第19話 そして守るべき者を盾に


「レティシアちゃんだね? すごく魔法が優秀と聞いているよ。ぜひ見せてくれないかな?」


 レティシアが九歳の時、当時の竜爪騎士団長は彼女をスカウトした。


 すでに彼女は独りだった。両親は町を襲った黒獄虫に連れ去られてしまい、彼女だけが先に馬車で逃がされていた。


 その時の悲しみと憎悪が、レティシアは風魔法の才を発現させた。


 正規の魔法の訓練を受けたわけでもないのに、その力はすでに国で最強の魔法使いへとなっていた。


 ただしレティシアが扱えるのは風魔法だけ。魔法には多種多様な種類があるが、彼女は風を操ることしかできない。


 なので魔法の技量だけで言うならば実はあまり高くはない。


 だが彼女の風の弾丸は敵を殺し、その余波で死体を吹き飛ばしてさらに他の敵を殺す。黒獄虫への殺傷力という一点において、レティシアの力は極めて優秀であった。


 すでにベリアルデ王国軍は壊滅的状況で戦力に余裕などない。ゆえにレティシアは最低限の訓練を受けて、そのまま最前線へと送られることになった。


 彼女は騎士団長の下で初陣を果たす。だがこの戦は黒獄虫の多さに前衛が壊滅し、王国軍の敗北になる、はずだった。


空砲ブラスト! 空砲ブラスト! 空砲ブラスト!」


 黒獄虫の軍はレティシアの神風によって壊滅した。


 彼女がその類まれなる風魔法の力で、神がかりな活躍をして勝利を運んだのだ。


 だが王国軍の被害も甚大で、竜爪騎士団長を筆頭に大勢の兵士たちが死亡。


 被害状況だけ見るならば完全な負け戦。しかも多くの犠牲を払って勝ったのに、戦果は黒獄虫の軍の侵攻を少し押し返す程度だ。


 当然ながら兵士の士気は上がらず、人々は意気消沈していた。こんな状況でベリアルデ王国がなお戦うには希望の象徴が必要だった。


 ゆえにベリアルデ王国玉座の間にて、新たな竜爪騎士団長の任命式が行われる。


「レティシアよ。その武勇を、我が国の盾としてっ……!」


 誰もが苦渋の決断だった。王はレティシアとなるべく目を合わせず、副騎士団長の老人は己の唇を噛み切って血をにじませる。


 玉座の間を守護する騎士たちは己の弱さを嘆き、王の娘は自分より幼い鎧姿の少女に困惑した。


 こんなことはおかしいと思いながら、止める声を出せる者はいなかった。


 王国は十歳の少女にすべての希望を背負わせたのだ。


 そして皮肉なことに、守るべき少女を盾にすることが最善策となった。もしレティシアが騎士団長になっていなければ、ベリアルデ王国は一年で陥落していたのだから。


 レティシアが騎士団長になって二年間、ベリアルデ王国は黒獄虫の侵攻を何度も食い止めていた。


 




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


 

 

「副騎士団長。今回も突撃すればいいの?」

「はい。レティシア様の魔法でいつも通り敵軍を分断させて、各個撃破を行います」


 とある平野。そこではベリアルデ王国軍が陣を張っていた。


 そして少し先には迫りくる黒獄虫の群れ。


 だが兵士たちは落ち着いていた。彼らの前にいる十三歳の少女の掲げる、風をイメージした文様の旗を見ることで。


 さらに今回は普段とは違い、軍の後方にはベリアルデ王家の旗が登っていた。


「総員に告ぐ! この戦いをもって私たちは土地を取り戻す! あの醜き黒獄虫を倒すことで!」

 

 これは決戦であった。このまま防衛してもじり貧と感じたベリアルデ王は賭けに出たのだ。


 今回の戦いは守るのではなく攻め。ベリアルデ王国の領土を広げ、世界を人類の手に取り戻す第一歩にすると。

 

 この戦いに勝利することができれば、黒獄虫の生息圏を後退させることもできる。そうすれば他国との連絡も通じて、連携が取れる可能性もあった。

 

 故に必勝を期するために、総大将たる王が出陣することで兵の士気をさらに上げていた。


 国の戦力や食料などを無理して投入しての一か八かの戦い。


「総員! 突撃!」


 レティシアの号令によって、ベリアルデ兵たちは突撃する。


 初めの当たりは圧勝だった。敵の黒獄虫の群れは大きく崩れ、ベリアルデ軍は敵前衛を切り崩す。


 そして敵軍を予定通りに分断、できなかった。


「ば、ばかな!? 包囲されている!?」


 ベリアルデ軍はいつの間にか、黒獄虫に四方を包囲されていた。


 黒獄虫の前衛を打ち破ったはずなのに、なぜか崩しきれなかった。


 その隙に黒獄虫たちは伏兵や、回り込みによってベリアルデ軍を囲んだのだ。


「ば、バカな!? バカなバカな!? これは兵法……馬鹿な!?」


 副騎士団長は激しく狼狽する。


 黒獄虫はただまっすぐ突っ込んでくる知性だったからこそ、今まで人類は戦えていたのだ。


 その前提がこの決戦で崩された、崩されてしまった。


「ひいっ!? に、逃げっ……!」

「や、やめろ押すな!? 潰っ……」


 アゴをカチカチ動かしながら迫って来る黒獄虫に、兵士たちはなすすべなくやられていく。


 包囲されてしまってはもはや戦いなど不可能だ。レティシアが魔法で黒獄虫の群れに風穴を開けようとするが、空いた部分はすぐに他の黒獄虫で埋められる。


 逃げ場などない。そうしてベリアルデ軍は全滅した。


 生きた者はほぼ全てが黒獄虫に連れ去られて、残されたのは死体の山。


 その死体の大半は潰された者たちだ。逃げ場がなく包囲されたため、おしくらまんじゅうのように自軍の兵士によって殺された。


 生き残ったのは空に逃げたレティシアと、死体に紛れて気絶した者たち百余名のみ。


「どう、して……なんで……」


 空に浮いて逃げ延びたレティシアは、この地獄を見て呆然としていた。


 彼女は今までずっと勝ってきた。そして戦場の悲惨さもあまり目にしていない。


 それは周囲の大人たちが徹底的に隠してきたからだ。レティシアには死体や怪我人は見せず、亡くなった者の遺族などの声など聞かせず。


 副騎士団長を筆頭に、あらゆる手段を試みて彼女を守った。せめて少しでも心を壊さずに生きて欲しいという願いによって。


 だがそのせいで今、レティシアは今までの隠されてきた全てを、これ以上ない最悪な受け止め方をさせられている。


 しばらくの間は現実を理解できず、そして気づいて泣きわめく。


「わ、私のせい……? 私のせい……ああああぁぁぁぁぁ!?」


 そして彼女は戦えなくなった。

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