第16話 巨人の魔法はスケールが違う


 魔法の練習をすることになった俺は、エリサとレティシアちゃんと町の外へ出ていた。


 もちろん俺は元の大きさに戻った上でだ。小人のサイズで外に出たらアリもどきに食われて終わる。


『じゃあこれから魔法の練習をするわ! でも絶対に町の方を向いたらダメだからね! 手とかも向けたらダメ! なにがなんでもなにもない方向を向いておくこと!』

「巨人様の魔法は間違いなく大きいですから、町に飛んだら大惨事です。お気を付けください」


 俺の右肩に乗ったエリサと、顔の横を飛んでいるレティシアちゃんから念を押される。


 巨人である俺の魔法はどう考えても規模が大きい。例えば爪に火を灯すような魔法でも、エリサたちから見ればかなり大きな炎になる。


 本当なら小人化して町の中で魔法の練習をしたいのだが、それは厳禁だそうだ。


 と言うのも小人化してもたぶん魔法の大きさは変わらないとのこと。身体の大きさが小さくなっても、所持魔力量は同じだからという理屈らしい。


 つまり小人化して町の中で魔法をすると、今の俺の姿で発動する魔法と同じ大きさのものが出る。間違いなくヤバい。


『じゃあさっそく教えるわよ! まずは武器を作るのと同じで、手のひらに魔力を集めるの! 次にそれをボワッと燃やすイメージ!』

「ボワッ……ああいや今回はなんとなくわかるか」


 火だもんな。こう、ボワッと燃える感覚はイメージがつく。


 たぶん集めた魔力を着火剤にするような感じだろう。


『そしてこう唱えるの! 火砲ファイア!』


 エリサがそう告げると同時に、彼女の手から火花が散った気がする。


 たぶん炎の玉でも出したのだろう。小さすぎて見えなかっただけで。


火砲ファイアは人の手くらいの火の玉を出す魔法です。火炎砲撃ブレイムに比べると遅く小さいので、あまり戦闘向けの魔法ではありません」

『火砲だと黒獄虫を殺せないのよね……』


 ようは以前にエリサが使っていた火炎砲撃の、完全劣化みたいな魔法かな。


 だが俺が使えばこの魔法も強い代物になるだろう。俺の手の大きさは、エリサたちの身長の三倍はくだらないし。


 慎重に海の方に手のひらを向け狙いを定めて、手のひらに魔力を集中。そしてボワッと燃えるイメージで……。


火砲ファイア!」


 手のひらと同じくらいの火の玉が出現して、海へ向かって飛んでいく。


 そして海へと着弾。周囲にモクモクと水蒸気を発生させて消えた。


 どうやら海水を蒸発させることは可能なようだ。これなら火力は十分か。


『やるじゃない! 私の教えがいいのもあるわよね!』

「そうだな。ありがとう」


 エリサの機嫌よさそうな笑い声。


 今回は擬音の教えがうまくいったので素直にお礼を言っておく。お礼は大事。


「さてと。じゃあ塩だな」

 

 俺は十歩ほど移動して砂浜と海を見下ろす。


 地球の海よりすごく綺麗で透き通ってる感じがする。海の中の魚が見えそうなくらい。


 まあこの世界の魚が小さすぎるので、俺では目視できないのだが。


 そんなことを考えながら鉄のバケツを出して海水をすくう。


 あ、ダメだ。浅すぎてうまく水がすくえない。これだとバケツの二割くらいも満たせない。


 仕方がないのでズボンのすそをまくって、靴と靴下を脱いで海に入った。


 そして少し歩いてから、奥の方の海に手を伸ばしてバケツですくう。


 今度はそれなりの深さがあったので、バケツの中を海水で満たすことができた。


 海を上がって砂浜へと戻る。うへぇ、足に砂がついてジャリジャリだ。


『派手だなぁ。バケツで海水をすくって、どうするつもりなの?』

「ああ、こうするんだよ」


 俺はバケツの取っ手を右手に持ちながら、左手をバケツに入った海水まで近づけると、


火砲ファイア!」


 バケツの海水めがけて火玉を放った。


 モクモクと海水が蒸発していき、バケツ一杯だったのが八割くらいまで減っている。底を確認すると塩っぽい白い粉が少し溜まっている。


『そっか。手を離さなければバケツは消えないから、塩を作るのに使えるってわけね』

「そうだ。これなら別に問題ないからな」


 この装備を出す魔法、使い勝手いいと思う。


 小人たちからすれば微妙なのは分かるけどな。自分と同じ大きさのアリもどき相手には使いづらいだろうから。


 あいつらと戦うなら矢とかで遠距離攻撃する方がいい。なにせパワーでは人間を遥かに凌駕するそうだし、近接で戦うこと自体がもうダメだ。


 この世界では何よりもアリもどき相手に有効かが、魔法の価値にされているのだろう。生活に便利とかそういった類を考える余裕がないのだ。


 ただ俺にとってはこれほど自由度の高い魔法はそうそうない。


 さらに二発ほど火砲を打ち込むと、バケツの水は残り二割ほどになり、塩がさらに底に溜まっていた。


 もちろん俺からすればかなり少量だ。だが小人たちならば十分すぎる量だろう。


『残りの水は消さないの?』

「そうしたら溜まった塩も燃えちゃうだろ。なので残りの水はこうだ」


 バケツを海に向けてゆっくりと傾けて、海水を戻していく。塩が落ちないように気を付けてっと……。


 最後は手で柵をしながらで、バケツの中の水はなくなった。


 もう少し塩があったほうがいいか。いくらあっても別に困らないし。


 ただこのバケツで海水をすくうと、中の塩が海に溶けてしまうかもしれない。


 なのでバケツを砂浜に置いて両手で海水をすくう。少し時間はかかるがこれで……。


『バケツ消えちゃったわよ』


 エリサの声で思わずバケツを置いた場所を見ると、見事に消え去ってしまっていた。


「……あっ、しまった。バケツの持ち手を腕にかけてればよかったか?」

「一杯ごとに町へ運べばよいのではないでしょうか。巨人様なら数歩のことですし」

「確かに」


 レティシアちゃんの言葉にうなずいて、またバケツで海水すくって火魔法で塩を作った。


 そして港町のそばまで歩くと、広場に小さな皮の切れ端……いや絨毯らしきものが敷かれていた。今まではなかったものだ。


 よく見ると広場には女王陛下もいらっしゃる。


「女王陛下! そこの皮みたいなのに塩を置けばいいですか!」

「はい! お願いします!」


 耳を澄ますと女王陛下の叫び声が聞こえたので、バケツを慎重に近づけて塩をゆっくりと落としていく。


 でも底にこびりついていてうまく取れない。うーむ、どうしよう。


「バケツを傾けて塩を一か所に集めた後、バケツを消せばいいのではないでしょうか?」

「それだ」


 レティシアちゃんの名案に従って、バケツを少し傾けたり手で塩を一か所に集める。


 そして広場の地面スレスレのところでバケツを消すと、塩が皮の上に落ちた。


 ……結構漏れてしまったけど、こればかりは仕方ないと思うことにする。


 それを何度か繰り返した結果、空は夕焼けになっていた。


『やったわね! これなら塩には困らなさそう!』

「そうだな。今日はそろそろ休むか」

「お疲れ様です、巨人様」


 俺は小人になって町に入り、自分の屋敷へと戻った。


 もう夜なので晩飯を食べてから、寝室のベッドに寝転んだ。町の問題はかなり解決の方向に動いてる気がする。

 

 食料も畑などがうまくいけば徐々に安定しだすだろうし、塩などの問題もなんとかなりそうだ。これなら今後の見通しも立つ。


「ふわぁ……今日はよく眠れそうだな」


 そうして目を閉じて、ウトウトとして……。


『大変よスズキ! 黒獄虫が町に攻めてきたわ!』


 脳裏にエリサの声が響いた。


「まじか。あいつら、今まで夜に攻めてこなかったのに」 


 そう思いながらも着替えて屋敷に出る。いつものようにエリサに運んでもらって、町の薄い明かりの中で目を凝らす。


 だが町の周囲の堀などにアリたちはいないように見えるが……。


『スズキ! 貴方が出てきた瞬間、黒獄虫は逃げていったわ!』

「そうなのか。それならよかった」


 そうして小人化して屋敷の寝室に戻った。改めてベッドについて眠り……。


『スズキ! また黒獄虫が!』

「またかよ!?」


 仕方がないので同じようにエリサに運んでもらって、町の外へ出て巨人になって……。


『また逃げたみたいよ……なんなのよもう!』


 するとまた黒獄虫は逃げたようで、屋敷のベッドに戻って眠り、


『スズキ! また黒獄虫が……』

「待って!? いくらなんでもおかしくないか!?」


 結局、今日はロクに眠れなかった……。

  

 

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