第5話 船を運ぶ①


 俺は急いで街の外へ向かって走っていく。


 ここで身体を元の大きさに戻したら、大惨事になってしまうからだ。


 元に戻る方法はすごく簡単で、ただ戻りたいと念じればいいらしい。


「ちょっとなにやってるのよ!? そんなゆっくり走ってたら間に合わないわよ!」


 すると後ろからエリサの声が聞こえた。振り向くと彼女は地面から少し浮いて移動している!?


「と、飛べるのか!? それも魔法ってやつか?」

「そうよ! そんなことより運ぶわよ!」


 エリサは俺の腹をつかむと、そのまま抱きかかえて街の上空へと飛び立った。


 やばい怖い!? し、下を見たらダメだ!?


 かなり速く飛んでいるようで、すぐに街の上空から脱して外へと出た。


「ほら大きくなりなさい! もういけるでしょ!」

「わかった!」


 俺は元に戻りたいと念じると、身体がぶくぶくと膨れ上がっていく。


 周囲のモノがどんどん小さくなっていき、王城に招かれる前と同じようなサイズまで戻った。


 街やその周囲を一望すると、大勢の黒虫がこの街に近づいてきているのが見える。


 数えきれないが千以上は絶対にいる。アリの行列とはよく言ったものだ。


『スズキ! 踏みつぶしなさい!』


 エリサが俺の肩に乗って叫んでくる。


 普通なら落ちるので危ないぞと言うところだが、空を飛べるならば問題ないのだろう。


 なら気にしないで動かせてもらおう!


「言われなくても!」


 小人たちにとって虫の軍勢は脅威なのだろうが、俺にとっては雑魚以下でしかない! 


 走ってアリの軍勢に突撃して、通り過ぎて踏みつぶす! 


 振り返るとかなりの数の潰れた死体があった。


『まだ生きてるのがいるわよ! 追撃!』

「わかってる!」


 走りながら来た道? を戻る。これでさらにアリはつぶれたはずだ。


『うふふ、うふふふふふ! あはははははは!』


 エリサが潰れたアリの死体を見ながら、すごく楽しそうに叫んでいる。


 ……あのアリたちのせいで食料危機と、かなりひどい目に合ってるもんなぁ。鬱憤がたまっているのだろう。


「エリサ、他に虫はいないか?」


 周囲を確認しながらエリサにも聞いておく。


 アリはアマガエル程度の大きさなので、普通に見落としかねないからな。


『大丈夫かな、いなさそうよ。仮にいてもたぶん逃げるんじゃないかしら。今攻めてきたのも、貴方が見えなくなったからと思うし』

「俺が小人化したからってことか? アリにそんな知能があるのか?」


 俺のイメージするアリは、そんなことはできない。


 あいつら人間が近づいた程度で逃げるか? 踏まれそうになったら流石に逃げるだろうけど。


『アリ? よくわからないけど、黒獄虫たちはかなり頭がいいわ。たぶん知能がある。下手をすれば人間並みにね』

「……頭も普通の虫よりいいってわけか」


 小人からすれば地獄のような敵だな。


 ただでさえアリは数が多くて人間よりも強いのに、さらに最低限考える力を持っていると。道理でブラクア帝国とやらが、世界中に宣戦布告したわけだ。


 そして奴らが扱いきれずに滅ぼされたのもまた納得してしまう。


 ……いや今はそれよりも考えることがある。この街の食料問題を解決する方法を見つけなければ。


 俺がこのまま王城に戻ったらどうなるか。女王はまた踏みつぶしてくれと頼んでくるだろう。


 そんなの御免だ。虫くらいならばともかくとして、小さいとはいえ人間を踏みつぶすなんて考えるだけで恐ろしい。


 かといって小人たちが餓死していくのを見るのも嫌すぎる。


「なあエリサ。この街にはどれくらいの人がいるんだ?」

『正確な数は分からない。たぶん五千人くらいだと思うけど……』


 五千人。かなりの数だ。


 彼らは小さいので必要な食料は少ないが、この世界はすべてが小さい。なので手に入る食材のサイズもそれ相応。


 この周囲は大勢のアリたちが徘徊して、獣や食える植物なども運んでしまっているだろう。


 そんな状況で五千人もの食料を集めるのは無理に近い。仮に集められたとしても数日分が御の字だろう。


 それでは意味がない。小人たちの寿命を数日伸ばすだけだ。


 考えろ、俺は巨人なんだ。小人たちが思いつかない方法で、大量の食料を集める方法がないか……!


 周囲を見回しつつ頭を働かせる。山や森はところどころにあるが、あのアリたちが徘徊している可能性が高い。


 やはりあのアリたちがいる場所では無理だ。そんなことを考えながら遠くに視線を移していくと、召喚された直後にも見えた湖がある。


 ……ん? 待てよ。この世界はかなり小さいよな。ならあれはもしかして湖じゃなくて……。


 俺は湖のある方向を指さして、


「エリサ。あれってもしかして海か?」

『海よ。むしろそれ以外になにと思ったの?』

「湖かと思ったんだよ。あのアリ、じゃなくて黒獄虫って泳げるのか?」

『泳げないと思うけど』


 どうやら地球と同じようにアリは泳げないようだ。


 つまりアリたちの毒牙は海までは及んでいないということになる。


「近くに港街はないのか?」

『そこまで近くないけど、港町はあったはず。数年前に黒獄虫に攻め滅ぼされたけどね。それでこの街に逃げてきた人もいるし』


 なら町の残骸や港もおそらく残っているのではないか。


 周囲を見回すが虫たちが街に襲ってくる様子はない。これなら街から少しくらい離れても大丈夫だろう。


 港町は近くないとは言うが、それは小人の距離での話だ。たぶん俺ならそこまで時間をかけずに向かえるだろう。


 海に向けてしばらく歩いてみると港町や船などが見えた。陸地部分は城壁に覆われた都市のようだ。


 やはり小人サイズなので港は小さいし、船も模型くらいの大きさか。


 だが船は全長三十センチくらいはありそうだ。小人たちにとってはおそらく大型船のようで、あれなら無理やり乗せれば千人くらいは取り込めるか?


 それに他にも多くの船が港に泊められてる。あれを使えばすぐにでも漁に出ることが可能なはずだ!


 俺は小さな船を両手で掴むと、軽々と持ち上げることができた。


『こ、こんな大きな船を持ち上げるなんて……どうするつもりなの? 陸地で船なんて使えないわよ?』

「問題ない」


 俺は船を持ち上げたまま街へと戻っていく。周囲を見回すと他には大きな水たまりが、いやあれ池か。


 本当にこの世界はすべてが小さいなぁ。


『ちょ、ちょっと!? 船なんて持って帰ってどうするつもりなの!?』

「こいつで人を運ぶ! 街の人を全員、この港へと移住させるんだ!」

『なっ……!?』


 そして街まで戻ると、城壁の正門の前で船をゆっくり降ろした。


「エリサ、小人になるから王城まで運んでくれるか?」

『魔力あまり残ってないんだけどなぁ……いいけど』


 俺は再び小人になって、エリサに運んでもらって王城まで戻った。


 すると女王が庭で俺を出迎えてくれた。


「あ、あの……巨大な船なんて持ってきてなにを……」


 どうやら女王にも船を運んできたことは見えていたようだ。なら話は早いな。


「女王陛下。この街を捨てて港街に移住しましょう。あの黒虫たちは陸の生き物です。海ならば漁などで魚が取れるのではないですか? 港町はかつて滅んだと聞きましたが、俺の力ならば奪還も可能でしょう」


 俺の言葉に女王は目を見開いた。


 どうやら彼女にはこの発想はなかったようだ。港町をアリから取り戻して、移住するのは。


 だが仕方ないだろう。この街から海は小人感覚なら相当離れている。


 彼らよりはるかに巨大な俺でも、歩いて十分くらいかかった。周囲にアリたちが徘徊する中、小人たちの足で移住するのは現実的ではない。


 だが俺ならば歩いて十分程度で移動できる。


「で、ですがどうやって移住をするのですか? 周辺には黒虫が大勢いて、とても海まで行くのは……」

「街の前に船を用意しました。あれに街の人たちを乗せて運びますよ。何往復かすれば全員運びきれるでしょうし、それなら安全に移動できるはずです」

「……っ!」


 陸地で船を使って人を運ぶのはかなり荒唐無稽な話だ。


 俺にとって模型の船を運べるのは当たり前でも、小人にとってはなかなか出てこないことだろう。

 

 アリたちは俺からすればアマガエル程度の存在だ。決して脅威になどならない。

 

 なので小人たちを船に乗せて、俺がそれを港まで運べばいいのだ。そうすれば安全に小人たちを移住させることができる。


「漁がうまくいくかはわかりません。ですがここで俺に踏みつぶされるよりも、はるかに有意義だと思います」 


 女王を見つめると少し震えている。


 だが先ほどまでと違って絶望した様子ではなく、俺のほうをしっかりと見据えてきた。


「……もはや死ぬしかないと思ってました。ですが……巨人様、どうかお願いいたします。余たちを港町へと運んでください」


 女王は涙を流しながら頭を下げてきた

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