滅びゆく小人世界に転移した俺は、救世の巨神になる ~世界を滅ぼす魔物たちを歩くだけで潰し、シャベルで巨大畑を作ったりする~

純クロン

一章

第1話 誰かの役に立ちたい


「ははは……もう連絡が取れる奴、いなくなったな……」


 俺は街を歩きながら、スマホの連絡先を見てついぼやいてしまう。


 昨日、とうとう会社を辞めた。いや成績が悪くて辞めさせられた。


 俺は営業の仕事をしていたが、うちの会社は質がかなり低い商品を高値で売っていたのだ。広告と売り物に差がありすぎて、詐欺と言われても否定できないくらいには。


 今日まで怖くて出来なかったが、ネットでうちの会社名を調べると『詐欺』という検索候補があったのだ。


 当然ながら普通の手段では売れず、命じられて親戚や友人に連絡してしまった。


 必死だった。売れなければ上司に死ぬほど怒鳴られ、「合法スレスレでもアウトでもいいから、どんなことをしても売りつけろや。でなければクビだ、ゴミ」と言われていたから。


 冷静に考えれば転職の選択肢はあったのかもしれない。だが俺は余裕がなかった。


 高校を卒業してすぐにこの会社に入社したから転職も難しい。両親が事故死したので頼れる人もおらず、クビは死の宣告に等しかった。


 無我夢中で飛び込みや電話営業もかけた。相手が嫌がっているのを知っていながら。


 無理やり話しかけた相手の嫌がる顔、電話先の相手の明らかにうっとうしそうな声。返事なしに即切りも日常茶飯事。


 知らない家の『セールスお断り』の張り紙を見るたびに心が痛んだ。


 友人からは呆れられて着信拒否をされたり、仕方ないと買ってくれた奴もいる。


 だがもうそいつに連絡しても繋がらないだろう。俺だってされた側ならそうする。


「……ははは。俺、本当になにをしてたんだろうな……」

 

 俺の子供の頃の夢は医者だった。多くの人に感謝される仕事に憧れがあったからだ。


 だが今の姿はなんだ? その真逆じゃないか。


 他人どころか過去の自分にすら顔向けできない。俺は本当に救いようのないバカだ。


 ようやく目が覚めた後に残されたのは、もう会ってもらえない友人の連絡先だけ。


「せめて今からでも、誰かの役に立ちたいなぁ……嫌な思いさせた分だけ、誰かの役に……」


 目から涙が溢れてきたのを必死に腕でこする。二十にもなって人前で泣きたくない。


 ボランティアをすればいいのだろうか。仕事も介護のような、他人の役に立てることをするとか。


 そうすればほんの少しでも、嫌な思いをさせた人への償いになるのだろうか。骨髄バンクや献血などもどうか。


 工事現場もいいかもな。俺の造ったモノが誰かの役に立つなら嬉しい。雇ってもらえるのならば、だが。


 大勢の人の助けになるようなことがしたい。


 少しでも償いたい。そして今からでも、子供の時の自分に顔向けできる俺になりたい。他界した両親にもだ。


 そんなことを考えていると足がガクンとなった。


「えっ……?」


 気が付くと足元は階段だった。俺は高い階段の最上段で、足を踏み外して……。




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^




 ひとつの城塞都市があった。


 その都市は異常だった。上空はどす黒い雲に覆われていて、さらに地上もおびただしい数の巨大な漆黒の虫たちに完全包囲されている。


 城塞都市の壁の上に立つ人と比べると、その虫たちの大きさは大型犬ほどはあった。


 さらにその後ろに控えるのは怪獣のように大きな犬だ。城壁にも匹敵する大きさで、恐ろしい雄たけびを時折あげている。


 もはや城塞都市は黒海に浮かぶ孤島のようだ。黒い悪魔たちは城門をアゴでかじっていて、近いうちに穴が開くだろう。


 ゴリゴリと嫌な音が周囲に響き、さらに空には雷の音が轟いて恐怖を加速させていた。


「は、ははは。見ろよ、もう逃げ場がないぜ。ははは」

「あってももういいさ……どうせ遅かれ早かれ死ぬんだから」


 城塞の上にいる兵士たちはもはや戦おうともしていない。


 渇いた笑いを浮かべて動かない者。現実逃避のように虫の海を見て叫ぶ者。そして、


「へ、へへへ……! あいつらに捕まったら巣に連れ帰られて、生きたまま頭を食われるんだろ? ……そんな死に方するくらいならよ!?」


 自ら壁の外へと飛び降りて自殺する者も多くいた。


 城壁内の都市も同様だ。そこに逃げ込んだ民たちの大半も、すでに生きることを諦めていた。


 力なく地面に座り込んで祈る者、自らの喉を包丁で刺そうとする者、泣きわめきながらどこへと逃げる者。


 誰もが絶望の中にいた。もうすぐ訪れる災厄に対して、せめて少しでも安らかに終わりを迎えたいと願う。


 いや誰もがと言うのは間違いだった。


「嫌っ! こんなところで死にたくない!」


 城壁の上で十三歳ほどの少女が吠えていた。


 ブカブカのローブに身を包み、身の丈を超えるほどの杖を持っている。


 そんな少女の足元には幾何学模様の魔法陣が描かれていた。


「出でよ、ドラゴン! そして私たちを助けて!」


 だが魔法陣はまったく反応しない。


 それを近くで見ていた兵士たちは呆れていた。


「あいつバカだなぁ。あの魔法陣って伝説のやつだろ?」

「召喚するのに重さに応じて魔力が必要とからしい。かつて異世界のドラゴンを召喚できたらしいが、伝説の魔法使い数人がかりの魔法だぜ? 仮に本当だったとしても、魔力が微塵も足りねぇよ」

「それに仮にドラゴンが出てきても、あの数には勝ち目なんてないぜ。どんな奴ならあの災害に立ち迎えるってんだよ」

「後ろには巨獣までいるしな……」


 敵はあまりにも多く、また強大であった。


 事実この世界にはドラゴンなどの巨大な魔物もいたが、突如現れた怪物たちから逃げ纏っていた。


 もはやこの世界に勝てる者など存在しない。


「魔物が城門を破ったようだ。じゃあ俺たちも、そろそろ逝くか」

「……そうだな。せめて最後に酒が飲みたかったな……」


 そうして兵士たちはまた壁の外へと飛び降りて、地上にいる虫の海の一匹に当たって死んでいく。


 それを見て少女はより一層必死になって、杖の先をガツガツと魔法陣にたたきつけ始める。


 彼女にもこの魔法陣がまともに使えないのは分かっていた。それでも奇跡を起こしでもしなければ、この状況を生き残る術などないのだから。


「お願い! 発動してよ! まだ死にたくない! 美味しいモノだって食べてみたい……いや美味しくないモノでもいいから、お腹いっぱいに食べてみたい……!」

「ま、魔物が城壁に登ってきたぞ!?」


 少女が振り向いた瞬間、そこにはすでに巨大な黒虫が牙を剝いていた。


 周囲にいた兵士たちは次々と巨大な虫に噛まれて、痙攣して動けなくなっている。


 剣や槍で立ち向かう愚か者もいたが、仮に一対一だったとしても勝てないだろう相手に、一人に五体で襲われてやられていく。


 どうあがいても生き残る術などない。だがそれでも少女は巨大な杖を振りかぶると。


「…………諦めない。諦めない……諦めない! 私は! 絶対に……!」


 そんな少女に数体の虫が襲い掛かろうとする。屈強な男ですら勝ち目がないのに、幼い少女に勝てるわけがない。


 彼女は虫に噛まれて終わる、はずだった。


 だが空が光って強烈な雷音が轟き、周囲の虫たちが消し炭になる。


 ――雷が彼女の杖へと落ちたのだ。


 決して魔法などの効果ではない。自然の大いなる悪戯か奇跡か。だがその雷を浴びた魔法陣は光り輝いていく。


 まるで止まるはずだった運命の灯が、再びついてしまうかのように。


「っ……! お願い! 神様でもなんでもいい! 助けて……!」


 少女は再び杖の先を足元に叩きつけた。無我夢中に一縷の望みをかけて。


 すると魔法陣が高速回転し始めたかと思うと、信じられない勢いで大きく広がっていく。


 城壁の上どころか、まるでこの大地自体を覆うかのように。


 そしてその巨大な魔法陣から、天へと光の柱が上り……空に急に天井が出現した。


 いや天井ではない。それは巨大な、


「ひ、人!? 人!?」


 まるで天を覆うほどの大きさの人間が、空から落ちてきて……地面へと墜落した。


 その衝撃で無数の虫がつぶされ、つぶされなかった虫も風圧や衝撃で吹き飛ばされていく。


 幸いにも城塞都市の上には落ちなかったので、虫だけに被害が及んだ形だ。


 人も虫も巨獣も関係ない。この場にいる誰もが予期せぬ巨人の来訪に動きを止めていた。


 なにせあまりに大きいのだ。おそらく普通の人との身長差は三十倍以上あるだろう。


 この巨人に比べれば周囲の虫など、アマガエルのようなものだ。巨獣ですらも小型犬サイズでしかない。


 巨人は立っているわけでもないのに、城塞都市の城壁すら比べ物にならない高さ。城塞都市の中にいた者ですら、遠くの山のように映る巨人を見て唖然としていた。


 そんな巨人は地面に両手をつきながら、尻もちをついている。その尻の下には多くの虫を潰しているのだが、それに気づいた様子すらない。


「な、なんだぁ!? いったいどこだここは!? 階段でこけたはずじゃ……!?」


 なにせ巨人からすれば、アマガエルの存在など気づかず潰してしまうくらいのモノだからだ。



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新作です、よろしくお願いします。


念のためですが、営業の仕事が悪いわけではありません。

主人公の働いていた会社がヤバいだけです。

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