謀反
町で最も高い家の屋根の上から、アレンは風の矢による一射一殺で魔獣を射抜いていた。
アレンの染色魔力は『緑』、属性は『風』の『
魔装具は弓による、遠距離で戦闘を行う。緑の魔力を纏った矢を放つごとに精製し、町民に襲い掛かる魔獣を索敵しては撃つ、索敵しては撃つ、ということを繰り返していった。
「ふむ・・・」
炭鉱夫の言っていた通り、魔獣は鉱山の方から町に向かって進行している様子。
これまでも魔獣被害は確認されていたが、ここにきて急に大量に発生するのは何か理由があるのだろうか。
それに通常は森等に生息しているスティングボアやスラッシュマンティスも確認されており、鉱山付近に生息していない魔獣も発生している。
「何か原因があるかもしれないなぁ」
件のゲラルト・ヒュノシスの存在が頭をかすめるが、『藍風』の異彩魔法が魔獣に有効などという話は聞いたことがなく、出来たとしてもここまで大量の魔獣を催眠状態にするのは難しいように思われる。
自然発生的な事象なのか、人為的によるものなのか、現状では不明。
とにかく、この場を収めなければならないか。
「―――おっと」
町民に、今まさに襲い掛からんとしているラピッドウルフを発見。
すぐさま、アレンは弓を引き、正確に魔獣の頭を射抜く。
どうやら襲われていたのは年若い女性。魔獣に襲われたショックで腰を抜かしているのか、地面にしりもちをついたまま動かない。
とりあえず今ので上から目視できる魔獣は最後のようなので、一旦降りて助けた女性に手を貸そう、と考えるアレン。
女性に救いの手を差し伸べるのは、紳士として当然。お近づきになるのも自然な流れ。据え膳食わぬはなんとやら。
アレンは屋根の上からスッと飛び、その女性の近くに降り立った。
「ご無事でございましょうか、レディ」
アレンは優雅にキザったらしく、女性に手を差し伸べる。
赤紫の髪にしなやかな肢体、少々気の強そうな双眸が、逆に魅力的にアレンの目に映る。
「あなたが助けてくれたのですか?」
「花を守るのは愛でる者として当然のこと。美しいバラのようなあなたの一助となれたこと、光栄の極みです」
アレンの手を取った女性は、起き上がった勢いが余ってアレンに体を預けてしまう。アレンは自然に女性の腰に手を添えて、その赤い瞳をのぞき込む。
「素敵な方。良ければお名前を聞いても?」
「アレン、と申します」
「アレン様。良ければ助けていただいたお礼を・・・」
女性はアレンの首に両腕を回し、艶っぽくささやくように顔を寄せる。
しかしアレンは少し目を伏せる。
「お気持ちは嬉しいのですがレディ。今は主を守る為、行かねばなりません。もしこの戦いが終われば、改めて花を愛でに来てもよろしいでしょうか?」
「そうですか・・・それは残念です。ならせめて、目をつぶっていただけませんか?」
アレンは一瞬考えたが、そのくらいなら、と言われるがまま目を閉じた。
その肩に、ポンと手が置かれるのを感じると―――
「―――残念だが、夢を見るのはここまでだ」
「え?」
男の声が聞こえ目を開けた瞬間―――アレンの意識は闇に落ちた。
―――――――――――――――――――――
最早カエデの動きに緊張も迷いもなかった。
ベルブランカが目に付いた魔獣を一撃の共に屠り、それ以外で打ち漏らした魔獣をカエデの爆破させる一撃により処理していく。
段々と、私達いいコンビなんじゃないか、とカエデがいい気になってきたところで、周辺の魔獣はあらかた片付いたことに気づいた。
「おかしいですね・・・」
「なにが?」
ベルブランカが空、屋根の上あたりを見ながら呟いた。
カエデもそれに倣って上を見るが、何もおかしい所はない。
「途中から兄さんの攻撃がなくなりました。私達も屋敷からかなり移動しましたが、倒されてない魔獣も多数いました」
「あー、言われてみれば確かに」
空からビュンビュンと魔法の矢が飛んできて、魔獣がバッタバッタと倒れていくのを見ていたが、途中からそれがめっきりなくなった。
アレンに何かあったと考えるべきだろうか。
しかしベルブランカは首を横に振る。
「兄さんが女性に騙される以外に、遅れを取ることなど、あまり考えられません」
「じゃあ、女の人を助ける為に、そっちに集中してるとか」
「・・・まあ、ありえなくはないですが」
どちらにせよ、魔獣の脅威はあらかた去ったと考えても良い状況か、と判断するベルブランカ。カエデは無事に切り抜けられたことに、ホッと一安心。
だが、ベルブランカは未だに浮かない表情をしている。
(なんだかんだで、お兄ちゃんが心配なんだね)
内心ニヤニヤするカエデ。怒られるから口には出さないが。
「とりあえず、グランディーノ様のところに戻ろっか。アレンさんも戻ってるかもしれないし」
「・・・ええ、そうですね」
カエデとベルブランカは町長の屋敷に足を向ける。
ベルブランカの不安が伝わってきて、徐々に歩く足は速くなり、最終的には小走りに変わっていった。
「あれ?」
二人が町長の屋敷に近づいた時、入口の様子が何かおかしいことに、カエデは気づく。
カエデ達が魔獣の討伐に出た後は、町に常駐している騎士が屋敷を守ることになっていたはずだが、どこにも見当たらない。
「騎士さん達、いないね。中にいるのかな?」
「・・・なにか嫌な予感がします。先に行きます!」
「あ、ちょっと!」
ベルブランカはカエデを置き去りに、即座に駆け出した。
その勢いのまま扉をぶち破るように開け放ち、屋敷に突入。
カエデも急いでベルブランカの後に続くと―――
「え!?」
―――庭先に本来屋敷の入口を守護しているはずの騎士が、頭から血を流して倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「・・・」
カエデは急いで近づき叫ぶが、騎士からの返答はない。
気を失ってはいるが、呼吸はしており、最悪なことには至っていない様子。
「いったいなにが・・・!?」
屋敷の中には騎士と同じように使用人達が数人、倒れているのが見えた。
急いで様子を確認したが、騎士と同じように気絶している。
「これは・・・なんなの・・・?」
新たに魔獣の襲撃があったのだろうか。
それにしては屋敷が破壊された跡はない。魔獣であれば壁や扉等に傷や物が壊されているはずだが、見ると人だけが被害に遭っている。
予想外の何かが起こっている。
とにかく、まずはベルブランカに追い付かなければならない。
「―――何をしているのですか!?」
応接室に向かおうとした瞬間、ベルブランカの叫び声が響いてきた。
カエデは弾かれるように駆け出し、応接室に飛び込むと、信じがたい光景が目に飛び込んでくる。
「えっ!?」
―――そこにはグランディーノの首を締め上げるアレンの姿が。
「ぐ・・・が・・・」
苦し気に喘ぐグランディーノと、そんな第一王子に襲い掛かっている筆頭執事。
床には倒れ伏している騎士が数名。
目の前の光景がまるで理解できず、カエデは思考停止に陥ってしまった。
だがベルブランカは、その真意を問いただす前に、アレンへと飛びかかる。
「放しなさい!」
手甲の魔装具を纏った拳打による一撃。
アレンは咄嗟にグランディーノから手を離し、大きく飛び退くことで、ベルブランカの拳から逃れる。
アレンの手から逃れたことで、酸素を求めて大きくせき込むグランディーノ。
そしてベルブランカの怒号。
「乱心しましたか、兄さん!殿下に害を為す等、臣下にあるまじき愚行ですよ!」
「・・・」
アレンは答えない。 明らかに普段とは様子が違い、目に光がなく、表情もなく、能面のまま。
カエデはその隙にグランディーノの元に駆け寄り、抱き起こした。
「大丈夫ですか!?グランディーノ様!」
「げほっ、ごほっ・・・ああ、問題ない」
「何があったんですか?なんで、アレンさんが・・・」
「分からん。先ほど戻ってきたかと思えば、他の騎士達に襲い掛かり、そして私にも・・・」
アレンの狂気の沙汰ではない行動に、襲われたグランディーノにも理解出来ていない。アレンは変わらず黙したまま。
そしてゆっくりと左手を持ち上げて弓型の魔装具を出現させ、風の矢を引き絞る。
「兄さん!」
ベルブランカの叫びも虚しく、アレンには届かない。
アレンから風の矢が近距離で放たれるも、ベルブランカの一撃により、その矢は霧散した。
その攻防を皮切りに、ベルブランカは戦闘態勢に入る。
「カエデ!兄さんは正気じゃありません!殿下を連れて逃げなさい!」
ベルブランカはアレンへと肉薄し、拳打の連撃。
風のように、流れるように、ひらひらとベルブランカの攻撃を躱すアレン。
距離を離せば矢が飛んでくる。ベルブランカは接近戦で、アレンの無力化を試みる。
「わ、私も、手伝うよ!」
「なりません!足手まといです!」
ベルブランカの叱咤が飛ぶ。
直接的な言葉、だがこの場では最適な判断。それはカエデにも理解できた。
「早く、行きなさい!」
ベルブランカは叫びながらアレンの懐に飛び込み突進。
ガシャン、とそのまま窓を突き破って、外へと飛び出した。
「グランディーノ様!走れますか!?」
「ああ・・・」
グランディーノは首をさすりながら立ち上がる。
最も信頼していたアレンが、突如襲ってきたという状況に、流石の第一王子といえどショックを隠し切れない様子。
とにかく今は考えるよりも、動かなければならない。
明らかな異常事態に、すくみそうな足を無理やり動かし、屋敷から脱出する。
幸いにも周りに新たに魔獣が襲ってくるような気配はないが、第一王子を連れてどこに逃げればいいのか分からない。
(とりあえず王都に戻る?でも馬車もないし、歩きで行ける距離?途中で他の町とか村にまず行く方が良いのかな・・・?)
基本的な指針や判断はベルブランカに頼りっぱなしだった。
だが悠長にしている時間はないのに、焦って考えがまとまらない。
「カエデ。ここからなら、王都へ向かうより、青の国との国境沿いにある砦の方が近い。アルパト町長が、先んじて王都へ救援要請をしているはずだ。砦で救援を待つ方が良いだろう」
王都へ戻る方向でグランディーノに相談しようと思った矢先、カエデの心情を読んだのか、そう指示が出された。
予想外の状況だったが、ショックを受けたのは最初だけ。もう今は混乱した様子を見せず、的確な判断を下す第一王子。
それを見たカエデは、両頬をパンと叩き、自分を落ち着かせる。
(ダメだなぁ、私。ベルに任されたんだから、狼狽えてる場合じゃない!)
一つ大きく深呼吸し、顔を上げる。いつものように、明るく元気に。
「わかりました!行きましょう!」
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