第4話 絶望的状況
俺は街を通って、王城の中へと案内された。
さっきまで見下ろしていた街を歩くのは、少し新鮮な感覚だった。
そして俺は王城の食堂へと案内されて、言われるままに席につく。
エリサもついてきて俺の横の席に座る。
王城だけあって凄く豪華な作りの部屋だ。柱にカーテンに机に椅子、どれをとっても細かく細工がしていて高価なものだろうと分かる。
「巨人様。つまらぬものですがどうかお食べください」
女王はすごくペコペコ頭を下げてくる。
それにさっきから彼女は、たまに腹部を手で押さえている。
あれたぶん胃痛じゃないだろうか。ストレスやばかったときの俺と同じ動きだし。
……ただテーブルに置かれた皿に盛られた料理は、部屋の豪華さと反比例するように貧しいものだった。
具の入っていない薄そうなスープと、すごく硬そうな干し肉一切れだ。
盛り付けられた皿が豪華なのが余計に悲哀を与えてくる。
ちなみにエリサや女王には皿は出されていない……えっと、俺なにか嫌がられることしてないよな?
気がつかない内にまた小人たちを不快にさせたとか……。
「す、凄い……! 干し肉なんて初めて見た……!」
エリサは目を輝かせて、俺の前に置かれた干し肉をロックオンしている。
ものすごく羨ましそうでとても演技とは思えない。
しかも彼女のお腹がギュルギュルとなり始めた。
流石に腹の虫まで嘘はつけないから、どうやら俺への嫌がらせではないらしい。よかった……。
……いやよくないな。仮にも王族が客に出す料理がこれと考えると、相当酷い食料難なのでは?
よく見たら目の前の女王も頬がこけているし。
「……すみません、女王陛下。この干し肉は彼女に……エリサにあげてもいいですか?」
「!? 本当!? こんなご馳走食べていいの!?」
「構いません。それは貴方に差し上げたものですので、誰にあげてもご自由に」
「いただきます!」
エリサは素早く俺の皿を取ると、干し肉をむさぼり始めた。
「美味しい! お肉を食べたの初めて!」
よく見れば目に涙を浮かべている。ここまで喜んでもらえたなら、あげたかいがあったというものだ。
「女王陛下。私はこの世界のことをあまり知りません。あの虫はなんなのですか?」
せっかくなので聞きたいことを尋ねると、女王陛下は少し考え込んだ後に。
「あの虫たちは黒獄虫です。十年前にブラクア帝国という世界最東の国が、全世界に宣戦布告しました」
「ぜ、全世界に? そんなの勝てるとは思えませんが」
「あの時は大半の国がそう笑っていたようです。ですがブラクア帝国はどこからともなく百万を超える黒獄虫や巨獣を用意しました。その戦力で全ての国を支配するつもりだったのでしょう」
「なんとも恐ろしい話ですね……」
「いえ、ここまでならよかったのです。問題はこの後です」
ここまでがよかった? そんなわけないと思うのだが、女王陛下は少し視線を落とした後。
「一番の問題はそのブラクア帝国も、黒獄虫に滅ぼされたことです」
「えっ」
「制御を失った黒獄虫たちは、世界中に広がって人々を巣に持ち帰って殺し続けます。これが国の侵略ならば土地に民が必要ですが、彼ら黒獄虫や巨獣には不要です。人々は蹂躙され続けました。我が国もこの王都を残すだけ……」
「あの虫、すごく強いの。一匹倒すのに普通の兵士なら五人は欲しいって」
女王の言葉にエリサが付け加える。
……確かにあのアリたちはものすごく多かったし、小人とそんなに変わらない大きさだった。
虫は大きさの割には力が強いと言うし、同じ大きさならば人間より強くてもおかしくない。
そんなアリが増え続けていけば、この世界は奴らに支配されてしまうのかも。
「巨人様、どうかお願いがございます」
女王は俺にさらに頭を下げてきた。もうテーブルに額がぶつかりそうだ。
なんとなくこの展開は予想していた。巨人である俺に、この街を助けて欲しいと言ってくるのだろう。
世界の状況はなんとなく掴めた。ここで俺が見捨てたらこの街は終わりだ。小人サイズになったことで、もうエリサたちを同じ人間としか思えなくなった。
虫に襲われる人たちを見捨てるのは忍びない。
「街を助けろというなら任せてください」
虫たちは小人からすれば強力だろうが、俺ならば足蹴にできる。だが女王は小さく首を横に振った。
「違います。どうか余たちを一息に踏み潰して欲しいのです」
「……は?」
あまりに予想外の言葉に、思わず声が漏れてしまった。
踏み潰す!? なんで!? そんなのしたら死ぬんじゃないのか!?
「女王様!? なにを言ってるの!?」
エリサも机をバンと叩いて叫ぶが、女王様は悲しい顔をしたままだ。
「エリサ。貴女が食べているのは、この街のおそらく最後の食料です」
「えっ」
「もう食べ物がありません。巨人様は虫は追い払えても、街の食べ物までは用意出来ないでしょう」
女王様は誤魔化すように笑うと、
「その干し肉、実は余の最後の晩餐予定でした。食欲がなくて食べていなかったので、巨人様にお出しできましたが」
……まじか。出された料理が俺だけなのはそういうわけだったのか。
「外に食べ物を探しに行けないのですか? 俺も手伝いますよ」
「大量の黒獄虫たちが周囲の食べ物を食い荒らし、もはやなにも残ってはいません」
大量の虫とはあの少し大きなアリのことだろう。
確かにあいつらがアリならば、食べ物はあらかた回収されてそうだ。
そうなるとあまり提案したくはないが、
「え、えっとアリ、じゃなかった。黒獄虫を食べるとかは」
俺が潰した虫たちの死体が、街の周りにいっぱいいるはずだ。
虫を食べるなんてキツいだろうが背に腹はかえられない。
だが女王は首を横に振った。
「毒があります」
……そうだよな。俺がすぐに思いつく程度のことなんて、当たり前に試してるよな。
「貴方がこの街を助けてくれたのは幸いでした。おかげで死に方が選べます。本当にありがとうございます」
女王は俺にまた頭を下げる。
「い、嫌よ! 私は死にたくない!」
「エリサ。貴女と巨人様だけなら生き残る術もあるでしょう。その腕輪があれば、食べる量も少なくて済むはずです」
女王は俺が腕につけているリンクに視線を向ける。
どうやらこの腕輪を渡したのは、俺とエリサのことを考えてらしい。
小さくなって食事すれば巨人に戻っても大丈夫というのは、たぶん体内に栄養を取り込んだら自分の身体になるとかではなかろうか。
しかし自分たちは死ぬ覚悟をして、それでも他の人のことを考えるなんて凄い。
……俺は自分のために、人に嫌がられることをしてきたのにな。しかも命がかかってたわけでもないのに。
身体の大きさなんて関係なく、人間としての器の差を見せつけられるようだ。
確かに巨人でも周囲に食料がないのに、この街の多くの小人の食べ物の用意は無理……いや違う。俺が考えるべきことは、そんなことじゃないだろう。
俺は胸張って生きられる人間になると誓ったんだ。
ここで彼女らを見捨てたらまた同じじゃないか。
「待ってください。少し時間をもらえませんか?」
「時間、ですか?」
「俺は巨人です。貴女たちには出来ない解決策があるかもしれません」
さっき、俺は木に隠れた虫たちが見えなかった。
それは視線の高さの差だ。彼らに見える物が、俺には目をこらさねば見えない。
だが逆に小人にしか見えないものがあるように、巨人にしか見えないこともあるはずだ。
女王は俺の言葉に僅かに希望の色を覗かせたが、それはすぐに消えてまた暗い顔になった。
「……ですが、周囲には食べ物はありませ」
「た、大変です! また虫たちが攻めてきました!」
そんな俺たちの話を遮るように、食堂に兵士が飛び込んできた。
「俺が虫を追い払います。話はその後に」
椅子から立ち上がった俺に対して、女王はまた悲しそうに微笑むと。
「……もう疲れたのです。この国に希望なんて残ってないのです。生きていてもいいことなんてありませんから」
俺は何も言えずに部屋から出て行った。
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