第21話 黒獄虫の軍勢、そして


 俺は女王との話を中断して急いで外へ出た。


 敵襲の鐘が町中に響いている。しかも普段よりもはるかに激しく、明らかに緊急事態を示していた。


「くそっ! アリどもめ、また攻めてきたのかよ!」

『スズキ! 迎えに行くから動かないで!』


 急いで町の外へ向かおうとすると、頭の中にエリサの声が響いた。


「エリサか! レティシアちゃんは大丈夫なのか!」

「大丈夫じゃないけど大丈夫だって!」


 上から声がしたので見上げると、エリサが浮いていた。


 そしてその後ろにいたのは……土気色の顔をしたレティシアちゃん。


「レティシアちゃん!? 休んでいた方が……」

「いえ……こんな私でも、一応は魔法使いです。なにかお役に立てればと……」

「スズキ! それよりまずは飛ぶわよ! 黒獄虫が大量にいるの! それに巨獣まで!」


 エリサはかなり焦った様子だ。


 大量の黒獄虫だけでも厄介だが、巨獣がいるなら一刻の猶予もない。この町に突っ込まれたら終わりだ。


 だがあいつは一匹しかいないからなんとかなるはずだ。


「わかった! 頼む!」

「よし来た! むぐぐ……!」

 

 エリサはすぐそばまで降りてきて、俺の両脇を掴んでまた上空へと浮き上がる。


 そして城壁よりも高く飛んで、外の様子が一望できたのだが……。


「ま、まじかよ……気持ち悪っ!?」


 外は黒獄虫の海だった。海のように見えるのは、俺が小さくなっているのもあるだろう。


 だが以前に王都を包囲していたのすら、比べ物にならないほどの数だ。


 しかも北の方角には以前に見たのと違う巨獣がいる。奴は遠巻きにこちらの様子を眺めていた。


 ……巨獣は何種類かいるようだ。マジかよ。


「ついたわよ落とすわね!」


 城壁の外に出た瞬間、エリサが俺から手を離した。


 それと同時に身体が戻るように念じて、俺はどんどん大きくなっていく。


 そして元の身長に戻ると同時に着地して、地面というかアリの群れに着地した。


 き、気持ち悪いがそんなこと言ってる余裕はない! 足ふみしながら急いで周囲の状況を改めて確認する。


 大きくなったことで視線が上がり、アリたちの軍の全貌が見えた。海というほどではない、だが相当多い。


「……海とまではいかないが、一部屋の絨毯くらいはあるか。クソッ、アリだけならまだなんとかなるが……」


 こいつら全部踏みつぶすのは骨が折れそうだが、面倒というだけで済む。


 堀があるからそうそう町に入られる心配もないし、町をずっとグルリと回るように走っていれば問題ないだろう。


 問題は少し遠くにいる犬だ。巨人化して気づいたことがある、それは……。


「なんで二匹いるんだよ……? しかもよく見たら小型犬じゃないぞ!」


 黒の毛をした中型のような犬の裏に隠れるように、少し小さなこれまた小型犬がいた。両方とも前に王都にいたのとは別種だ。


 これでこの世界に犬が三匹いるのが確定してしまったようだ。そうそう召喚できないとはなんだったのか。


 そんな犬たちは俺のことを睨んで吠えている。だがひとまずは近づいてくる様子はなさそうだ。


 足を動かしてアリを踏みつぶしながら町の様子を確認すると、小人たちは明らかに怯えている様子だった。


 当然か。巨人の俺ですらドン引きするような数のアリの軍勢に、さらには城壁よりも大きな犬が近くにいるのだから。


 アリたちは俺の作った堀に突っ込んでいき、その身体でギッシリと堀を埋めてしまっている……うへぇ、マジキツイ気持ち悪い。


 城壁の上に立っている兵士たちは、城壁の側まで寄ってきたアリを見て明らかに怯えていた。


 …………無理もない。俺が彼らの立場なら同じようになるだろう。


『スズキ! どうするの!? 黒獄虫たちが城壁を登り始めたわよ!? 兵士たちも怯えててあまり動けてないし……!』


 エリサの声が頭に響く。


 彼女の言う通り、兵士たちの動きがかなり悪い。アリたちに怯えて焦っているのか、矢を放ったり岩を落としているのだが当たっていない様子だ。


 そしてみんな頻繁に俺の方を見てくる。いや違う、彼らの視線の先は俺ではない。


 俺の顔の横で飛んでいるレティシアちゃんだ。


 ――あの人がいつも先頭で戦ってくれていたから、みんな臆さなかったのよ!


 エリサの言葉が頭によぎる。あの発言が正しいのならば、兵士たちがレティシアちゃんに望んでいるのは……。


 そんなことを考えていると、レティシアちゃんが城壁の方へと降りていこうとする。


 だが明らかにふらついていて、力を失ったように落ちかける。俺は急いでレティシアちゃんの真下に手のひらを置くと、力なく落ちてしまった。


『れ、レティシア様!? ま、まさか戦うつもりですか!? そんな状態じゃ無理ですよ!?』

「でも、私が前に立たないと、みんな戦ってくれないから……!」


 必死に叫んで立ち上がろうとするレティシアちゃん。


 本当に酷い話だ。こんな有様になったのは誰が悪いのか。


 レティシアちゃんに重責を背負わせる国か? 希望の象徴がないと怯えてロクに戦えない兵士たちか? 


 違う、悪いのはこの気持ち悪い黒獄虫どもだ。


「ふぅ……よし決めたぞ」


 ……俺は町の人を助けたいと思った。自分が誰かを助けるためじゃなくて、この地獄のような世界で生きているエリサやラティシアちゃんを。


 それに女王陛下に小人たちに……心の底から彼ら彼女らの力になりたい。


 十年だろうが二十年だろうが構わない。彼らをこんな地獄みたいなところに放ってはおけない。


 ならやるべきことは決まっている。


 俺がレティシアちゃんの代わりに、彼らの希望的象徴になることだ。そのためには……!


「メーユの皆! 聞いて、いや聞くがいい! 《我》はずっとこの町を守っていく!」


 少しでも偉そうに聞こえるように叫ぶ。彼らの希望的象徴になるには、ずっと守ると明言することだ。


 もうレティシアちゃんが精神的支柱なんかにされる必要はない! 俺がいるんだから!


「きょ、巨人様!? それではお貴方が……!?」


 レティシアちゃんが驚いた顔で見てくるので、ニッコリと笑って返す。


 町の様子を見下すと、小人たちは俺の言葉に困惑しているようだ。


 当然だろうな。この発言だけで信じてもらえるとは思っていない。


 少し考えていた、俺が彼らを守ることに具体的な利益があるかどうかを。


 結論から言うとそんなものはない。俺が彼らを守るのは、俺が守りたいからだ。


 それはこの町の人たちからすれば、俺の心次第で簡単に変わってしまう儚げなこと。


 だが俺は小人たちが、それならずっと守ってくれると納得する理由を告げなければならない。


 町の広場に目を移すと女王陛下がいた。ならさっき返せなかった問いにも答えよう。


「我はこの町を決して見捨てぬ! それは我が……神だからだ! 我はお前たちを守るために舞い降りた巨神である! 汝らが生き残りたいと祈り、そして立ち上がるのならば! ずっと守ってやろう!」


 人間だから心変わりするし、利益がなければ守ってくれないのだ。なら俺が普通の人間でなければいい。


 巨神であればずっと守ることに説得力が生まれて、信じさせることができるはずだ! 


 だが言葉だけではダメだ! 示すべきは力だ、だから!


「見ていろ! この汚らわしいゴミムシ共を、我が力ですぐに一掃してみせよう!」


 俺は魔法でとあるものを作成するのだった。

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