第2話 虫を屠る
わけがわからない。
俺は街の中にいたはずなのに、あたりを見渡せば大自然の中にいる。
階段でこけたところまでは覚えているのだが……気が付くと謎の場所だ。しかも昼だったはずなのに、太陽が低くて朝日みたいに見える。
ふと自分の足元あたりと見ていると、うじゃうじゃと小さな虫が……!?
「うわキモッ!?」
逃げるように勢いよく立ち上がる。
な、なんだこの虫……サイズ的にはアマガエルくらいだが、見た目はアリっぽいような。
急いで虫のいる地面から離れて、なるべく落ち着こうと周囲を確認すると。
「……? なんで土山に草が生えてるんだ? いやあれもしかして山か? 生えてるの草じゃなくて、小さな木?」
意味不明な景色だった。俺の身長より少し高い程度の山や、雑草のように小さいくせに木にしか見えない植物。
それに雲もかなり低いように思えるし、山がいくつかある先には巨大な湖も見えた。
「な、なんだよこれ。まるでミニチュアの世界じゃないか」
以前に人形の街などのジオラマを見たことがあるが、その時の景色にそっくりなのだ。
しかもご丁寧にすぐそばに人の街のジオラマもあるし……ん? なんかよく見たら、街に飾ってある小さな人形が動いてないか?
気のせいかと思って目をこすって確認するが、やはり人形たちはそれぞれが叫んだり走ったりしている。
それにとても人形とは思えない作りだ。肌なんて完全に人のものとしか思えない。
そう、まるで小人のような……。
『助けなさい! 巨人!』
そんなことを考えていると急に声がする。
しかも耳に聞こえてきたというよりは、頭の中に響いたような感じだ。
なぜか俺はその言葉を発した者の方角が分かった。
ミニチュア城塞都市の壁の上にいる、小さな少女が俺を呼んだのだと。
しかしこの壁もまた低いな。俺の脛くらいまでの高さしかないぞ。
視線を向けるとその少女は、アリのような虫に襲われているところだった。
『なんで言うこと聞かないの!? 隷属の魔法が効いてない!? 私が貴方を召喚したの! 早く助けて!』
少女は杖をブンブンと振り回して、周囲のアリ? に近づかれないように抵抗している。
状況はまったくわからない。だがアリに襲われる小人というのはビジュアルもよくない。
それに……助けてと言われたら答えたい。
俺は少女の近くにいたアリたちを、指一本で小さな城壁から払いのける。
すると少女は両手を地につけた後に。
『よ、よくやったわ……まったく黒獄虫め……』
すごく息を切らせた声が脳内に伝わってくる。だが少女はすぐに立ち上がると、
『街に入った黒獄虫を追い出して!』
すぐさま次のお願いをしてきた。
街を上から覗き込むと、何匹かの少し大きいアリみたいなのが街の小人たちを襲っている。
…………街を囲むように壁がある。さっきみたいに指ではらって追い出すのは無理そうだ。
あまり大きなアリなんて触りたくないが。
『お願い! みんな死んじゃう!』
脳内に響く声があまりに必死で、俺は思わず手を動かしていた。
小さな街に入り込んだアリを右手でつまんでは投げ、つまんでは投げ。街の外へとポイポイしていく。
ついでに穴の開いていた城門を左手で覆い隠して、アリが侵入してくるのを防いだ。
追い出しても追加で入ってこられたらキリがないしな。
『す、すごい……あ、あははははは! あの悪夢の黒獄虫たちが、まるで雑魚みたいに投げ飛ばされてる!』
俺の動きにご満悦なのか、脳内に響く声が喜んでいる。
まだ状況は飲み込めてないが感謝されているのは分かるので、俺としてもうれしいところはある。
そんなことを考えていると、街を包囲していたアリたちが四方八方と散らばって逃げ始めた。
『巨人! 黒獄虫たちを逃がさないで! 潰して!』
「え、なんで……?」
『いいから早く!』
よくわからないが相変わらずすごく真剣な声なので、とりあえず従っておくことにする。
俺は立ち上がると、逃げる虫たちに向けて走り出した。
虫たちは小さいので移動スピードが遅く、簡単に追いついて踏みつぶしていく。靴を履いているのであまり感触がないのが幸いだった。
そして結構な数をつぶしたところで、もう虫たちはいなくなってしまった。
おそらく大半は逃げただろうな。
『よ、よくやったわ! 巨人! わ、私が召喚しただけのことはあるわね!』
そして声の発信源である少女は、小さな城壁の上から俺に身体を向けていた。
「……召喚? どういうことだ? ここはいったい。それになんでこんなに全部小さいんだ?」
疑問を全部口に出してしまう。本当に状況が飲み込めないのだから仕方ない。
『私が貴方をここに呼んだの! それに全部小さいんじゃないわ! 貴方が大きいのよ!』
少女は俺の疑問に対して、明後日の方向の答えを返してくる。
全部小さいんじゃなくて俺が大きい? そんな馬鹿な……。
いやでもさっきから全てがおかしい。ミニチュアのような世界に、小人に謎の虫たち。
土を積んだ程度の大きさとしか思えない山。そこらに生えた雑草みたいな小ささなのに、しっかりと幹や枝もある木。
むしろここでは俺だけが異物のように見えた。そう、まるで……小人の世界に巨人が紛れ込んでしまったような。
そして彼女だけではない。よく耳を澄ますと小さな街から声が聞こえてくる。
「きょ、巨人だ……! 助けてくれたのか!?」
「お、おおおおお……! 生きてる、俺生きてる!」
「か、神じゃ! 巨神様じゃ……!」
街からする声の中には、俺に心から感謝してくれているものもある。
俺にはそれがものすごく嬉しかった。
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