第18話 壊れた精神的支柱
俺たちは震えるレティシアちゃんを、ひとまず椅子に座らせた。
だが彼女は自分の身体を抱きかかえたまま、ずっと怯え続けている。どう見てもまともな精神状態ではない。
「…………レティシア様」
そんなレティシアちゃんを見て、エリサもまた暗い影を落としている。
本当に馬鹿なことをしてしまった。事前に気づいていれば……いや後悔してもなにも解決しない。
俺は椅子から立ち上がると。
「女王陛下に話を聞いてくる。エリサはレティシアちゃんを見ていてくれ」
「わかった……」
これ以上の失態を防ぐためにも、レティシアちゃんのことは全部知っておく必要がある。
屋敷を出て町の中をしばらく歩き、とある屋敷の前へと到着した。ここに女王陛下が住んでいると聞いている。
俺の姿を見て門を守っていた兵士たちが、背筋を伸ばして敬礼してきた。
「きょ、巨人様! すぐに女王陛下をお呼びいたします! ささっ、お入りください!」
こういう時に顔が広いのは便利だ。
町の人はほぼ全員が俺の顔を知っているからな。巨人の時の姿を見ているので。
そうして応接室に案内されて、言われるがままにソファーに座ると、すぐに女王陛下が部屋に入ってきた。
「お、お待たせしました巨人様! なんのご用でしょうか!?」
息を切らせていて明らかに走ってきた様子だ。
そこまで急かしてしまったのは少し申し訳ない。
「レティシアについてお聞きしたいことがあります。まずはお座りください」
すると女王陛下はなにかを察したように視線を落とし、俺の正面の椅子に座った。
「……レティシアについてとは、彼女の境遇のことですか?」
「……はい。お恥ずかしながら彼女のトラウマをえぐってしまいました」
「いえ。私がなんの説明もしなかったのが悪いのです。出来ればレティシアのことを話さずに済めばと思って、余計に事情を悪化させてしまいました。誠に申し訳ありません、すべてお話します」
女王陛下は一息ついたあと、悲痛な面持ちになると。
「レティシアは元騎士団長にして、この国の希望でした。いえ違いますね、生前の我が父が希望の象徴に担ぎ上げたのです」
「担ぎ上げた?」
「はい。黒獄虫のような悪夢と戦うためには、旗印が必要だったのです。レティシアは風魔法が天才的に上手で、見た目も優れていました。だから……当時十歳だった彼女を最前線に出したのです」
十歳の少女を最前線に出すなんてあまりにも滅茶苦茶だ。
普通には考えられないことだ。つまりそれほどこの国は切羽詰まっていたのだろう。
俺が来なければすぐに王都が陥落して滅んでいたのだから。
「レティシアが前線で戦うことは、少なからず兵士の士気を上げた聞いています……兵士たちが自ら前に出るようになったそうです。彼女が強く英雄的活躍をしたことや、幼い少女が戦っているのに自分たちが下がるわけにはと思わせた」
「…………」
「戦場で活躍したレティシアは、十歳で騎士団長になりました。実際の軍の指揮は他の者がしていましたが、名目上は彼女が軍のトップでした。そして八万の兵を率いて決戦に挑み……全滅しました」
あまりにも救いようがない話だ。
この国を守るという重責を十歳の少女に押し付けたのだ。だがそれをしなければどうにもならなかった。
確かに兵士たちは逃げられないだろう。十歳の少女を戦わせておいて、自分は逃げようなんて思える奴はなかなかいない。
女王陛下がこの話を俺に言ってなかったのも頷ける。
「……レティシアが戻った後、もう彼女は戦えなくなっていました。ショックで攻撃魔法が使えなくなっていた。それで口論になりました、私は言ってしまったのです……どうか戦場に出てくれとっ……! 私はっ……彼女をっ! 壊してしまった!」
「女王陛下、ありがとうございます。もうわかりました」
女王陛下は涙を流しながら叫ぶのを途中で止める。
これ以上聞いていられなかった。レティシアちゃんがあまりに悲惨な境遇で、女王陛下もまたそれを後悔し続けている。
レティシアちゃんが俺のメイドになったのも、なにかしらの重要な役目を与えて、戦場から遠ざけるためだったのだろう。
誰が悪いわけでもなく、この世界が地獄なせいだ。
……そんなレティシアちゃんに対して、俺はまた騎士団長にさせようとしてしまった。
失言の責任は取らなければならない。そして俺ならばレティシアちゃんが苦しむ原因は解決できる。
「女王陛下。もうレティシアに戦わせたり、騎士団長に戻す必要はありません。俺がやります」
俺がレティシアちゃんの代わりになればいい。
彼女よりも間違いなく強く大きい存在だ。旗印や希望の象徴としてこれ以上の者はないだろう。
もうレティシアちゃんに辛い思いをさせたくない。だが女王陛下は首を横に振った。
「無理です。貴方は私たちの騎士団長には、そして希望の象徴にもなれません」
「……なぜですか?」
レティシアちゃんを助けたい。あまりにも可哀そうな少女を救ってあげたい。
俺に至らないところがあるなら直すつもりだが、理由がわからなければどうにもならない。
女王陛下はしばらく逡巡した後、意を決したように口を開いた。
「貴方には、私たちを救う理由がありません」
「救う、理由?」
「巨人様はこの国で生まれたわけでもなく、家族や守る者もいない。ひとりで生きていく術もある。私たちは一方的な庇護を受けているだけなのです……みんな恐れているのですよ、貴方がいつかこの町を見捨ててしまわないかと」
「そんな! 見捨てたりなんてしませんよ!」
とっさに声を上げていた。
本音だ、俺は決してこの町を見捨てるつもりはない。
「存じています。今はそうでしょう。ですが一年後、二年後、三年後……十年後。その先もずっと守ってくださると約束できますか?」
「そ、それは……」
見捨てるつもりはない。なのに守ると咄嗟に言えなかった。
そんな先のことまで考えていなかった。目の前のことで精いっぱいで。
女王は悲しそうに笑った。
「それが普通の人間だと思います。安心してください。私は巨人様から頂いた希望を投げ出すつもりはありません。貴方がいなくなる日までにこの町を立て直します。私たちだけで守ることができるように」
「…………」
「むしろ今助けていただいていることが、私たちにとって望外の幸せなのです。なので気になさらないでください」
あまりの腹立たしさに自分の拳を強く握る。
俺は今ほど、自分が愚かだと思ったことはない。
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