第11話 開墾しよう


 堀を作った翌日、異世界転生して三日目の朝。


 俺は港町のすぐ近くの池へとやってきていた。すぐ近くと言っても俺なら徒歩数分というだけで、小人たちからすればそれなりの遠さだが。


 さて今日は普段と少し違うところがある。それは。


「巨人様! ここにお畑を作るのですか!」


 俺の手のひらの上から、レティシアちゃんの張り上げた声が聞こえる。


 今日は外で小人化する必要があるかもと伝えたら、護衛をさせてくれとついてきた。


 護衛は別にいらない気はしているが、可愛い女の子だからいいかなって……。


「そうだ。やはり漁業だけだと食料供給が安定しないし、作物を育てていくべきかなと」


 女王陛下に確認したところ、幸いにも麦の種は港町に残っていたらしい。


 宝物庫の中にあったので、アリに盗られなかったらしい。種を宝物庫に入れていたのは、食料自体が貴重になっていたからと言っていた。


『でも畑を作っても黒虫が盗っちゃうんじゃない? ここには城壁もないし、ずっと守ってるわけにもいかないよ? 堀を作っても、いずれ黒虫が登ってきちゃう』

「わかってる。だからこの池を利用して水掘にする」


 畑の周囲に池とつながる堀を作ることで、常に水がたまるようにするのだ。


 そうすればアリは畑に近づけない、と思うのだがどうだろうか。


 あいつら海には入れないみたいだから、たぶん泳げないと思うんだけど。


「黒虫たちは水を浴びる程度なら平気ですが、池などに入っていた記憶はありません! 大丈夫なのではないでしょうか!」


 レティシアちゃんが俺の予想に太鼓判を押してくれた。


 彼女は元騎士団長でアリとの戦いの経験もあるそうなので、たぶん言ってることは正しいはずだ。


「じゃあさっそくだけど俺は畑を囲う堀を作るよ。エリサとレティシアちゃんは港町で少し待っててくれ」

『わかったわ』

「おわかりました。お武運を」

「レティシアちゃん、おをつければいいってもんじゃないよ」


 俺は二人を港町の城壁に置いた後、魔法でシャベルを出して池の近くに掘を作り始めた。


 畑の広さは庭の家庭菜園程度にするので、その完成予定地を囲うように掘っていく。


 まだ池と堀は繋げないようにして、堀が完成したら水を流す予定だ。


『おーい、スズキー』


 すると脳内に声が響くので、町のほうを向いて。

 

「なんだ?」

『あ、遠くでも聞こえるんだ! 試しただけ!』


 なおエリサ基準では遠くだが、俺からすれば数十メートル程度の距離である。


 ただ今ので分かったのだが、どうやら俺はエリサに呼ばれると彼女の場所が分かるようだ。


 姿が見えずとも、レーダーでも見ているかのようにあそこにいると確信できた。


 今は元からエリサが城壁の上にいるのは知ってるけど。

 

 続けて無言でザクザクと地面を掘っていく。少しは慣れたのか、昨日よりは少し早く掘り進めてる気がするな。


『あ、スズキ。レティシア様から伝言があるんだけど。王家の腕輪って、小さくなるサイズを変えられるんだって』

「え、そうなの?」

『らしいよ。他には手とかの一部だけ巨大化するとかもできるってー』


 今の姿と小人の中間くらいの大きさにもなれるのか。


 それなら町の中でも動けるくらいの巨人になるとか、色々と選択肢が生まれるな。


 もし町にいるときにアリが侵入した時、今の大きさになったら町を粉砕してしまう。


 でも半端な大きさで止まれるなら、街を壊さない程度のサイズになれるはずだ。


 試しに少しだけ小さくなるように念じると、視線がわずかに低くなった感じがする。


『おお、スズキがちょっと小さくなったよ!』


 どうやら王家の腕輪はかなりすごい代物のようだ。


 女王陛下もよくこんなものをくれたな。感謝しておこう。


 そうして俺は頑張って地面を掘って、昼頃には畑の周囲の堀が完成した。


 池と堀をつなげるように穴を開通すると、さっそく池の水が堀に流れ始める。


 そうしてすぐに堀全体を満たして見事に水掘になった。なんというか予想通りにうまく行って嬉しい。


 俺は港町まで歩いて、城壁に手をつけた。


「エリサ、レティシアちゃん。乗ってくれ」

『はーい』

「お承知しました」


 エリサとレティシアちゃんはフワリと空を飛ぶと、手のひらの上に乗ってくれた。


 どうやらレティシアちゃんも空を飛べるようだ。流石は元騎士団長。


 そして水掘りまで戻って、堀で囲んだ土地に手を置いて二人を降ろす。さらに俺も小人化した。


 これで小人三人が哀れにも、平地に取り残されたような恰好になる。


「あ、黒獄虫が来たよ!」


 さっそく少し遠くの黒虫が俺たちを見つけたようで、こちらへ向けて突撃してくる。


 だがしばらく水掘を前にして立ち止まった。アリは顎をギチギチと動かして、俺たちのほうを睨み続けるが。


「あっ! 逃げてくよ!」


 どうやら水掘には入れないようで諦めて去っていく。やはりあいつらは水に入るのが苦手なようだ。


 そんなことを考えていると、エリサがレティシアちゃんのほうを向いた。


「レティシア様! 私、レティシア様の誅殺空砲エアブラストが見てみたいです!」


 エリサは目を輝かせてレティシアちゃんを見つめている。


 まるで憧れのスポーツ選手にでも会ったかのようだ。


誅殺空砲エアブラスト?」

「レティシア様の必殺技よ! 風を固めて撃つ、不可視不可避必殺の魔法! 直撃した黒虫は手足をまき散らして即死! そしてその死体が吹っ飛んで、他の黒虫に当たってさらに殺すの!」


 殺意に満ちた一石二鳥みたいな魔法だな。いや一石二鳥も鳥を二羽殺してるわけだが。


 しかし風を固めて撃つとはまた恰好いい。アリのグロはあまり見たくないが、その魔法はぜひお目にかかりたい。


 だがレティシアちゃんは首を横に振った。


「危険のない敵に魔力を使うのはもったいない」

「さ、流石レティシア様……! 冷静! あの黒虫を殺せないのは残念ですが!」

「エリサがやるなら止めない」

「ほ、本当ですか!? じゃあ見ててください!」


 エリサはアリに向けて両手をかざし狙いを定めると、


火炎砲撃ブレイム!」


 エリサの両手から人の頭ほどの火球が飛び出して、堀の向こうのアリに襲い掛かった。


 火球はそのままアリに直撃して、嫌な臭いをさせながら燃やし尽くす。


「どうですか!? 自慢の魔法なんですけど!」

「強いと思う」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! あのレティシア様に褒めてもらえるなんて!」

 

 エリサは感激の声を出している。本当にレティシアちゃんに憧れてるんだな。


 そんなレティシアちゃんは死んだアリを憎悪の目で見つめていた。身体も小刻みに震えている。


 ……彼女もまたアリに悪い思い出があるんだろう。この世界で一番嫌われてる虫は黒いGではなくAと。


「とにかく実験は成功だな。じゃあ二人はまた港町まで送ろう」


 改めてエリサとレティシアちゃんを港町の城壁に送り、また作業を再開することにした。


 次は水掘で囲んだ土地を耕して、畑として使えるようにしないと。


 俺は水掘を乗り越えて畑予定地に足を踏み入れ、持っていたシャベルをクワへと変更する。


「よいしょっと!」


 そして地面をザクザクと耕し始めた。


 すでに腕が疲れ始めているが頑張る。出来れば今日中に畑を完成させて、明日には種まきを開始したいのが本音だ。


 ただ種まきは小人たちにやってもらわないといけない。種が小さすぎて俺だと掴めない……いや待て、サイズを調整すればいけるか。


 そんなことを考えながら耕し続けて、一日で水掘囲みの畑が完成したのだった。


 それと水掘を作っていて気づいたことがある。これさ、港町メーユまで伸ばして水路にできないかな?


 そうすれば小人たちも船を使って、この畑まで自力で来れるようになる。アリたちに襲われることのない安全な道ができるのだ。


 ただ町までは少し距離があるので、水路を作るなら最低でも一週間はかかるな。もう少し時間ができたら検討しよう。


 そうして港町に戻って寝て、翌日に小人を二百人ほど畑に運んできて、種まきをしてもらった。


 一か月後には小麦がとれるといいなぁ。

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