第3話 小人の世界
『ねえ貴方! 私が召喚したんだから、私の言うことを聞きなさい!』
城壁の上に立つ小人の少女は、すごく強気にそんなことを告げてくる。
ものすごいサイズ差なのだが俺のことが怖くないのだろうか? 俺が少女の立場なら間違いなく恐怖を抱くだろう。
「まだなにかして欲しいことがあるのか?」
『いくらでもあるわよ! あの虫たちや巨獣を皆殺しにしてほしいの! 一匹残らず! 全部殺して!』
物騒な言葉を叫んでくる少女。
よく目を凝らすと結構可愛い容姿をしている。身体こそ少し不健康そうな細身だが、金髪を短めに切りそろえた美少女。
もし身体の大きさが同じなら目を奪われていただろうか。
『ちょっと聞いてるの!?』
「聞いてるよ。しかし皆殺しにしてくれと言われても……というかその前に、俺を召喚したというのを教えて欲しいんだ」
頼まれごとなら聞いてあげたいとは思う。かなり困っているみたいだしな。
ただその前に現状が知りたい。今の俺の状況がまったくわからないのだ。
こんな地に足がついてない状態では、助けを求められても応える余裕がない。
『教えてと言われても、もう全部伝えたわよ。私が召喚魔法を使ったら貴方が出てきた。それだけなのよ』
少女は特に嘘を言っているようには思えない。
なにかを隠しているわけではなく、純粋に説明に困ってる様子だ。そうなると俺のほうで質問を考えた方がよさそうだ。えっと。
「ここはどこだ?」
『ベリアルデ王国の王都よ』
……聞いたことのない国だ。俺は全ての国を憶えているかは怪しいが、そんな名前の国家は知らない。
小人たちの国という現実離れした風景も考えると、ここはまるでおとぎ話の世界のようだ。
もしかしてここは地球じゃない?
「えっと。この星は地球じゃないの?」
『地球? なにそれ? 私たちの住んでる星は、ファンタジアって呼ばれてるよ』
……マジかよ。
本当に俺はおとぎ話の世界にでも入ってしまったようだ。
夢かと思ってほほをつねると普通に痛い。そもそもさっき尻もちついた時も、痛みはあったしな。
『そんなことよりあの虫たちを殺して欲しいのよ! ほら見てよ、そこらにまだ隠れてる!』
小人の少女が指さした方角を見たがよくわからない。
「どこ?」
『あそこの大樹の陰とか!』
その大樹というのは十センチほどの高さの雑草のことだろうか。
数歩ほど歩いて顔を近づけてみると、確かにさっきのアリの一匹がいた。
『早く潰して!』
「わかったよ」
俺は足のつま先で少し大きなアリをプチッとつぶした。
というかアリはその辺に何匹もいるな。注意深く見ないと全然気づけないレベルだが。
『ふ、ふふふ……! ざまぁ見なさい黒獄虫! お前たちなんて私の召喚獣が全部潰してやるわ! 絶対許さない!』
そして俺が虫を潰したのを見て大興奮する小人の少女。
なんか目が血走ってる気がするというか、わりと精神的に大丈夫か心配になってしまう。
『私はエリサよ! 貴方の名前は?』
「俺は鈴木だ」
『スズキね! わかったわ!』
よく考えたら下の名も言うべきだったか? いやいいか。
そんなことを考えていると、城塞の上にいるエリサに対して複数の小人が近づいてくる。
五人くらいの武装した兵士たちと、豪華なドレス姿のお姫様らしき少女。頭にティアラをつけているが、そんな飾りつけに負けないくらい綺麗な容姿をしている。
緑髪を腰まで伸ばしていて、服装も相まって気品がありそうだ。
そんなお姫様はエリサのそばまで駆け寄ると、なにやら話しているように見える。
見えるというのは声が小さすぎて聞こえないからだ。明らかに口論になっている様子なのだが……。
どうやらエリサの声に関しても、俺に語り掛けてくれないと頭に響かないようだ。
そして彼女らはしばらく口論した後に、エリサがこちらの方を向いた。
『そういうわけだけど聞いてたわよね?』
「いや声が小さすぎて、まったく聞こえなかったが……」
『そんなに大きな耳を持ってるのに? 聞く力は大したことないのね』
そりゃ力はともかくとして、耳の大きさは特に聴力に関係ないだろうよ。
大声で叫んでるならともかく、普通に会話されても聞こえなかったよ。
『説明するわね。この人はこのベリアルデ王国の女王陛下よ。貴方に対してお礼が言いたいらしいけど、聞こえないみたいだから私が代わりに言うわね』
エリサはそう告げると少し息を吸って、
『貴殿の活躍により、この街はひとまず救われました! 多くの人民の命を救ってくれたこと、民を代表して礼を言わせてください! ありがとうございます!』
俺はその言葉を聞いて、思わず小人の街を眺めた。
街にいる大勢の小人たちはみんな俺を見ている。俺を怖がっている者もいれば、手を振ってくる子供もいた。
だがひとつだけ言えるのは、誰も俺を嫌がっているように見えないことだ。
会社で働いていた時は散々だった。要らないモノを誰かに売りつける関係上、当然だが誰もが俺を嫌な目で見てきたのだから。
そして俺はこの小人たちを、あの虫たちから救ったことになるのだろう。
特にすごいことをしたわけではないが、そう思うと少しはいいことができた気がして嬉しかった。
「気にしないでください。大したことはしていていません」
相手は小人とは言えども女王陛下だ。敬語を使うことにしよう。
本当に大したことはしていない。ただ小さな虫をいっぱい踏みつぶしただけである。
『いや貴殿は大したことをしています。貴殿がいなければこの街は陥落し、余たちは間違いなく全員殺されていました。感謝の意に耐えません』
確かにあの虫たちは小人たちからすれば脅威なのだろう。
俺からすれば簡単に潰せる虫だが、小人の彼女らからすれば自分とあまり変わらないサイズの化け物だ。
自分と同じ大きさの虫とか想像するだけで背筋が凍る。
『ついては貴殿を余の王城に招待したい』
いや無理だろ、と素で突っ込みそうになったが飲みこむ。
街の中に王城はあるが、当然ながらものすごく小さい。たぶん高さ四十センチくらいなので……。
「えっと。私はどう考えても、王城に入らないかと……」
『王家の秘宝、縮小のリングを渡します。本来は王族が隠れて逃げる時に使うものですが……これをつけて念じれば小さくなるはずです。またすぐに大きく戻れるので心配はありません』
女王陛下は俺のほうへ手を差し出した。目を凝らしてみると彼女はBB弾のように小さな腕輪を持っている。
ただ受け取れない。女王陛下の腕が小さすぎて、迂闊にリングをつまむと彼女の腕もへし折ってしまいそうだ。
すると女王陛下は足元にリングを置いて下がってくれた。どうやら俺の困りを察してくれたようだ。
そのリングを指で触り、言われたとおりに小さくなりたいと念じる。
するとどんどん視線が下がっていき、周囲の景色が巨大になっていく。いや違う、俺が小さくなっているのだ。
そして気が付くと俺は城壁の上に立っていた。人間サイズの小人たちが、俺を見て目を丸くしている。
……まじか。俺も小人みたいに小さくなってるのか。
さっきまで見上げていたミニチュア城壁に立っているのは、なんとも違和感がすごい。こんな状況でもなければ夢があるのだけれども。
「すごいわね……あの巨人が私たちと同じ大きさになるなんて」
エリサが俺へと近づいてくる。
先ほどまで人形のように小さかった少女が、いまは俺と同じ大きさだ。
それがなんとなくすごく違和感があって、今が一番異世界に来た感覚があった。
そんなことを考えていると、女王陛下が少し離れたところで口を開いた。
「では余の城へどうぞ。お願いしたいこともございます」
……敬語と余の一人称はミスマッチと思うのだが、ツッコんだらダメなんだろうなぁ。
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