいえ、嬉しいです!」
驚きはしたものの、全く嫌ではなく、むしろ嬉しい。
まだもう少し抱きしめられていたいような、そんな気持ちになっている。
「わたくし、娘ができたらこうしてお出かけすることが、一つの夢だったのです。娘ではないけれど、今日はとても楽しみでした」
テレージアは声を弾ませて微笑む。
それで前にあった時よりもテンションが高めだったのか、とカエデは納得。
恩人にそこまで楽しみにされると、こちらも嬉しくなってくる。
「私も、女王様とお出かけできるなんて、すっごく嬉しいです!」
「まあ!なんて可愛いのかしら!」
そして再びの抱擁。
見ようによっては微笑ましいかもしれないが、割と長く抱き合っている。
ベルブランカはいつまで経っても、馬車に乗り込まない二人を見て、人知れずため息をついた。
―――――――――――――――――――――
この世界において、怪我、病気の治療を行うことが可能なのは、水の属性を持つ魔導士のみである。
『
怪我等の外傷の治療に特化した魔法を扱う『
それら医療に携わる大多数の水の魔導士達を医療魔導士と呼ばれ、医療魔導士が籍を置く場所、それが魔法治療院である。
今回は入院している患者への慰問の為、黄の国の女王自ら訪れていた。
入院している人の多くは、意外にも若い人が多い。
冒険者が魔獣との戦闘で負傷して運ばれてくる者が多いが、ここ最近は鉱山で働く炭鉱夫が魔獣や盗掘者に怪我を負わされて入院することが多くなっているという。
「鉱山ってそんなに危ないんですか?」
魔法治療院の応接室にて。
魔法治療院院長と話をしているテレージアの、少し後ろに控えているカエデがひそひそ声で隣のベルブランカに尋ねる。
ベルブランカはチラッと横目でカエデを見た後、同じように声を潜める。
「通常はそんなことはありません。ここのところ炭鉱夫が負傷するという話はよく聞きますが、鉱山は魔石が採れます。それを狙った盗賊か、あるいは・・・」
そこまで言ってベルブランカは口を閉ざす。
何か他に思い当たる節があるのだろうか、と思うものの、もうそろそろで話が終わりそうだ。
「そうですか・・・それは痛ましい・・・」
院長より最近の状況を聞き、悲痛な面持ちで目を伏せるテレージア。
確かにこの部屋に来るまでに、屈強なマッチョマン達が多くいた。
あれがその炭鉱夫なのだろう。
「では早速、入院している方々へご挨拶させていただいてよろしいでしょうか。」
「ええ、こちらでございます」
白ひげを蓄えた、初老の院長に促され、入院部屋のフロアに案内される。
院内は混乱を避ける為、可能な限り人払いをされており、スタッフ専用通路から各病室を訪問していった。
前もって伝えられていたとはいえ、中には感動でむせび泣く者、神に感謝し祈る者、照れ笑いする者、反応は様々だった。
その一人一人にテレージアは、話を聞き、共感し、励まし、それぞれ言葉をかけていく。
慈愛の聖母と呼ばれるにふさわしい、女王の姿だった。
(私も、そんな女王様の優しさに救われたんだよね)
女王から言葉を頂いた人々は、皆一様に感動している。
これまでも分け隔てなく、誰とでも接してきたのだろう。
それで救われた人も大勢いるんだろうな、とカエデは見ていて嬉しくなっていた。
「見ていてとってもあったかくなりますね」
「・・・そうですね」
隣でその光景を見ているベルブランカもカエデの言葉に同意した。
まるで本当に女神がそこにいるかのような光景だった。
そしてふと、突如として襲い来る尿意。
こんな感動的なシーンで、なんてタイミングの悪い我が膀胱。
カエデはそっとベルブランカに耳打ち。
「あの、ベルブランカさん。お花を摘みに行っても良いでしょうか?」
「はい?お花を摘みに?何を突然言っているのですか?」
どうやらこの世界では隠語が伝わらないらしい。
カエデは羞恥に顔を赤らめながら、重々しく口を開く。
「・・・おしっこです」
「・・・はぁ。早く行ってきなさい」
ベルブランカは心底呆れたようにため息をつく。
カエデは小走りでトイレを求めて病室から出ていった。
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