第23話 逃亡する者たち
俺は整地ローラーを必死に押しながら、遠くにいる犬たちの様子に注視していた。
柴犬とは言えどもこの世界では怪獣みたいな存在だ。もし奴らが町の方に向かってきたら、即座に俺が身体を張って守らないと。
そう考えていたら犬たちに動きがあった。
彼らは何故か互いに頭をゆっくりとぶつけ合わせた後、中型犬のほうが俺に向けて突撃してくる。
少し怖い。だがまだ十メートル以上離れているので、これならば余裕で迎撃できそうだ。
俺は即座にローラーを消して、向かってくる中型犬に向けて手をかざした。
「
手のひらサイズの火球が出現して、中型犬に向かって襲い掛かり直撃。
中型犬の毛皮に炎上して、やつの身体を焼いていく。
炎を消そうと地面を転がった犬だが、すぐに力尽きて動かなくなった。
『あ、あの山のような巨獣を一撃で倒すなんて……!』
エリサの驚きの声が頭に響くが、今は賞賛に浸っている暇はない。
もう一匹の小型犬を睨む。あいつが残っているのだから油断はできない。
小さいとは言えども町の城壁よりも身長が高いのだから……と思っていたら、
「きゃん! きゃん!」
小型犬はしっぽを撒いて一目散に逃げ始めた。
どうやら俺の魔法に恐れをなしたようだ。できればあいつも倒しておきたかったが、逃げ足が速く簡単には追いつけなさそうだ。ここは町を守るべきだろう。
急いで町の方に向き直る。まだアリは三割くらいは生き残っているので、またローラーを出してひき潰していく。
そしてローラーでアリの群れを二往復くらいして、残り一割くらいというところで変化が起きた。
アリたちが一斉に町から離れて、同じ方向に逃げだしたのだ。だが先ほどの犬に比べればだいぶ足は遅く、俺なら歩いても追いつける。
そして奴らを追い払ったなら町に危険はない。ならば……!
「エリサ! 俺はアリどもを追いかける! 奴らの逃げ先に巣があるかもしれない!」
『待って! 私も連れてって!』
エリサが俺の肩に乗ってきたので、俺はアリたちを追い立てるようについていく。
アリたちは必死に走っているが、人と虫ではスピードが違う。これが部屋の中とかなら逃げられるかもだが、あいにく平野なため見失うこともない。
正直追いついて踏みつぶすのは簡単だが、ここでそれをしても意味がない。奴らに関しての情報を掴みたいのだから。
そうしてしばらく歩いていると、
『見て! あっちの地面の穴からアリたちが出てきてる!』
エリサが叫んだので周囲を見回すと、少し先にゴルフボールくらいの穴があった。
そこからアリ共がうじゃうじゃと出てきて、さらに俺から離れるように逃げている。
……あれが巣だろ! アリのサイズに合わせて穴も大きくなってる感じで!
「ビンゴだ! あのアリの巣を潰せば、ここらのアリは減るかもしれない! 早速潰すぞ!」
俺はシャベルを手元に出して、アリの巣を掘ってしまおうとする。
だがエリサが俺の動きを止めるように、いきなり顔の前に飛んできた。
『待って! もしかしたら巣の中に、連れ去られた仲間が生きてるかも……! つい最近捕まった人もいるはずなの! スズキが来る数日前に!』
俺がこの世界に来てから二週間ほどが経つ。
アリに連れ去られた人間が生きている可能性は極めて低い。だが絶対に死んでいるとも断言できない日数だ。
それによく考えたらこの巣を壊してしまうのはもったいないかも。せっかくアリたちの情報を知るチャンスではある。
……まあ大した情報は得られないかもしれないが、それでも連れ去られた小人の遺品は回収できるかもしれない。
せめてそれくらいはやってやりたいところだ。
「じゃあどうする? このままアリ共がほぼ全部逃げるのを待つか?」
巣穴からアリ共がさらに逃げ続けていて、このままの勢いなら巣が空っぽになりそうだ。
無数のアリが絡まって動くのはすごく気持ち悪い光景だ。これほど殺虫剤が欲しいと思ったことはない。
『たぶんそれがいいと思う。少し残るくらいならなんとかなるだろうし』
「わかった。ただ巣の中を探るのは危険だから、俺も小さくなってついていくぞ。迷う恐れもあるしな」
俺は自分の身体のサイズをある程度自由にできる。
なので小さくなってアリの巣に入って、いざとなれば巨大化してしまえばいい。そうすればアリ共も巣ごと潰せるし。
俺の身体の大きさなら、地中で生き埋めになることもないだろう。
『ありがとう、それでお願いね』
「了解。ただアリ共を見逃す必要もないよな」
俺はシャベルの裏でアリの軍勢を叩きのめしながら、巣から出てくるアリが途切れるのを待った。
そうして十分ほどすると、巣から出てくるアリは完全にいなくなる。
これならもう巣に入ってもいいのではなかろうか。
「エリサ。どうする? もう行くか?」
『もちろん! もし生き残った人がいたら助けられるし、これであいつらの弱点なりが分かれば!』
エリサは俺の肩から飛び降りると、フワリと落下して着地。そのままアリの巣の穴を覗き込んだ後。
『うん。やっぱり中に残ってなさそう!』
「じゃあ行くか。さて鬼が出るか蛇が出るか……」
『黒獄虫が出てくるに決まってるじゃない』
「違うそういう意味じゃない」
俺は小さくなって、エリサと一緒にアリの巣へと潜り始めるのだった。
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