第10話 堀を作ろう
俺はさっそくシャベルを使って、港町メーユの周囲を掘り始めた。
とりあえず周囲を一回ずつ掘ってみることにしたが、小人とは言えども町なのでそれなりに広い。
ワンルーム以上の面積はあるだろうから、どうしても時間がかかってしまう。
まだ半分も終わってないが疲れてきた……やはり運動不足だなぁ。
『すごいすごい! こんなの街の人が総出でも、半年くらいかかりそうなのに! 見て、みんな驚いてるよ!』
城壁の上には小人たちが多く集まっていて、俺の掘った穴を眺めていた。
彼らに手を振ってみると、小さな叫び声が返って来る。
なんとなく応援されているのがわかるので、もう少し頑張ってみよう。
「そういえばレティシアちゃんってどういう子なの?」
掘り続けながら何気ない風を装って話をする。声は小さめ。
先日にレティシアちゃんがメイドになっていたのを、エリサが驚いてたので気になっていたのだ。
『……レティシア様はこの国の元騎士団長よ』
「あんなに若いのに? というか元?」
レティシアちゃんの見た目は高く見積もっても十四くらいだった。どう考えても若すぎる。
案外成人してたりするのだろうか? でも女の子の年齢は聞きづらい。
『レティシア様は叩き上げというか、担ぎ上げというか。いやちゃんと騎士団長に相応しい能力はあったんだけど……あの人、すごく魔法の才能があるのよ。戦乙女や風の救い手と言われててみんなの憧れなの。ただ……』
「ただ?」
『黒虫との決戦で、指揮した軍を大敗させてしまったのよ。八万の軍を率いてたけど生き残ったのは数百程度で、それからはレティシア様を見なくなったわ。女王様が騎士団長の座をはく奪したって話よ』
「おう……」
八万の軍で大敗してしまったら、流石に責任は取らされるか。
元騎士団長が俺のメイドとか恐れ多いのだが。
『そのあと、女王陛下とレティシア様が王城で口論したらしいの。レティシア様からすれば騎士団長に戻りたいだろうし、スズキのメイドをしているのは本意じゃないでしょうね』
まじか、覚えておこう。トラブルは御免だ。
とりあえずあまり仕事などはお願いしないように気を付けるか。
そんなことを考えながら、シャベルで港町の城壁周りを掘り続けた。そして港町に戻っての昼休憩を挟んで夕方になり始めたころ。
『すごいわ! 本当に一日で掘を作ってしまうなんて!』
俺は港町の周囲に浅い堀を作り終えることができた。
深さ十センチほどの堀で、小人の身長の二~三倍くらいだ。地球換算なら五メートルくらいの深さだろうか。
正直疲れたがやり遂げた感はある。
「よし、早速だが堀の防御力を試したい。小人化してから城壁の上で待機して、アリたちがどうなるか確認しよう」
『楽しみだね!』
そうして俺は小さくなって港町に戻り、女王陛下に説明してから城壁に登った。
なお女王陛下は胃のあたりを押さえていた。試しと言えども港町がアリに襲われるのは心臓に悪いのだろう。いや胃に悪いのだろう。
ただ俺がいるから大丈夫だ、元の大きさに戻れば、アリなんて瞬殺できる。
しばらく見守っていると、数匹のアリが港町に近づいてきた。
アリたちは堀の前で止まると、しばらく逡巡した後に進み始めた。そしてゆっくりと堀の穴へと降りていく。
最下層までたどり着いて登り始めるが、堀の角度がキツイのもあってか中々登れていない。これなら登りきる前に矢などで狙い撃ちするのは容易だろう。
しかも堀を乗り越えてもその先には城壁があるからな。
「これなら大丈夫そうだな?」
「そうだね。矢でもあれば簡単に落とせそうだし! うふふ……黒獄虫が無様にもがいてる!」
エリサがいい笑顔で少し震えている。この少女、少しS気があると思う。
アリに散々な目に合わされてるので仕方ないか。
「う、うわぁ……黒獄虫がもがいてる……」
「こ、ここまで登ってこないよな!?」
他の兵士たちはおびえているので、やっぱりエリサだけが異常なようだ。知ってた。
ひとまず堀が役に立ちそうなので、これでここの防衛力は上昇しそうだ。
俺がいないときにアリが攻めてきて、少しは耐えられるのではないだろうか?
とりあえずもうアリに用事はないので、巨大化して足のつま先でプチッと潰した。
そしてまた小人化して達成感と共に港町に入る。ちょうど日も暮れ始めて晩飯時だ。
いやー、今日は頑張ったな。あとは魚のスープあたりを食べて……と思っていたのだが、港あたりが騒がしい。
なんだろうと近づいてみると、女王陛下が大きな声で叫んでいた。
「今日は漁がうまく行かず、炊き出しはできない! 明朝にまた船を出すから我慢してくれ!」
…………そうか。不漁ってことも普通にあるよな。
食料問題がひとまず解決したと思い込んでいたが、決してそんなことはなかった。まだまだ余裕がないのだ。
だが集まった人々は特に不満げな様子もなく、仕方ないなー的な雰囲気を出している。
「今日は不漁だったのかー。別に明日の朝に食べられるからいいけど」
「一日に一食だけでも天国だよなー」
「そもそもまともに食べられる物ってだけでなー」
地獄を味わった者たち特有の感想にしか聞こえない件。
うん、こんな悲惨な心持ちを続けさせてはいけない……! 安定した食料供給が急務だ!
とは言えどもどうすればいいのだろうか。陸地はアリたちに食い荒らされてるし、海は漁で頑張ってもらうしかない。
俺が近場で漁をするのも短期的にはいいとは思う。ただ環境破壊になって、近くの魚が減っていきそうだ。
かといって遠く離れると今度はこの町を守り切れない恐れがある。そもそも漁だけで安定した食料供給が難しいわけで。
そうなると……。
「畑でも作るか? ただ収穫がだいぶ先になってしまうんだよな」
食料問題が急務の状況では畑を作っても解決しない。
畑自体を作ってアリから守る案はあるのだが、今の問題の打開策にはならないのだ。
「そうだよね。一か月も畑をアリから守るのは難しそうだし……」
「ん? 一か月ってどういうことだ?」
「え? 麦を植えてから実るまで一か月もかかるじゃない。その間、アリから畑を守るのは難しいでしょ?」
当たり前のように返してくるエリサ。
お互いに首をかしげながらさらに会話を続ける。
「……一か月で麦が育つのか?」
「育つでしょ?」
「一か月って三十日だよな?」
「当たり前じゃない」
…………この世界、どうやら作物の成長が異常に速いようだ。
これならいけそうだ! 畑を作ろう!
----------------------------------------
すみません。魔法で出せる道具の条件ですが、持てる重さではなくて動かせる重さに修正しました。
直し忘れてたので……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます