第15話 休憩


 ワイバーンの肉を食べた後、屋敷に戻って自室のベッドに腰かけた。


「ふぅ……今日は久々に腹八分目まで食べたな」


 この世界に来てからというものの、いつも食事の量が足りなかった。


 お腹がすけばいつでも満腹にできる現代社会が、どれだけ飽食の世界だったかがよくわかる。


 しかしワイバーンの群れが来てくれたら肉にありつけるのか。それならもう一群れか二群れくらい来てくれないかな。


 そうすれば町の食料不足も少しはマシになるだろうし。それとワイバーンの鱗とか牙も、武器などの上質な素材になるそうだ。


 なんとも便利なやつだろうか。もし飛んでるワイバーンでも発見したら捕まえたいものだ。


 そんなことを考えていると扉がノックされたので、「どうぞ」と告げるとドアが開いた。


「巨人様、マッサージはいかがでしょうか」


 メイド服のレティシアちゃんが、スカートをつまんで頭を下げてくる。


 ぜひお願いしたいところではあるのだが、少し迷うところもある。


 エリサ曰く。レティシアちゃんは十三歳にして元騎士団長で、あまりメイドの仕事は好んでないとのことらしいからなぁ。


「無理しなくていいよ。やりたくないことをやらなくても……」

「無理していません。今の私に出来ることをやりたいと思っています。ですのでいかがでしょうか」


 レティシアちゃんは少し上目遣いで俺を見てくる。


 俺はロリコンではないが……本人がいいと言うなら別にいいか!


「じゃあ任せてもいいかい?」

「わかりました。ではベッドにお寝転んでください」


 言われたとおりにベッドにゴロンとうつ伏せになると、レティシアちゃんが俺の腰を揉み始めた。


 すごく小さな感触が当たるのが分かる。こんな手で元騎士団長だなんてとてもじゃないけど信じられなかった。


「巨人様、本当にありがとうございます」


 すると急にお礼を言われてしまった。


「なにがだい?」

「ワイバーンのお肉を、町の皆にお分け与えてくださったことです。お肉なんてもう手に入る手段がほぼないのに、それほど貴重なものを……」

「いやいや。どうせあれだけあっても食べきれないからね」


 ワイバーンは十匹は捕まえたので、小人状態ではとてもひとりでは食べきれない量だ。


 元の大きさになれば食べられるだろうがやる意味もない。


 それなら町の皆に配った方がよほど有意義だろう。独占したところで気まずいだけだ。


 レティシアちゃんは俺の腰を押し続けるが、あまり押す場所を変えないしツボも意識していない。


 明らかにマッサージに不慣れな様子だが、そこがまた微笑ましい。


「巨人様。巨人様は神様なのですか?」


 レティシアちゃんからの声が、少し縋るような声音に聞こえた。


 顔は見えないが結構真剣に聞いてきた気がする。ならこちらも真面目に答えよう。


「違うよ、俺はただの少し大きな人間だ。神様じゃないよ」

「そうですか……いきなり王都に落ちてきた時には、神様としか思えませんでした」


 確かに山より大きな巨人が空から落ちてきたら、神様の類に見えるかもしれない。


「ごめんね、神様じゃなくて。神様だったらもっといろいろと助けてあげられるんだけど」

「い、いえ! そんなことはありません! すごくお助けて頂いてます! 巨人様のおかげで私たちは生きているのですから! そ、それと巨人様はあまりこの世界についてお知られない様子ですよね。なにか知りたいことなどありますか?」


 レティシアちゃんの声が少し裏返っている。


 しまったな。ただ本心を述べたつもりだったが、改めて考えたら少し嫌味みたいな返しになってたかも。


 よしここは話を変えよう、と言っても話のネタが思いつかない。


 うーん…………地雷を踏まないか不安だが、お言葉に甘えて気になっていることを聞いてみるか。


「レティシアちゃんはどういう経緯で騎士団に入ったの? あ、話したくなかったら言わなくて大丈夫」


 十歳の騎士団長なんて信じられない話だ。


 どうしてそうなったのかの始まりが知りたいと思ってしまう。


「先代の騎士団長にスカウトされました。風魔法が得意でしたので」


 レティシアちゃんは淡々と告げてくる。今のところは地雷はなさそうだ、よかった。


「怖くなかったの?」

「あまり怖くありませんでした。三年前の時点で風魔法は使いこなせていたので、黒獄虫なんてやっつけてやる。私が皆を守るんだと自信に満ち溢れていましたので」


 十歳ごろの子供が強い魔法を使えれば、怖い物知らずになるのは想像がつく。


 俺がその年齢の頃はクソガキだったからなぁ……レティシアちゃんとは大違いだ。


「レティシアちゃんは凄いね」

「……そんなことはありません。巨人様のほうがよほど優れています。私は結局守れませんでしたので……」

「俺はただデカいだけだから……敵が黒獄虫なら仕方ないよ」


 本当にレティシアちゃんはすごいと思う。


 なんなら今の俺よりもよほど立派だ。友人にモノを売りつけるクズ男と、自分を犠牲にしてみんなを守ろうとする少女……ははっ、やばい泣きそう。


 顔を見られないようにベッドにうずめながら、


「また騎士団長に戻れるといいね」

「…………そう、ですね」


 レティシアちゃんのマッサージの手が少し止まってしまったが、また再開し始める。


 

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