第22話 整える
『スズキ!? なによそれ!?』
俺が魔法で作った得物を見て、エリサの驚きの声が聞こえてくる。
だが彼女の驚きも仕方ないだろう。なにせこれは剣でもなければ槍でもなく、メイスでもなければ盾でもない。
なんならそもそも武器でも防具でもなく、戦うための代物ではないのだから。
円柱の車輪、そしてそれを押すために取り付けられた鉄の棒たち。運動部のお供にして、主にグラウンド整備などで使われる巨大なローラー……!
――整地ローラーだ!
「見よ! これこそが神の車輪だ!」
俺はさっそく整地ローラーの持ち手を掴んで、ゆっくりと押し始める。
あ、ヤバい。これ思ったより重い!? なんとか必死に押し出すと、ローラーがゆっくりと回転し始める。
巨大な車輪が回転するごとに、進行上の地面にいるアリたちは無残に潰され始めた。
そして勢いづいたローラーはどんどん前に進んでいき、アリの海を地面へと戻していく。
……虫潰しまくってるけど回転してくれるんだな。途中で詰まるかと思ってたが、魔法とかなんかあるのだろうか。
『す、スズキ……そんなすごいの隠し持ってたの!?』
エリサに返事をしたいが、そうすると町の人たちにも聞こえかねないので黙る。
隠し持っていたわけではなく、今まで思いつかなかっただけだ。
だって仕方ないだろう! 普通は戦うと言えば武器や防具なわけで、俺もそっちの方ばかり考えてたよ!
アリを効率よく殺せる武器とか色々思案したが、結局のところ大量の小さい虫相手に武器なんて使わないからな……。
使うとしたら殺虫剤とかそういう系統なのだが、俺はそういった仕組みのよくわからないものは出せない。
なのでかなり悩んだ。大量のアリを殺すためにはどうするかを。
鞭とかシャベルとかも考えたがどれもしっくりこなかった。いっそバケツで海の水をすくって、流したほうがいいのではとまで思ったくらいだ。
それで悩みに悩んで自転車でも出せたら、タイヤでプチプチ潰せるのにと考えた。
そこで閃いたのだ、そういえば巨大なタイヤを機械なしで動かす道具があったなと。
「くたば……我が裁きにて消え失せるがいい! 邪悪なる虫どもよ!」
俺は整地ローラーがアリの海から抜け出したので一度消して、方向を変えて再び出現させる。
そしてまたローラーを必死に押してアリの海に突撃させた。
これ本当に重いな!? 引いた方が楽なんじゃないの!?
それと俺のこの必死の姿って、小人たちにはどう見えているんだろうか。
神様っぽく演じているのは無理がある気も……ええい、そんなこと言ってる場合じゃないか!
俺はさらにローラーを押し続け、アリの海を死海へと変えていく。
ただメーユ町の近くのアリは殺せていない。このローラーで町に近づいたら、そのまま一緒に潰してしまいかねないからだ。
アリの数を減らさないとなんともならないが、町が陥落しては意味がない。
なので町の様子は気にしていて、アリが城壁を登りそうならすぐに手を貸すつもりだ。
だが……兵士たちは城壁に迫りくるアリたちに対して、必死に立ち向かっているのが見えた。
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城壁の上では兵士たちが我先にと、下にいるアリたちに向けて矢を放ったり石を投下している。
「負けるなぁ! 巨神様につづけぇ!」
「神様が守ってくださるんだ! 恐れるものなんてねぇよ!」
先ほどまでとはまるで違う。彼らが変わった理由はすごく単純で、心に光が宿ったからだ。
生きる希望、夢、目標。そういった類のモノがあるかないかは、人のやる気におぞましいほどの違いをもたらす。
そこまで長期的な話でなくても、ようは未来が明るいかは戦いにおいてすごく重要だ。
例えば籠城戦において、勝ち目がないとなると兵士たちはまともに戦えなくなる。
攻撃側が城兵の士気を削ぐために、必要以上の兵士で包囲して絶望させるなんて話もある。
「もっと矢を! 今ならいくらでも当てられる気がするぜ!」
「かかってこいよ虫ども! 死ねぇ!」
城壁上から放たれた矢が黒獄虫の顔をうがち、落ちた岩が黒き身体を潰す。
兵士たちの目には、町の外で走る巨人が映っていた。
巨人が山ほど高い神輪を押し、神輪が進む度に悪夢の黒獄虫が虫けらのように死んでいく。
黒獄虫の海をしらみ潰すのは、彼らからすればまさに神話のごとき絵だ。
百聞は一見に如かず。その光景はまさに巨神と呼ばれるにふさわしく、スズキの発言にこれ以上ない説得力を与えていた。
「黒獄虫……いや虫なんぞにひるむな! 我らに戦う意思ありと、巨神様にお見せするのだ!」
「両親とアイツの仇だ! くたばりやがれぇ!」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
兵士たちは自らを奮い立たせるように叫び、アリたちを攻撃していく。
無論彼らとてまだ恐怖はある。だが城壁の上からの遠距離攻撃ならば、怯えてなければ誰でもできる。
そしてこの勢いは伝染して、兵士たちはどんどん気が高ぶっていく。
そんな兵士たちを上空で見ている少女がいた。レティシアだ。
「私がいなくても、みんな戦えてる……?」
空でただ一人呆然と浮いているレティシア。
彼女は自分が戦わなければ、兵士たちは戦えないと言われ続けてきた。だから十歳で騎士団長にされて、今までずっと希望の支柱にされていた。
そんな彼女を見つけた兵士たちは、さらに大きく叫び始めた。
「行くぞ! もう自分より幼い少女を、盾になんてしてたまるかよ!」
「俺たちが守るんだ! 巨神様と共に!」
「今まですまなかった! これからは大丈夫だ! 俺たちはもう戦えるから!」
兵士たちもみな、レティシアを自分たちの前になど出したくなかった。
当然だ。誰が好き好んで十三歳の少女を、自分たちの盾にするというのか。
だが今まではそれが言えなかったのだ。
しかし巨神が現れたことで、彼らはもうレティシアに頼らなくていいと、いや頼りたくないと。
そんな兵士たちの遠吠えは、ずっとレティシアが望んでいたものだ。
彼女の頬に涙が流れ、思わず両手で顔を覆った。
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