第9話 巨大シャベル


 俺は元の姿に戻って、港町に接近してきたアリたちを踏み潰していた。


「うおおおおおぉぉぉ! 黒獄虫が潰れてる!」

「ざまぁ見やがれ!」


 耳をすませば町の城壁の上から小人たちの歓声が聞こえてくる。


 ものすごく興奮しているようで、壁の足場ギリギリまで近づいてるのが落ちそうで少し怖い。


「危ないから少し離れなさい。落ちるぞ」


 城壁に向けて告げると小人たちは一斉に少し下がった。大勢に声が届くのって便利だな。


「アリどもめ、ちょくちょくやって来るな……」

『この港町メーユ、完全に狙われてるわよ』


 俺の肩に立っているエリサが、風で流れる髪を手で押さえている。


 相変わらず怖くないのだろうか? 彼女視点なら高層ビルの最上階ほどの高さにいることになるのだが。


 空飛べたとしても怖いと思うんだけどなぁ。俺は床がガラス張りの十階建てビルでも、下を見たらすごく怖かった記憶がある。


「なあ俺の肩に立って怖くないの?」

「怖くないわよ。精神汚染魔法で恐怖を消してるもの。ただこの魔法、それなりに難しいから使える人少ないのよ。もっとみんな使えたらいいのにね」


 絶対ヤバいやつじゃん。サラッと地獄みたいな重みを出すのやめて欲しい……聞かなかったことにしよう。


「しかしキリがないな。どこから湧いてるか捜索して、巣を潰せればいいんだが……」


 アリを一匹ずつ潰しても徒労でしかない。


 駆除するなら巣を潰さなければ意味がないだろう。今ほどアリコロリとかの害虫駆除グッズが欲しいと思ったことはない。


 だが巣を探しに行くというのは無理そうだ。俺がこの町を守らなければ、またすぐに陥落しそうだし。


 と言うのも小人たちはみんなボロボロというかヒョロヒョロというか。ようは食べ物が足りてなくて、まともに力が出せなさそうなのだ。


 戦える状態ではないだろうし、俺がメーユから目を離すのは避けたい。そうなるとここから離れられないので、アリの巣の捜索は無理ということになる。


『本当に黒獄虫は巣に人を持ち帰ってるの? あいつらを追う余裕なんてないから、今までどこに帰ってるかわからなかったのだけど』

「おそらくな。あいつらは俺の知ってるアリって虫に似てるんだ」


 違うのは主に大きさとか、あとは麻痺毒もなかった気がする。


 だが獲物を運んで持ち帰る習性や泳げないなどは共通点だ。あとは見た目もそっくりだし。


 つまり黒獄虫は地球のアリと同じように、どこかの地中に巣穴を作っている可能性が高いと思う。


 そのアリの巣を粉砕してしまえば、あいつらもいなくなるのではないだろうか。少なくとも際限なく増えはしなくなるだろう。


 ……複数の巣があるかもしれないが、それでも近場のアリは減らせるはずだ。


『あいつらも虫だもんね。巣がありそうだとは思う』

「だろ? だからアリ、いや黒獄虫の巣を潰したい。そのためには俺がいなくても、メーユである程度守れるようになって欲しいんだよな」


 このメーユという港町は、陸部分は城壁で囲まれた城壁都市ではある。


 なのでベリアルデ王都と防衛力自体はそこまで劣らないはずだ。どんな城が固いとかの造りは詳しく知らないから憶測だけどな。


 問題はベリアルデ王都も俺がいなければ陥落しただろうから、メーユの防衛もそこまで信用ならないことだが。


 ただ城門はひとまず土で埋めているので、王都と同じように落とされることはないはず。


 海から攻めてきたら知らないけど、アリどもはそんなの無理だろ。


『巨獣が来たら、現状だとスズキがいないと無理だけどね』

「あー……あの犬か。確かに」


 遠目で見たがあの犬は小型犬くらいのサイズはあった。城壁よりも高いのでたぶん飛び越えて港町に入ってきてしまう。


 俺なら小型犬一匹程度に負けはしないだろうが、小人からしたら城壁より高い怪物だからなぁ……。


 ……この世界では小型犬でも恐ろしい存在になってしまう。


「うーむ。やっぱり港町の防衛力を上げないとどうにもならないな……シャベルでもあれば掘でも作れそうなんだけど」


 堀は城の防衛設備で、ようは都市を囲む大きな穴だ。


 アリなら壁なども登れそうな気がするが、たぶんこの世界のあいつらは登れないっぽい。理由としては昨日、あいつらは城門を破っていたからだ。


 もし壁を簡単に登れるならそんなことをする意味はない、と思うのだが。


「黒獄虫は壁を登れないよな?」

『登れはするよ』

「……まじ?」

『うん。でもあまり上手じゃないみたいで、ゆっくりしか登れないの。それに矢とか当てれば落ちて死ぬ。だから黒虫は城門を破って入ろうとするの』


 それなら掘はアリにも有効ではありそうだ。人だってハシゴをかけて城壁とか登ろうとするし、堀も城壁も絶対に敵を防げるものではない。


 あくまで時間稼ぎというか、登って来る隙をついて殺すためのものだ。


 やはり堀だ、それなら俺でも作れるし。小型犬に効果があるかはわからないが、アリの侵攻を妨げるだけでも意味はあるだろう。


 ただ素手だと難しそうなんだよな。


「シャベルがあればなぁ……」


 特に小型犬が飛び越えられない堀となると、それなりに深くて大きい穴が必要だ。


 穴を掘る道具が欲しいが、この世界で俺が使えるようなサイズのシャベルがあるはずがないし。


 ちなみに小人化している時に持っていた物は、巨人に戻っても特にサイズは変わらないらしい。


 あくまで小人化した時にサイズを縮めた物が、元の大きさに戻るだけのようだ。なので俺の着ている服や靴などは小さくなったり大きくなったりすると。


『シャベル? 魔法で用意すればいいじゃない』


 悩んでいるとエリサが何気なく告げてきた。


「魔法で用意? どういうことだ?」

『魔法で武器を作り出すのよ。こんな感じかな。我が願いよ、望外となりて象れ』


 エリサの手元に光が集まり、弾けて小人サイズの剣が出現していた。


『この魔法、正直使い勝手は悪いわ。まず自分が動かせる重さの物しか出せない。この時点で魔力のほかに腕力が必要なのよ』

「もうその時点でかなり使いづらいな……」

『それに自分の身体から離れたら即消えてしまうから、武器を出す魔力で火の玉の攻撃でもした方が強い。はっきり言って要らない魔法よ』


 エリサがポイと放り投げた剣は、光の粒子となって消えてしまった。


 確かに戦闘においては微妙かもしれない。剣がいくらでも使えると言えば聞こえはいいが、魔法使いなら魔法で攻撃したほうが強いとなるわけで。


 しかもこの世界において戦いとは黒獄虫だ。近接武器より遠距離のほうが絶対強いわな……。


『でもその分すごく簡単な魔法で、魔法の素養があれば子供でも使えるわ。貴方なら巨大な武器になるんじゃない?』


 確かにエリサの言う通りだ。


 巨人の俺が自分に合うサイズの武器を出せれば、この世界においてはかなり強力だろう。


 シャベルで山すら破壊できるし、川を土で埋めることも可能かもしれない。地図を変えられるほどの力になる。


「エリサ、やり方を教えて欲しい」

『いいわよ。と言ってもかなり簡単だけどね。まずは魔力……手の平になんかこう、パワーを集めるの』

「パワーを集める」

『次に集めたパワーを、ごばー! ってやってからさっきの呪文を唱えるの!』

「ごばー」


 やばい。抽象的過ぎてまるで分からん……。


 とりあえずやってみよう。えーっと、手のひらになんかこうパワーを集める。


 それで次にごばー……ごばー? よくわからないから右手を思いっきり振ってみた。


「我が願いよ、望外となって象れ!」


 すると俺の右手に長いシャベルが出現し……いや違う。先端部分がすごく平たい、これ船をこぐのに使うオールだ。


 び、微妙に違う……!


『ダメよ! 最後にごばーができてないから、形状が変わってしまったの!』

「ごばーってなに」

『ごばーはごばーよ! ほら力を放出する感じの! ごばーじゃなかったらざばーなら分かるわよね!』

「まったくわからない……」


 あまり他人を悪く言うのはよくないのだが、エリサは教えるのが下手だと思う。


 ごばー、ざばーで分かるほど俺は魔法なんて知らないんだよ!


 どうしようか迷っていると、城壁の上から小さな声がした気がした。視線を向けてみると、メイド服を着たレティシアちゃんが立っている。


「魔力をお手のひらに集めた後、それを伸ばして望むお形状にしてください! 脳裏に造りたいものをお思い浮かべながらするのがポイントです!」


 耳を澄ますとレティシアちゃんの叫び声が聞こえてきた。


 ……もしかして俺のしゃべり声が大きすぎて、港町の中まで丸聞こえなのか!?


 微妙に恥ずかしいな、騒音になりそうだし今度から小さい声で話そうかな。


 なにはともあれレティシアちゃんの言う通りに、再び魔力を手のひらに集める。次にシャベルの形を考えながら、集めた力をその形状にするみたいなイメージ。


 具体的には小麦粉を練る感じでイメージしてみる。


 すると俺の手元にあったオールが変化し、先端が平たい板からシャベルの形状になった。


「やった! 魔法が使えたぞ!」

『今回はごばーってできてたわね! 私のおかげね!』


 エリサのアドバイスは残念ながら役に立たなかったのだが、別に言う必要もあるまい。


 レティシアちゃんにお礼を言おうとすると、彼女はすでに城壁の上から消えていた。


 …………なんか不思議な少女だなぁ。


 さてまずは試し掘りだ。港町から二メートルほど離れた地面を、シャベルでザクッといってみる。


 地球と同じようにあっさりと穴が掘れた。


『すごいすごい! 今の一掘りの穴、私たちなら一日くらいかかりそう! これなら簡単に周囲に掘を作れそうね!』

「そうだろ? よしやるか!」


 スーツの上着を脱ごうとして、かける場所がないのに気づいた。港町の一部を覆い隠せるくらいの大きさなので、その辺に雑に置くわけにもいかない。


 ……汚れちゃうけど魔法で洗えるみたいだからいいか! 諦めてスーツを着たまま作業をすることにした。


 ちなみにこの魔法。後で色々試したのだが、銃とかクレーン車とかスマホを作るのは無理だった。


 いや正確に言うと銃とスマホは作れたのだが、ガワだけで弾も出ないし電源もつかない。


 クレーン車はそもそも出なかったが、リアカーは作れたし車輪も動く。


 おそらくだが機械のような複雑な造りはダメなようだ。


 頑張ったら火薬とか作れそうだけど……持ったまま爆発はさせられないし、手から離したらすぐ消えるから意味なさそうだ。


 残念ながら爆弾無双は無理か。そもそも危ないから問題なく出せたとしても、使うかどうかは怪しいが。


 後は服や防具なども作れたので、スーツが破れたら魔法で作るというのも選択肢かもしれない。



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腕力が判定に必要な魔法とかいう。



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