第31話 風魔法を習いたい


 翌朝。俺は港町から少し離れた場所で、巨人として外に出ていた。


 俺の顔の前にはレティシアちゃんが空中で停止していて、小さく頭を下げてくる。


 ちなみにエリサは俺の右肩に座ってる。


「では僭越ながらスズキ様に風魔法をお教えいたします。まず風魔法ですが、その言葉の通りに風を操る魔法です。操った風で身体を浮かせたり、空気を凝縮して打ち出します」


 前者はレティシアちゃんが現在進行形で使っている飛行魔法で、後者はエリサが以前に言っていたエアブラストのことだろう。


「俺としては出来れば後者の魔法を覚えたいんだ。そうすれば頻繁に来ている犬も倒せそうだと思ってね。ただ教えるのが精神的に厳しいなら、もちろん大丈夫だから」


 俺が覚えたいのはエアブラスト、というか空気の砲を放つらしい魔法だ。


 エリサ曰く不可視不可避必殺の魔法、というのは言い過ぎだろうが、風の力なら不可視ではあるのではないか。


 実際の魔法を見たことがないので断言はできないが。いや不可視ならそもそも見えないのか。


 問題はレティシアちゃんがトラウマによって、攻撃系の魔法を扱えないことだ。


 本来なら教えてもらうのもやめておくべきなのだが、遠くを見張っている犬が怖いんだよな。あいつを倒したいので、


「申し訳ありません。私は攻撃魔法が扱えないので、口頭で指南することしかできませんが……」

「それで充分だよ。お願いできるかな?」

「……はい! でしたらお任せください!」


 レティシアちゃんは嬉しそうに笑った。可愛い。


 彼女の教えは理論的なので、口頭でもしっかりと理解できそうだ。


『私も教えてあげるわ!』


 エリサが自信満々に告げてくる。


 彼女の教えは擬音的なので、当たりはずれが大きすぎるのが困りどころだ。


「二人ともありがとう。じゃあまずはエリサから教えてくれるかな?」


 エリサの教えは基本よくわからないのだが、なんか感性がピタッとハマって当たると大きい。


 以前の炎魔法の時はなんか奇跡的に理解できて、すぐに使えるようになったからな。当たればデカい。


『風の攻撃魔法はぶわーっ! とやって、がーっ! ってした後に、ばーん! ってやるの!』


 なお当たらん模様。


 もはや暗号解読班でも分からないだろ、この擬音の羅列は。


 どうやら今回の擬音の教えは大外れのようなので、俺は即座にレティシアちゃんに助けを求めることにした。


「なるほど。じゃあ次はレティシアちゃん教えてくれるかな?」

「はい。風の攻撃魔法は風で空気を固めてから打ち出す魔法です。なので風を巻いて凝縮するようなイメージがまず必要です」

『ぶわーっ! ってことよ!』


 なるほど。ぶわーっ、というのは風が巻く表現だったのか。


 いや分かるわけないだろ、どこがなるほどだ。


 そう考えながら風をイメージしていく。なんとなく肉のミンチにキャベツを巻く、ロールキャベツを作るような感覚で。


 すると俺の目の前でシュルシュルと音を立てて、風が小さな球を形成し始めた。


「流石スズキ様です! このイメージを描くのに、普通の人ならもっと時間がかかるのに!」

『私の教えがいいのね!』


 違うよ、ロールキャベツのおかげだよ。


 でも余計なことは言わないことにしよう。巻かせるべきはエリサの舌ではなくて風だ。


「次にその巻き風を加速させます」

『がーっ! よ! がーっ!』


 モーターやタイヤが高速回転するイメージで風を操ってみる。


 すると風球が俺のイメージ通りに回り始めて、なんかがーっと音を立て始めた。


 なるほど、確かにこれはがーっ! だ。今回はエリサの擬音の教えがわかる。


「最後に風球を打ち出します。押し出すように風魔法を放ってください」

『ばーん! よ!』


 俺はなんとなく両手を引いて、格闘漫画でよくある気を放つイメージで一気に押し出した。


 すると風球は周囲に凄まじい風を吹き荒らした。


「……!? きゃっ……!?」


 俺の目の前にいたレティシアちゃんのスカートが、ふわりと浮き上がるのが見えた。


 どうやら想像以上に強い突風のせいか、彼女の風魔法による中和が間に合わなかったのだろう。だが下着は残念ながらギリギリ見えなかった。


 ちなみに空気の弾丸だが、前方に向けて勢いよくぶっ飛んでいった。


 透明であまり見えなかったが、俺の前方にあった小山が少しえぐれている。先ほどまでは綺麗な山だったので、間違いなく俺の風魔法のせいだろう。


 これは風魔法攻撃ができたと言ってもいいのでは?


 そんなことを考えていると、スカートを両手で押さえて顔を赤くしたレティシアちゃんが、


「あ、あの。スズキ様……み、見えました?」

「いや見えなかったよ」


 どうやらスカートの中が見られたかをすごく気にしていたようだ。


 ほっと息を吐いて安心した顔を見せるレティシアちゃん。


 なにはともあれ俺は風魔法を使えるようになった。


 次は練習だ。先ほど打てたのはたまたまかもしれないので、ちゃんと確実に風魔法を使えるようにならなければ。


 そうしてエリサは繭の調査があるので町に帰って、レティシアちゃんにマンツーマンで風魔法を教わっていく。


「ちなみにさ。風魔法で空を飛ぶのって難しい?」


 レティシアちゃんみたいに空を飛べたら、すごく楽しそうだなと思ってしまう。


 それに小人状態の時に空を飛べるのは有用な移動手段になる。巨人状態の時は空を飛ばなくてもほぼ全てのモノが踏み越えられるので、あまりメリットはないけど。


「飛行は相当難しいです。最低でも半年はかかると言われています」

「そっかー。それは無理そうだ」


 少しの鍛錬で覚えられるならと思ったが、時間がかかるのなら無理だな。それよりももっと優先すべきことがいくらでもある。


 そうしてそろそろ訓練を終わろうとした矢先だった。


『スズキ! 大変よ! 町が火事に!』


 エリサの声が頭に響いてくるのだった。

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