第17話 小人たちは戦えない?
「ふわぁ……」
俺は町のそばで巨人化したまま、朝日を迎えていた。
小人たちの港町に日が差すのは少し綺麗だが、それよりなにより眠い。
アリたちが頻繁に攻めてきたため、寝ずの番をしてしまったのだ。これでは朝昼の行動に支障が出てしまう……。
『すぅ……すぅ……』
エリサは城壁の上で、木の箱にもたれかかって寝ていた。
羨ましい。俺もそうすればよかったかな。
明るくなったので周囲を見渡すがアリの気配はない。小さいから数匹程度いても見つけられない可能性もあるが、少なくとも群れはいそうにない。
「とりあえず町に戻るか……エリサ起きろ」
『うみゅ……』
俺は城壁に指をつけると小人化、そして階段で城壁を降りて港町の広場を歩く。
「どいたどいた! 邪魔だぁ!」
「急いで運べ! この後は調理しないとダメなんだぞ!」
すでに船は漁に出たどころか、帰ってきている人もいるらしい。漁師たちが捕った魚が箱に入って運んでいる。
この時間は寝ていたから知らなかった。
「眠いよぉ……おんぶして……」
新鮮な景色を見ていたところ、背中からエリサが抱き着いてきた。
年が五歳くらい離れているとは言えども流石にドキリとしてしまう。
「エリサ、男に抱き着くのはよくないと思うぞ」
「ふわぁ……いつも肩に乗ってるから今更でしょ……」
「言われてみれば……屋敷まで送ってやるからベッドで寝ろ」
「スズキは……?」
「俺は今からやることがあるから」
頭が少しボーッとはするが徹夜なら何度も経験してきた。これくらいならまだ活動できるはずだ。
「わかった。なら私もついていく」
エリサは俺に抱き着くのをやめると、すごく眠そうに目をこすった。
「別に屋敷に戻って寝てもいいんだぞ?」
「私がいないとスズキはダメでしょ!」
意識が目覚めてきたようで、エリサにいつもの声のキレが戻ってきた。
この世界のことはあまり詳しくないので、彼女が隣にいてくれて助かるのは事実だが。
「それでなにをするつもりなの?」
「兵士たちにもう少し戦ってもらえないかと思ってな。確かにアリ、いや黒獄虫は強敵かもしれないが、それを考慮しても士気が妙に低いのは困る。生の兵士の声が聞きたい」
町の兵士たちが黒獄虫と戦おうとしないのが気になっている。
確かに自分たちより大きい虫と、戦いたくないというのは分かるよ。俺だって彼らの立場なら怖いし。
でも城壁の上から矢を飛ばしたりとかなら、してくれてもいいと思うんだよな。ましてや今のこの町は堀まであるのだから、城壁の上から攻撃するだけでもかなりの防衛力になる。
昨日だって現れたアリは数匹程度らしいので、俺を呼ばなくても撃退できたはずだ。
頼られるのは嬉しいしなるべく答えてあげたいが、昨日みたいなことを毎日続けられたら俺がもたない。そうしたらこの町も終わってしまうのだから。
俺たちは階段を登って城壁へと上がる。そこには見張りの兵士たちが多くいた。
彼らはみんな若く、明らかに怯えた表情で外を眺めている。この時点で士気がひどいのが見て取れてしまう。
「ちょっとすみません。お聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんです……きょ、巨神様!?」
外を見張っている兵士のひとりに話しかけると、彼は俺の姿を見て腰を抜かしてしまった。
さらに彼の声で周囲の兵士たちも俺に視線を集めてきた。
「きょ、巨神様だ……今は小さいけど」
「こんなところになんの御用だろうか……」
彼らは俺をおっかなびっくりという感じで見ている。
どうやらまだ怯えられているようだ。
仕方ないか、それより用件を聞いてしまおう。
「レティシアさんについてお聞きしたいです。皆さんも彼女に騎士団長に戻ってほしいですか?」
ようは以前にエリサが言っていたことが、本当かどうかを確認したいのだ。
兵士たちの士気が上がらない理由は、レティシアちゃんが騎士団長を辞めさせられたからなのかを。
以前の大敗北の責任を取らされたそうで、その理由もまた理解はできる。
トップが責任を取る必要はある。女王陛下も立場上レティシアちゃんを処分しないわけにはいかなかったのだろう。
だがそれで兵士たちが戦えないのでは困りものだ。
レティシアちゃんが騎士団長に戻れば、兵士たちの士気が蘇るならばよい方法がある。
俺が女王陛下にお願いして、レティシアちゃんを騎士団長に戻してもらえばいい。
この町を守っている俺からの願いならば、女王陛下もレティシアちゃんも面目が立つはずだ。
「も、もちろんです! レティシア様が騎士団長に戻ってくだされば百人力です!」
「救いの風神様と共に戦うのが夢です!」
兵士たちは目を輝かせて叫ぶ。どうやらレティシアちゃんの影響は本当に大きいようだ。
「だから言ったじゃない! レティシア様は私たちの英雄なの! あの人がいつも先頭で戦ってくれていたから、みんな臆さなかったのよ!」
エリサもまるで自分のことのように自慢してくる。
本当にレティシアちゃんは優秀な騎士団長なんだな。俺のメイドなんてやってもらっていてはダメみたいだ。
「ありがとうございます。参考になりました」
軽く頭を下げると、兵士たちは「ひっ!?」と悲鳴をあげた。
「あ、頭など下げてもらっては困ります!? 我々こそ巨神様には感謝してもしきれません……!」
「こ、これからも守っていただけると幸いです……!」
「もちろんですよ」
兵士たちの言葉に軽く返事して、また階段で城壁から降りる。そして町を歩いて屋敷へ戻った。
眠気がひどいので今日は早めに寝よう……そう思いながら屋敷の扉を開くと。
「おかえりなさいませ。巨神様」
レティシアちゃんがスカートのすそをつまんで頭を下げてくる。
相変わらず可愛いが今日で見納めにすべきだろう。彼女はメイドをさせておくには惜しい人材のようだしな。
ただ念のために彼女の意思は確認しておこう。
「いつもありがとう、レティシアちゃん。ところで騎士団長に戻りたい?」
英雄とまで呼ばれ、アリもどきを憎悪の目で睨んでいた彼女だ。
周囲の声を聞いても戻れるとなれば喜ぶだろう、と思っていた。
だがそう告げた瞬間、レティシアちゃんの顔が青ざめた。
そしてなにかにおびえるように、震えながら後ずさりする。
「ひっ……ゆ、ゆるして、ゆるしてください……もう、無理なんです……もう……! 戦えない、んですっ……!」
涙を流しながら訴えてくるレティシアちゃん。
その様子はとても英雄などではなくて、年相応のか弱い少女でしかない。
「れ、レティシア様……? 嘘……そんな……」
エリサはそんな元騎士団長を見て、絶望したような表情をしている。
それを見て理解した。もしレティシアちゃんのこんな姿を見たら、彼女を希望にしている兵士たちは二度と戦えないだろう。
ならレティシアちゃんは騎士団長を辞めさせられたのではなく……。
「す、すまない! 軽率だった!」
今思えばおかしい話だった。あそこまで兵士たちに憧れられている上、重要な戦力であるレティシアちゃんが騎士団長を外されるなど。
いくら彼女が大失策を犯したとしてもだ。
あんなアリたちに包囲されたような切羽詰まった状況で、兵士たちの精神的支柱である彼女を外さないだろう。
女王陛下はそこまで無能だとは思えない。
つまりレティシアちゃんは騎士団長を辞めさせられたんじゃない。
その責務に耐えられなくなって、自分から辞めたんだ。
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