第24話 アリの巣


 俺たちが黒獄虫の巣の中に入ると、内部は洞窟のようだった。


 奴らがアリと同じ性質の虫っぽいので、おそらく中はアリの巣状態で入り組んでいるのだろう。


 慎重かつ急ぎ足で進んでいくが、黒獄虫が出てくる気配はない。


「黒獄虫いないわね。全部逃げちゃったのかしら」

「わからんが油断はしないほうがいいぞ。いざとなったら俺は元の姿に戻るから、なるべく近くにいろよ。そうじゃないと助けられないからな」

「わかってるわよ」


 そうしてさらに歩き続けると、何度目か分からない広い空間の部屋にたどり着いた。


 だがこれまでは何もなかった。だが今回の部屋には大量の巨大な、人がスッポリ入るようなサイズの繭が転がっている。


 それも部屋のいたるところに大量にだ。足の踏み場もないレベルで。


 数えきれないが千くらいあるのではなかろうか。


「繭……ああ、そういえばアリって幼虫から成虫になるのに、繭をはさむんだったか」


 確か小学校の理科で習った気がする。


 アリにサナギ形態のイメージはない人も多いと思う。でも実は普通に幼虫、サナギ、成虫と育つらしい。


「じゃあこいつら全部、黒獄虫になるの……?」


 エリサは周囲の繭を見てすごく嫌そうな顔をする。


 彼女は恐怖こそ魔法で消しているが、嫌悪感などの類は残っているようだ。


「まあ後でこの巣は潰すから大丈夫だ。その時に繭も一緒に潰れるだろうし。放っておいて奥に……」

「……ダメよ。この繭を解体すれば、あいつらの弱点が分かるかもしれない!」


 エリサは意気揚々と繭のひとつに近づいていく。


 すごいな。俺は自分の身体と同じくらいの大きさの繭なんて、絶対に解体とかしたくないのだが。


「エリサ。そもそも繭を解体したとしても、アリの弱点など分からないとは思うが……」

「ダメで元々よ! 私たちには少しでも情報が必要なの!」


 エリサは持ってきていた杖を大きく振りかぶり、繭めがけて勢いよく叩きつけた。


 グシャリと繭が凹んで潰れ、中からドロッとした液体が漏れ出てくる。うわ気持ち悪い。

 

「ああもう! ベトベトしてちぎりにくいわね!」

 

 エリサはそんな液体とかをもろともせず、潰れた箇所から繭を手で引き裂こうとする。


 正直見てるだけで気分悪くなってくるのだが……目を背けてもいいだろうか? そう思った瞬間だった。


 繭から、人の手が出てきた。


「いいっ!? 人の手!? サナギになる前の食事の残りか!?」


 いきなり始まったホラーに飛び上がりそうになるが、エリサは全く動じずに繭の中身を睨んだ。


「違う! よく見て! 繭の中に人が入っているのよ! ほら!」


 そしてエリサは繭から出てきた手を引っ張ると、五体満足の人間が繭から出てくる。


 ど、どういうことだ!? なんで繭から人間が!? 


「そんなバカな!? アリがなんで人間を繭の中に!? 連れ去った人間を繭に入れてるのか!?」

「……たぶんそう。この人、うちの国の鎧を着てるもの。ところどころ溶けてはいるけど」


 確かによく見れば繭から出てきた人は、胴体部分に鎧を着ていた。


 そして静かに呼吸をしているので生きているようだ。


 そうなるとアリたちは連れ去った人間を、繭の中にいれて巣に保管しているというのか?


 俺は部屋いっぱいに転がる、無数の繭を見回す。このすべてに、人間が入っているのか? そんなの……。


「……なんのためにこんなことを?」


 思わず疑問が漏れ出ていた。


 これがクモというならば分かる。あいつらは捕らえた得物を糸でくるんで逃げられなくするからだ。


 だがアリはそんなことするイメージはない。


 いやそもそもだ。


「なあエリサ。最後に連れ去られた人間って、最低でも七日以上前だよな?」


 俺が来てからは小人たちは誰も連れ去られていない。


 そして俺がこの世界に来てから一週間は経っている。つまりこの繭から出てきた小人は、最低でも一週間以上前に連れ去られたということになる。


「……そうね」


 エリサも俺の言葉の意図に気づいたようで、難しい顔をして頷いた。


 俺たちは生存者がいないかとアリの巣に入ったが、それは奇跡を信じるというかダメ元での考えだった。


 ……普通に考えれば、連れ去られた人は死んでいるはずだ。食事を与えるなどして、意図的に生かしでもしなければ。


「……もういくつか繭を壊してみるわ」


 そう言うとエリサは近くの繭に近づく。中に人がいるのを考慮して、今度はゆっくりと杖で叩き始めた。


 そしてしばらくすると繭が壊れ、また中には人間が包まれている。


 さらにいくつか壊すが、すべて中に人が入っていた。


「……まじか」


 思わず声が漏れていた。


 思い出したことがある。小人たちは黒獄虫は人を殺さずに連れ去って、そこから食べると言っていた。


 別に彼らが嘘をついていたわけではない。なにせ小人たちはこの巣の中に入れたことがないのだから、連れ去られたなら食われるのだろうと考えるのは当然だ。


 だが実際は違っていた。連れ去られた人間は何故か繭に入れられていたのだ。


 この部屋の繭全てに人が入っているなら、相当の数が生きていることになる。


 いやそれどころの話ではない。繭がある部屋がここだけとは限らないのだ。


 もし今まで連れ去られた者のうち、その一割でもまだ生き残っていたら……。


「スズキ! この人たちをこのまま町まで運ぶことはできるかしら!?」

「アリの巣から出すのはちょっと無理そうだな……迂闊に外から掘ったら崩れる恐れもある」

「じゃあ町の人を連れてきて繭を全部割ろう! もしみんな生きてるなら、こんなのすごいよ!」


 エリサはすごく興奮しながら笑っていた。



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次話から不定期投稿になりそうです。

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