第14話 微妙な肉だけど


 俺たちはワイバーンを倒して帰還して、広場にワイバーンの死体を積んだ。


 そして小人化して俺も広場に入ると、かつてない歓声に包まれた。


「お、おおお……おおおおおおおぉぉぉぉ! に、肉だ……肉だぁあああああ!!!!」

「も、もしかして肉が食べられるのか!? 十年ぶりに!?」

「お母さん、お肉ってなあに?」

「美味しい物よ。昔はみんな食べていたの……」


 みんながワイバーンの死体の山を見て笑っている。


「お肉……新鮮なお肉……!」


 エリサもワイバーンの山に近づいて、お腹をぐーぐー鳴らせていた。


 レティシアちゃんも同じくだ。彼女は無言だがその視線はワイバーンから離れない。


「きょ、巨人様! このワイバーン、ほんとうに頂いてもよろしいのですか!?」


 女王陛下がドレス姿で焦ってこちらに走ってきた。


 この人、女王とは思えないほどフットワークが軽い。あとたぶんだが純粋に走るの速そう。


「もちろんです。みんなで食べましょう」


 にこりと笑って返すが、女王陛下は不安そうな顔をし始めた。


 どうしたんだろう。もっと喜んでもらえると思ったのに。


「あ、あの……本当によろしいのですか?」

「ええはい。なにか不安なことがあるのですか?」

「い、いえめっそうもありません! ありがたく頂きます! 兵士たち、解体を始めてください!」


 女王陛下はごまかすように笑みを浮かべると、


「ところでなにか欲しいものはありますか? あるいは不足しているものや」

「特にはないですね」


 住む場所は屋敷があるし、掃除などはレティシアちゃんがしてくれている。食べ物は不足しているがそれは町全体の話だからどうしようもない。


 欲しいものに関してはそもそも、今の町の状態で言っても仕方ないだろうし。


「そ、そうですか……ではワイバーンをうちの料理人に美味しく料理させますので、好きなだけお食べください!」

「いやいや。そんなことしたら他の人の分け前が減りますよ」


 ただでさえ魚を多めにもらっている身だ。これでワイバーンを好きなだけ食べたら、どう考えても町の人たちに顔向けできない。


 もう他人に顔向けできないことはしたくない。俺は他人の役に立つのだ。


「それより町で不足しているものはありませんか?」

「え、えっと。塩が不足気味ですが……」


 女王陛下が申し訳なさそうに返してくる。


 塩か。ここは港町だし海があるから問題ないように思えるが、アリもどきたちのせいでうまく採れないのだろうか。


「海水から塩を作る設備などはないのですか?」

「ありません。基本的には内陸地から岩塩を採ってきていたので。海から塩を作るというのは、すごく手間ですし」


 塩は海から取るものと思っていたが違うようだ。


 だが今まで意識していなかったが、海から以外も塩を取る手段はそりゃあるか。


 だって地球でも海に面してない国はあるが、塩なしで生きているとは思えないし。


「わかりました。なんとかできないか考えてみます」

「あ、ありがとうございます。その、余たちになにかできることがあれば、いつでも言ってください!」


 そう言い残すと女王陛下は頭を下げて去っていく。


 もしなにかお願いしたいことができたら、甘えさせてもらうかもしれない。


 それよりも今は塩だ。岩塩は場所が分からないし、港町なので海水から作るべきだろう。


 問題は塩をどうやって作るかあまり分かっていないことだが。海水を蒸発させて塩ができるのは知っているが、どんな仕組みで量産するかなどは全く分からない。

 

 小学校の時だったかな、アルコールランプで海水を熱して塩を作った記憶はある。


 逆に言うとそれくらいしか知識がないのだが、とりあえず海水を蒸発させればいいのだけは分かる。


 ただ装備を作る魔法でもアルコールランプは無理だ。大きなバケツなら作れるが、それを燃やすための木が手に入らない。


 近くの森の木は小さすぎるし、そもそも生木ってあまり燃えないはずだ。


「スズキ! 難しい顔してどうしたの? ワイバーンが食べられるのに!」

「いかがされましたか?」


 少し考え込んでいると、エリサとレティシアちゃんが近寄ってきた。


 そういえばエリサは魔法で火を出して、アリもどきを燃やしていたな。


「なあエリサ。前に魔法で炎を出してたけど、あれって俺も覚えられるかな? 火をつくって海水を蒸発させたいんだけど」

「あの魔法はそれなりに難しいわよ。炎を出したいだけなら、もう少し簡単なやつがあるわ。火の玉のサイズやスピードは落ちちゃうけど」


 海水を蒸発させるだけなら、火の玉のスピードは関係ないはずだ。


 サイズも何発か打ち込めば補うことができるだろう。


「問題ない。教えてくれないか?」

「いいわよ。でもワイバーンのお肉食べた後よ! これだけは絶対に譲れないわ! 私はこのために生きてきたと思い始めたところなの! 絶対にダメ!」


 エリサが血走った目で睨んでくる。


 今までで最も迫力があるというか、鬼気迫るとはこういうことを言うのだろうか。


「わかってるよ。俺も食べてみたいしな」


 そうして広場でワイバーン解体が始まって、解体された肉が料理人によって調理され始めた。


 包丁で切ったりフライパンで焼いたり、鍋で煮たりと色々している。


 火に関しては地面に描かれた魔法陣が、発熱の役割を果たしているようだ。最近の電気コンロみたいな感じがすごい。


「料理人、格好いいなぁ……」


 エリサはうっとりした目でコックたちを見ている。


「エリサは料理得意なのか?」

「全然できないわ。ロクに食材も手に入らないし」


 ……この世界だと料理の練習すら難しいのか。


 実際、失敗して食材を無駄になんてできないだろうしな。本当に厳しい世界だ。


 もっと食料状況をよくすれば、いつかエリサが料理の練習をできるようになるのだろうか。そうなればいいな。


 そんなことを考えていると、ワイバーンの肉が焼きあがったようでいい匂いがしてくる。すきっ腹にはすごくこたえる。


 すでに広場は武装した兵士たちによる厳戒態勢が取られていた。民衆の暴走などを防ぐためだろう。


 一日三食頂いている俺ですらこの匂いは暴力的だ。食事が足りてない民衆では暴動が起きてもおかしくない。


「二列に並ぶように! 受け取った者は右手に魔法印をつけるから、不正の二度並びは無理だぞ!」


 兵士たちがそう叫ぶと同時に、人々が一斉に並び始めた。


「し、しまった!? 出遅れたわ!? 早く行きましょ!?」


 エリサに手を引っ張られて俺も列の後ろに向かおうとすると、女王陛下が走ってやってきた。


「巨人様、お待ちください。貴方とエリサとレティシアは、別に用意しておりますので。どうぞこちらへ」


 女王陛下は俺の耳元で小さくささやく。


 ……いいのかなぁ。すでに列は数百人以上並んでいて、遊園地なら二時間待ちとか表示されてそうだ。


「あの、いいんですか? そんな特別待遇みたいな」

「むしろ特別待遇でないと困るのです。もし巨人様が並んでいる時になにかあったら、それこそ困ってしまいます。どうか助けると思ってこちらへ」


 そう言われると断りづらく、女王陛下に大人しく案内されることにした。


 広場のすぐ近くの屋敷に連れていかれて、食堂らしき部屋に入ると、テーブルには肉の盛られた皿がいくつもあった。


 焼肉のように小さく切り分けられていたり、ステーキみたいに分厚いのもある。他には肉のスープらしきものも。


 量もかなり多くて明らかに三人分ではない。


「す、すごい! これ全部食べていいんですか!?」


 エリサはすでに焼けた肉をロックオンしている。


「もちろんです。足りなければまだまだ焼きますので、冷めないうちにどうぞ」


 対して女王陛下はニッコリと笑うと、エリサは即座に椅子に座って食べ始めた。


「美味しい! 焼いたお肉ってこんな味なのね! 本当に柔らかいのね!」


 すごく楽しそうに食べていて何よりです。


 俺も席につくが、それと共に二皿ほど他の皿から遠ざけると。


「残すともったいないのでこの二皿は不要です。他の人に差し上げてください。女王陛下もいかがですか?」


 さっきの女王陛下の言動から考えるに、俺に多めの食べきれない量の肉を用意したのだろう。


 でもそこまで特別待遇されるのはキツイ。他の人たちのことを考えると肉が美味しくない。


 それにどうせ残すなら最初から他の人にあげるべきだろう。食料に余裕がない状況なのだから大切にしないと。


 だが女王陛下は困った顔をした後に。


「わ、私は胃痛が……申し訳ありません」

「ああ、いえ。こちらこそ申し訳ありません。では他の人に差し上げてください」

「わかりました」


 これで憂いはなくあったのでワイバーンの肉を食べてみる。


 ……なんというか鳥の胸肉みたいな感じ? 美味しくないわけじゃないけど、普通というかなんというか。


 スーパーで売ってる百グラムいくらの肉にしか思えない。美味しくないわけじゃないけど期待外れというのが本音だった。


 ドラゴンの肉なら舌がとろけるほど美味いのだろうとか、期待感が高すぎたのも問題だろう。


 せっかく作ってもらった料理なので、本音は口が裂けても言えない。


「美味しい美味しい!」

「……」


 でもエリサもレティシアちゃんもすごく夢中で食べているのだ。


 その表情はすごく幸せそうで、見ているこちらも幸せになってくる。


 ……こういうのもいいな。気が付くと俺も笑っていた。


 ただエリサもレティシアちゃんも、おかわりはしなかった。やっぱり町の食料事情を考えれば遠慮してしまうのだろう。


 育ち盛りの女の子たちだし、好きなだけ食べさせてやりたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る