第二節・黄の国
第一王子の苦悩
黄の国テラガラー。
別名広大なる大地と偉大なる山々の国。
その名の通り、世界一の国土を誇る大地と、多くの鉱山地帯を持つ国である。
王都エルツランドはそんな山々が囲まれた、まさに天然の要塞ともいえる場所に構えていた。
世界一の魔石発掘量を誇り、他の国の魔石と比べ質が良い。土の魔法陣が刻まれた魔石は建物の土台となり、世界で建てられる主要な建造物はほとんどがテラガラー産の魔石が使われている。
そんな魔石を隣国の藍の国レディオラからの一方的な魔石輸出量の増加を、という要求が、目下の問題点である。
王都エルツランド、テラガラー城において、毎日のようにレディオラへの対応を協議しているのではあるが、本日の議題は全く違うものだった。
テラガラー城内、会議室。
土の魔石で出来た円卓を囲み、今回の議題の対応策を検討している。
議長は黄の国テラガラー第一王子、グランディーノ・アスファル・テラガラー。
土と山の国の王子と聞くと無骨で屈強な男というイメージが先行されるが、実際は全くの逆。
金の髪を光に輝かせ、その容姿は長身瘦躯で端麗。その様はまさに王子である。
だが、今は苦虫を嚙み潰したかのような様子で、眉を寄せている。
第一王子の隣には、王子と同じく美麗な金の髪を後ろに流した妙齢の女性が座っており、王子とは対照的ににこやかに、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている
柔和な雰囲気とは裏腹に、その瞳の奥は何者にも惑わられぬ強い意思が宿っている。
「私は不問で構わない、と。そう言っているのですよ、グラン」
「しかし、何度も言うようですが、陛下」
第一王子から陛下と呼ばれた女性、黄の国テラガラー女王、テレージア・アスファル・テラガラー。
黄の賢者テラガラーの血統。この国を統治する女王である。
その女王に、王子であるグランディーノは真っ向から意見をしていた。
会議中何度も繰り返された押し問答に、他の会議出席者は、口をはさめず、固唾をのんで見守っている。
「女王の私室に侵入、かつ身元も不明で言動も意味不明。これが藍の国の暗殺者であったらどうしますか」
「実際私は暗殺などされておりませんし、それに怯えていたではありませんか。危害を加えられるとは到底思えません」
「百歩譲って藍の国とは無関係だったとして、女王の私室に無断で侵入したのです。即刻死罪か、良くて国外追放すべきです」
「認められません。ただ部屋にいただけではありませんか。まずは話を聞いて、その後のことはそれから判断します」
「っ!母上!」
子に食い下がられても、意見は曲げない母。
そして話は終わり、と言わんばかりに女王は両手をパンパンと叩く。
「では、あの子を牢から出して、私の部屋に通しなさい。手荒な真似は許しませんよ」
女王は近くの衛兵に声をかけ、緊張したように衛兵は敬礼。素早く部屋を出ていった。
第一王子は勝手に話を終わらせようとする女王に対して激昂したように立ち上がる。
「まだ話は終わっていません、母上」
「いいえ、終わりです。皆も時間を取らせましたね。業務に戻りなさい」
女王はその場にいた面々に、会議は終わりだと告げた。
そして、隣の第一王子には目もくれず、会議室から出ていった。
第一王子は大きく息をついて、何とか気持ちを落ち着かせる。
他の会議室にいた人々も、そんな王子を横目でうかがいながら、それぞれ各々の持ち場に戻っていった。
一人残された王子は、外の景色を眺めながらため息。
「ただでさえ藍の国への対応が難航しているというのに・・・、これが凶兆でなければ良いが・・・」
そんな第一王子の言葉に応えるものは誰もいなかった。
―――――――――――――――――――――
テレージア・アスファル・テラガラー。
またの名を、慈愛の聖母、救世の女神、博愛女王、などと評される。
彼女は立場関係なく、平民にさえも優しく、丁寧。
国内の医療支援や孤児救済等、人道支援に力を入れている人格者である。
誰にでも平等に接するため、その人柄に付け込もうとする悪意ある輩も近づいてくることも多い。
女王がそのような気質の為か、女王の側近は厳しい目で女王に近づこうとする者を見定めてきた。
テラガラー第一王子も、そんな母親の性格を知っているため、より細かく、より厳しく、女王に、ひいては国に仇為す者の存在を排除する。
その為、突然女王の私室に現れたという謎の侵入者の存在を許すわけにはいかなかった。
もちろん、女王と侵入者が一対一で話をするなど言語道断である。
だが、今回女王は周りの意見を聞き入れず、衛兵を外に締め出した。
あくまでも二人だけで話をする、と。
それは目の前の少女が、まるで家族から離れた迷子の様に見えたためか。
どうしても放っておくということはできなかった。
「まずは怖がらせてしまってごめんなさい。周りも突然あなたがこの部屋にいたからびっくりしてしまったの」
「いえ・・・」
王族が、ましてや一国の王が謝罪するというだけでも、側近の者達が見たら卒倒することだろう。
だが、枯れ葉色の髪の少女は、まだ委縮してしまっているのか、その瞳は恐怖に染まっている。
そんな少女に向けて、女王は優しく微笑む。
「私はテレージア。良ければ、あなたの名前を教えていただける?」
「・・・カエデ、です」
「そう、カエデというのですか。素敵な響きですね。」
女王はそっと、カエデの両手を包み込むように握った。
手に触れた瞬間、カエデはビクッと体を震わせる。
「怖がらなくて大丈夫。ここには危険な目に遭わせる人はいません。もしいても、私が許しません。何といっても、この国で一番偉い人ですから」
エッヘン、とでも言うように女王は胸を張る。
その砕けた言いように、カエデの緊張が少し緩んだか、空気が弛緩した。
そしてポツポツとここに来るまでの話をし始めた。
「ハルにいと、リカねえと一緒に図書室にいたら・・・急に目の前が暗くなって・・・、気づいたらこのお部屋に・・・。そしたらさっきの鎧の人たちがいっぱい来て・・・つかまって・・・暗い牢屋に入れられて・・・」
話していくうちに恐怖がよみがえってきたのか、徐々に涙声に変わっていく。
女王は話の半分程度しか理解はできなかったが、口を挟まず、ゆっくり頷く。
「・・・ぅく・・・ハルにいもリカねえもいないし・・・鎧の人には突き飛ばされて痛かったし・・・、ひっく・・・もう何が何だか・・・・とにかく怖くて・・・」
とうとうポロポロと涙をこぼし始めたカエデを、女王は優しく抱きしめる。
「ごめんなさい、怖かったのですね。もう大丈夫・・・大丈夫」
その背中をゆっくりなでながら、安心させるように、何度もつぶやく。
やがて堰を切ったようにカエデは泣き出した。
「うええええん!怖かったあ!ハルにい!リカねえ!どこいったのお!
ここどこお!うわああああん!!」
まるで幼児のように泣きじゃくるカエデ。
貯めこんだ不安も恐怖も、全て涙と共に流れるように、女王はカエデが落ち着くまで抱きしめ続けていた。
―――――――――――――――――――――
「異世界からの召喚者、でしょうか」
テラガラー城内、第一王子執務室。
椅子に腰掛け、軽く頭を抱えながら、テラガラー第一王子のグランディーノは、ああ、と答えた。
問いを投げかけたのは執事服を身にまとった男性。王子よりは薄い金、ダークブロンドの髪を後ろに流し、年の頃は20代前半、優し気な目元と、常に微笑を崩さない、誰もが美青年と評する容姿をしている。
「召喚魔法は一時的に精霊を召喚して、使役する魔法と記憶してますが、人も召喚できるようになったのですか?」
執事の隣には白地に黄色の差し色が特徴的なメイド服を身にまとった10代半ばの年の頃と見られる少女が問いかける。
執事の青年と同じく、ダ―クブロンドの金の髪を肩口で切りそろえ、その立ち姿は佳麗。
小柄で幼い顔立ちは愛くるしさを感じさせるが、表情はあまり変わらず、冷静沈着な雰囲気を醸し出す。
「いや、調べたがそういった類の召喚魔法は、今も確認されていないらしい。虚言の可能性が高いが、来ている服や持ち物は私の理解が出来ない物もあったため、一概に否定もできないな」
だが、とため息混じりにグランディーノは続ける。
「陛下、いや母上は信じておいででな。何をお考えか、帰る場所がないなら城に住み込み働けばよい、と言い出した」
「住み込み、ということは・・・」
「お前の所だ、ベルブランカ」
ベルブランカと呼ばれたメイドは、一瞬ピクっと眉を動かしたが、恭しくカーテシー。
「それが陛下のご意志なれば、承りましょう」
ベルブランカはテラガラー城において、王族の身の回りの世話を行うメイドを束ねるメイド長の立場にある。
女王はそのメイドの一人として、カエデを働かせる、という意思がある、とのことだった。
正体、経歴不明の人物を王族に近づけさせるなど、あって良いものか。
そんなベルブランカの心象を読んだグランディーノは頷く。
「ベルブランカの懸念は最もだが、女王陛下のご意志だ。これは決定事項だが、藍の国からの密偵という線も考えられる。もし不穏な動きを見せるようなら、即刻始末しろ」
「御意に」
グランディーノは再び大きくため息。
そんな様子をみた執事の青年がおやおや、と言葉を発する。
「そのようにため息ばかりつかれますと、幸せが逃げてしまいますよ」
「仕方がないだろう、アレン。次から次へと厄介ごとが舞い込んでくる。幸せなどとっくに逃げた」
アレンと呼ばれた執事の青年はおいたわしや、と苦笑する。
王子に対して不敬である、と傍から見れば糾弾されるやり取りも、グランディーノとアレンであるからこそ許される関係性だった。
アレンはところで、と王子に伺う。
「その子は、年齢はどの程度なのでしょう?」
「十代半ば、ベルブランカと同じくらいだろう」
「それは良いですね。ベルと良い友人になれるんじゃないかな」
アレンは隣のベルブランカに、にこやかに話しかける。
「話を聞いてましたか、兄さん。経歴正体不明の要注意人物ですよ。警戒すべき人物に友好的にはなれません」
冷静にかつトゲトゲしく、指摘するベルブランカ。
アレンとベルブランカは兄妹である。
代々テラガラー王家に従事してきたサイストの家系であり、王家を支え、守り、尽くしてきた歴史がある。
王家はそんなサイスト家に対して、絶対なる信頼を寄せ、サイスト家もまた、王家に忠誠を誓っている。
アレンとベルブランカもまた、筆頭執事とメイド長という立場で王族に付き従う者として、王家の信頼に応えるべく邁進していた。
「ツンツンしてるなぁ。顔が怖いよ、ベル。他の子達とも仲良くできていないのではないかい?」
「仲良くする必要はありません」
事実、ベルブランカは厳しすぎる節があり、そのことを度々他のメイドから愚痴られるこが多い。
ベルブランカに怒られる、泣く、辞めるがセットになってきている事態に、立場は違えどアレンは内心憂慮していた。
それはそれとして―――
「しかし、ベルと同い年くらいか・・・、声をかけづらいな」
ぼそっとつぶやくアレンに、グランディーノとベルブランカは思う。
またか、と。
「アレン・・・女好きも程ほどにせんと、また無用なトラブルに巻き込まれるぞ。以前のようなことは勘弁してくれ」
「何をおっしゃいます殿下!僕は愛には愛を持って応えているだけです!せっかく繋がった縁を断ち切ることができないだけです!」
綺麗な言葉を並び立てるが、その内容は浮気を繰り返す最低男の発言である。
熱く語るアレンにベルブランカは冷たい視線を放つ。
視線だけで人を射殺せるのではないかと思わせるほどの絶対零度の双眸。
「そう言って関係を持っている女性は何人いるのですか?」
「ふふ、この両手では数えきれないほどさ」
つまり十人以上はいる、と。
ベルブランカの周りの温度がさらに低くなったように錯覚させる。
「はあ、お願いですから、これ以上殿下の顔に泥を塗る真似だけはしないで下さい」
「もちろんだよ。分別はわきまえているよ」
本当だろうか、とベルブランカの中では懐疑的。
そんなことよりも、とグランディーノは話を戻す。
「母上から、あの娘の世話をさせるよう話があった。恐らく常識も持ち合わせていないのだろう。悪いが、監視も兼ねてある程度は世話をしてやってくれるか」
「悪いと思うことはございません。僕らにお任せください。」
アレンの一礼と共に、ベルブランカもカーテシー。
二人に任せておけば、大きな問題にはならないだろう、と、ひとまず侵入者の件については折り合いをつけ、目先の藍の国との関係性をどうしていくか、また頭の痛くなる問題を思い出し、三度ため息をついた。
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