第7話 希望を絶やさないためには
……港にある船はすべて修理が必要らしい。
修理すれば直せるのが救いではあるのだが、可能なら今日の間に漁に出て欲しかった。
今はまだ夕方にもなっていないし、食料が全く残ってないのだ。多少無理してでも魚が必要だったのに。
これではまた女王陛下が、沈み込んでしまうと思った時だった。
「余が命じる! すぐに船の修理を始めなさい! 同時に漁の用意も! 出来ることをしなさい!」
沈まないどころかすごく元気そうだ。
先ほどまでの暗い雰囲気から一転して、なんというか希望に満ち溢れているような……まるで人が変わったようだ。
だがすごくいいことだと思う。暗い気分ではすべてが悪く感じてしまうからな。
俺も会社を辞める直前は本当にヤバかった。周囲全てが敵のように見えてしまっていたのだから……。
いや今は終わったことを振り返る時ではない。急いで城塞を降りて港に向かうと、
「女王陛下! 俺に出来ることはありますか!」
「巨人様! どうか木材を取ってきて頂けませんか! 船の修理に必要なのです!」
「わかりました、お任せください! エリサ、俺を街の外まで運んでくれ!」
「わかったわ! あまり動かないでね?」
俺はまたエリサに抱きかかえられて、街の外の空へと移動。そして巨人になって周囲を見渡す。
エリサが港町のほうに戻っていくが、なにか他にやることがあるのだろう。
付近には十センチほどの木の群生地、つまりは森がある。
急いで森のそばまで歩いてしゃがみこむと、木を指でつまんでプチプチと抜き始める。気分は完全に雑草抜きだ。
何本くらい必要かわからないが、ひとまず二十本ほど抜く。そして全部手づかみで
「女王陛下! 木を二十ほど抜いてきました! どこに置けばいいですか!」
『港倉庫の前に置いてだって!』
エリサが女王の言葉を伝えてくれたようだ。俺は手だけ港町の中に入れて、倉庫らしき場所の前に雑草じゃなくて木を全部置く。
「これで木は足りるか?」
『十分だってさ!』
「他にやることはありますか? なければ俺も魚を獲ってきます! 大きな魚獲り用の網とかありませんか?」
おそらくだが今日中に漁に出るのは無理だろう。いくら急いだって船の修理が数時間で終わるとは思えないし、無理やり手抜き工事して沈没したら悲しすぎる。
なら巨人である俺の力で漁をすればいい。俺の身長なら海に入っても立っていられそうだし、地引網を虫取り網のように振り回せる。
船がなくたって漁をすることが可能なはずだ! 環境破壊しそうだから多用できないけど!
『やることは特にないだってさ!』
「わかりました! じゃあ仕事のない人を少し集めてもらえませんか! 子供や老人でも構いません! 獲った魚の回収に人手が欲しいのです! それと魚を入れる箱……馬車の荷台とかもあれば!」
『すぐ倉庫の前に集めるって!』
そして待つこと五分ほど。七つの小さな馬車の荷台、それに三十人ほどの若い女性の小人が倉庫の前に集められた。
どうやら男手は船の修理などで忙しいようだ。別に力仕事じゃないから問題はない。
「馬車の荷台に乗り込んでくれ! 俺が荷台ごと運ぶから!」
みんなが乗り込んだのを確認。右手で荷台を優しくつまんで、左手のひらを広げて荷台をひとつずつ乗せていく。
気分はおもちゃのブロックでも集めるみたいだ。だが荷台には小人が乗っているので気をつけねば。
そうして全部手のひらに乗せたので、港町から五十メートルくらい離れた砂浜まで移動。
周囲を見渡すがアリはいなさそうだ。一匹でもいたら危険だから気を付けておこう。
それに港町の様子も気にかけておかないとな。ここからなら目視もできるし、もしアリが襲ってきたら助けないと。
ひとまず安全そうなので、砂浜に小人たちの馬車をゆっくり降ろす。そして浜を手で掘って穴を作った。
『どうやって魚を獲るつもりなの? 網もないのに』
荷台に紛れ込んでいたエリサが、俺の耳元まで飛んできた。
説明しようかと思ったが見せた方が早いか。
「こうやるんだよ」
俺は海に手を伸ばして両手で水をすくうと、砂浜に掘った穴に向けて放出する。
海水は砂に吸収されてなくなり、穴には何匹もの魚がピチピチと跳ねていた。
『すごい! 魚がいっぱい! そっか! 海水ごと魚を獲ったのね!』
エリサの言葉にうなずく。
俺にとって魚はプランクトンみたいに小さいので、手でてきとうに海水をすくえば一緒に獲れる。あとは水だけ除去してしまえば漁になる。
名づけるなら手掬い漁かな。魚のつかみ取りではない。
「す、すげぇ……魚だ! 食料があんなに……!」
「魚なんて初めて見たわ! まさか食べられる日が来るなんて!」
「昔を思い出すよ……」
小人たちもみんな驚いているが、あまり日暮れまで時間がない。
「さあみんな、魚を拾って荷台に載せてくれ! あらかた回収し終えたらもう一杯行くぞ!」
こうして何回か手掬い漁を繰り返して、四つの荷台を魚と貝で満杯にすることができた。
アリが襲って来なかったのが幸いだった。もし来ても潰すだけではあったが。
残り三つの荷台に小人たちを積んで、港町へと戻った。そして魚でいっぱいになった荷台を元あった倉庫の前に戻す。
流石に疲れたな。どこかに座りたいし、俺もついでに小人化するか。
倉庫の近くの地面に指をつけて小人に戻ると、女王陛下が俺の元に走ってきた。
「ぜぇ、はぁ……きょ、巨人様……魚は……」
「荷台に四つほどは捕れました。全員が足りる量ではなさそうですが」
漁の時間も短かったし、専用の道具などもなかったから仕方ない。
俺が四つの魚でいっぱいになった馬車を指さすと、女王陛下は喉をゴクリと鳴らした。
「あ、あんなに多くの食料が……ありがとうございます!」
「いえいえ。充分な量が取れずにすみません」
「何を言うんですか! 最近は食料なんてまともにありませんでしたし、あれだけあれば充分です! 余の料理人なら大丈夫です! 僅かな食材でお腹が膨れるように誤解させるのは慣れてます!」
「そ、そうですか……!」
悲しい慣れだなと思ったが言わないようにしておく。
街の広場に簡易の竈が造られて、大きな鍋で炊き出しが開始された。
どうやら今日の魚はスープのようで、海鮮のいい匂いが漂ってくる。
「巨人様、どうぞお召し上がりください」
女王陛下が俺に木の器とスプーンを手渡してきた。
やはりというか具材はあまり入っていない。これではやはり足りないのではと思ったのだが。
「お、おお……食事だ……! まともに食べられるなんて……!」
「ひっく……美味い……!」
「まともな食事なんて何か月振りだ……!」
周りではみんなが涙を流しながらスープを飲んでいる。
これだけでわかる。あの街での暮らしは本当に地獄だったのだろう。
俺もスープを口に含むと、しっかりと味がしていて美味しかった。
…………量はやっぱり足りないけど。
「美味しい! 美味しい! 魚ってこんな味なのね!」
エリサも大声で喜んでいる。楽しそうで何よりです。
そんなことを考えていると、女王様が俺に笑いかけてきた。
「巨人様。この港町の領主屋敷を綺麗にさせましたので、今日からそちらでお休みになってください」
「えっ。でも領主屋敷ってこの町で一番いい建物ですよね? 女王陛下が住むべきではないですか?」
「余よりも巨人様のほうが偉いですから。それと巨人様の身の回りの世話係と護衛役として、腕利きの者を用意しました。レティシア、ここへ」
女王陛下が叫ぶと、人の間をかき分けて少女がやってくる。
その娘を一言で表すなら神聖だった。腰まで伸ばした銀髪はまるで本物の銀のように美しく、顔立ちも整った人形のようだ。
女神だと紹介されたら思わず納得してしまうような、どこか浮世離れしているように感じてしまう。十三歳くらいで幼いのもまた、それに拍車をかけていた。
その一方で暗い雰囲気を持っているようにも思えた。たとえるならこの港町に来るまでの女王と同じような。
メイド服を着ていて可愛いのだが、何故か似合っていない気がする。
あとはなぜか地面から足が数センチほど浮いていて、服には五センチくらいの小さな木のプロペラがボタンのようについていて、いくつか回ってる。
いや小人だから実際の大きさは五センチじゃないんだけど。
「……レティシアと申します。どんなお命令でもお従いますので、お好きにお使いください」
レティシアと呼ばれた少女はスカートのすそを手で持ち上げて、俺に頭を下げてくる。
なんか敬語に慣れてない感じがする。
「えっ!? レティシア様がなんでメイド……!?」
すると少し離れたところにいるエリスが、なにか含みのある声で叫んでいた。
いやエリサだけではない。他にもレティシアちゃんを見て驚いている人たちがいた。
……なんだ? なにかあるのか? 気になる……気になるけど流石に、このレティシアって女の子はなにかあるのですか? とは聞けないよなぁ。
後でコッソリとエリサにでも尋ねてみようかな。
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小人視点だと海からプールくらいの量の水が掬われていくので、相当怖いでしょうね('ω')
この世界の少女は基本的に身長が低くて胸が薄いロリです。
十年ほど慢性的食料不足のためです。
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