第8話 ようやく一息


 俺は案内された領主屋敷で一晩過ごし、この世界に来てからようやく一日が経過した。


 目が覚めたのでベッドから身体を起こす。ちなみに寝間着は中世のチュニックに似た衣装をもらって着ていた。


 しかし昨日はいろいろと頑張ったな。虫たちを大量に潰して、小人たちの街単位の引っ越しに漁にと色々やったな。すごく密度の濃い日だ。


 ただすごく働いているように見えるけど、地球だと下手をすれば庭仕事で終わりそうなくらいの動きである。


 なにせ害虫を駆除してバケツで水運びして、植物に水をやるのとそこまで変わらないからな……この世界が小さいせいで色々と狂う。


 ちなみに与えられた領主屋敷は豪華な作りで、家具なども明らかにお高そうなものだった。金や銀の飾りなども普通に残されている。


 どうやらアリたちは調度品などには興味がないようだ。


 そんなことを考えていると扉をノックする音がしたので、「どうぞ」と返事をすると。


「おはようございます、スズキ様。お召し物のお洗浄がお終わりましたのでお返しします」


 レティシアちゃんが俯きがちに入ってくる。足が床から数センチ浮いているため、歩かずに平行移動してくるの少し不気味だ。


 ホバー移動ってやつなのだろうか。


「えっと。どうやって浮いてるの?」

「風魔法です。お召し物をおどうぞ」


 彼女は俺にスーツの上下を渡してきたので受け取る。


 なにやらこの世界には服を洗う魔法があるようで、水洗いなどしなくてもいいそうだ。おかげでこれからもスーツを着続けることができそう。


「朝食のお用意ができておりますので、後でお食堂へいらしてください。女王陛下もお待ちです」


 そう言い残すとレティシアちゃんは頭を下げ、腰まで伸ばした銀髪を揺らしながら部屋から出ていった。


 女王陛下を待たせるのもよろしくないので、急いで彼女の後を追って食堂へと着く。


 すると女王陛下とエリサがすでに食卓に着いていたので、俺も急いで同じようにした。


 エリサと隣り合わせで、女王陛下とは対面する席だ。


 少し不純な考えではあるのだが、朝から美少女二人に囲まれるのは悪い気がしない。


 食卓に並んでいるのは昨日と同じく、魚介のスープだった。ただ俺の席にだけ焼き魚がついている。


 どうやら俺だけ特別扱いしてくれているようだが正直気まずい。


「えっと。エリサ、この焼き魚少しいる? 女王陛下もどうですか?」

「いいの!?」


 エリサはすごく目を輝かせている。


 彼女らは二人とも痩せすぎなので、もう少し食べさせてあげたい。


「私は結構です。胃の調子も悪いですし……」


 女王陛下は手で腹を押さえながら告げてくる。


 胃痛と王様は結び付かないイメージだったのだがなぁ……。


「じゃ、じゃあ私が半分もらってもいい!?」

「骨があるから気を付けるんだぞ」

「わかってるわ! しっかりかみ砕くから!」

「違うそういう意味じゃない」


 だがエリサは特に骨を取りもせず、普通に魚を食べ始めてしまった。

 

 大丈夫か? 喉に骨が刺さったらつらいぞ?


 そんなことを考えていたら女王陛下が頭を下げてきた。


「巨人様、まずは昨日のことに改めてお礼を。貴方のおかげで我が国の滅亡は免れました。どれだけ感謝してもしきれません」

「いえいえ大したことはしてません」


 客観的に見ればと大したことはしてるとは思う。街の大移動に大量の魔物殺しに漁だからな。


 だがそれは小人基準だから凄いことであって、俺自身としては庭仕事に毛の生えた程度のものだ。


「大したことよ! だって大きいんだもの!」

「違うそういう意味じゃない」

「私たちには不可能なことでした。なんにしてもお礼申し上げます。なにか欲しい物はございますか? と言っても食料はこの通りでして、金銀財宝程度しか渡せませんが……」


 金銀財宝って普通にすごいお礼だと思うのだが。


 余裕もないだろうに、そんなモノもらっていいのだろうか? 


 どう返そうか迷っていると、エリサが眉をひそめて口を開いた。


「そんな石クズもらっても役に立たないですよ女王様。お腹も膨れないし役に立たないですし、お金なんてただの硬い石じゃないですか」

「そうですよね。ただ服や鉄などは街にも必要で……いえどうしてもと言うなら差し上げますが……」

「え? お金が硬い石? どういうことですか?」


 今の話を聞く限りでは、この世界も人の文化は同じに思われる。なら金銀が石クズ扱いとはどういうことだろうか?


「少なくとも私たちの国では、もう物々交換と配給が基本でして……」

「金銀なんて食べられないし、道具にも使えないじゃない。あんな光るだけの石に価値ないわよ」


 この世界ではもう貨幣経済が成り立ってないのか……確かに金銀ってあまり使い道ないだろうけども。


 アリなどが徘徊して生活必需品や食料が足りない世界では、貨幣経済がぶっ壊れるのか……。


 思った以上にひどい世界だな。もう生きることに精いっぱいという感じだ。

 

「お礼は結構です。それよりもこの世界について、色々と教えていただきたいです。昨日も少し聞きましたが理解できてないこともありまして」


 彼女らは生きることに精いっぱいだ。無理やりお礼をもらう必要などない。


 それよりも自分の現状を知りたいところだ。


「わかりました。と言っても、昨日の話と同じ内容が多いですが……」


 女王陛下は世界の現状を語り始めた。昨日は焦っていたので、改めて確認するのも重要だろう。


 主な点は四つだ。


 1.ブラクア帝国という最東の帝国が、全世界に宣戦布告したが黒獄虫たちに滅ぼされた。そのせいで世界中がひどいことになっている。


 2.黒獄虫は牙にしびれ毒を持っていて、人間を襲っては持ちかえっている。


 3.黒獄虫の他には巨大な獣などもいて、彼らは何故か互いに争ったりしないらしい。


 4.ベリアルデ王国はこの大陸の端の方なので、この世界の七割以上は黒獄虫の支配領域な可能性が高い。特にこの大陸はもう九割がた占領されてる。


 ただこの情報が全て確実とは断言できないとのこと。彼女らも自分の身を守るのに必死で、またアリたちが徘徊しているので外に出れていない。


 なので外界の様子は、特に最近はまるでわかっていないらしい。


 例えば黒獄虫が人を連れ去るのは知っているが、どこに持ちかえっているかはわからないとのこと。たぶん巣だろうけど。


「アリ……じゃなくて黒獄虫や巨獣はどこからどうやって現れたのですか?」

「わかりません。初めは大量の黒獄虫が出現し、その数年後から巨獣たちが現れ始めたそうです」

「召喚魔法で呼んだのではないですか?」

「それはないわ。一匹二匹ならともかく、あんな大勢を魔法で呼べるわけがない! 魔力が絶対に足りないもの! 召喚魔法は重さや数に応じて力が必要なの。鈴木を呼ぶのだって不可能だったのよ。奇跡的に雷が落ちたからで」


 俺の予測をエリサが否定する。


 俺が召喚されたときに雷が落ちたのか。雷ってなんかすごいエネルギーっぽいもんな。


 そして召喚魔法は重さや数基準と。だとすればあそこまで大量のアリを呼ぶのは現実的ではなさそうだ。


 そうなるとあのアリたちは、どうやって現れたか不明の謎の生物というわけか。ブラクア帝国が滅んだなら事実を知る術はなさそう。


 実は宇宙から来たエイリアンとかだったりするのだろうか。ほら映画とかでよくある未知なる生物的な……見た目がアリっぽいのが気になるが。


「じゃああの犬……じゃなくて巨獣は? 昨日、遠くで街を見てたやつ」

「あんな大きさも普通は無理よ。貴方くらい魔力があればできるかもしれないけど。それにあんな巨体を当時に帝国が召喚したら、周辺国が流石に気づいてたわよ」

「俺はそんなに魔力が多いのか」

「だって大きいもの。貴方ほどならば、魔術を極めれば巨人を召喚することも可能かもね?」

 

 考えてみれば体が大きいほど魔力が多いのは、ある意味当然なのかな?


 ほら小人に比べたらなんでも多い。例えば体内に流れる血の量だって圧倒的なわけだし。


 ただ俺のほかに巨人がいるという線は薄そうだ。この世界で俺ほど大きい者が現れたらその時に絶対わかるだろうし。


「ありがとうございます。なんとなくこの世界の状況はわかりました」


 ようやく整理できたという感じだ。とりあえず絶望的な世界だということがわかった。


 それとたぶん地球に戻れなさそうなこともだ。召喚されたのが雷が落ちるという奇跡なら、再現も難しいに決まっている。


 そして俺を召喚したエリサを責める気にもなれない。生きるか死ぬかの状況で、さらに今も生きることに必死で余裕がないのだ。


 食う物すら困るような状況下だ。たぶんそこまで気にしている余裕などないからな。


 わざわざ話題に出して、エリサに罪悪感を与えるのは避けよう。どうせ地球に大した未練もないしな……両親は他界してるし友人はいなくなった。


 アパートを借りている大家さんには申し訳ないが、こればかりは許して欲しい。


「いえ、こちらこそお力になれてなによりです。そ、それであの、ものすごく身勝手なのは承知しているのですが……よろしければ今後も助けていただきたいのです」


 女王陛下は机に頭をこすりつけ、俺にお願いしてきた。


「お願い! 貴方がいないと無理よ! この町もいずれ陥落するに決まってる!」


 エリサもすがるように俺を見てくる。


「もちろんです、これからも助けますよ。まずはこの町を防衛しつつ、色々と手伝っていければと思います」

「……っ! ありがとう、ございますっ……!」

「ありがとう! 貴方を召喚して本当によかったわ!」


 女王陛下は涙を流しながら喜び、エリサはホッと胸をなでおろしている。


 その二人の姿を見て、内心喜んでいる自分がいたのだ。


 もちろん彼女らを放置できないこともある。だが俺はどこかでこの展開を望んでいたんだ。誰かの助けになることを。


 彼女らを救うことができれば、大勢の命を助けることになる。


 我ながら酷い人間だ、浅ましい。だけどこの内心は彼女らには関係のないことだ。


 俺は全力を尽くして小人たちを救う。今度こそ人に嫌われるんじゃなく、役に立つことをしてみせる。


 そうすればきっと……子供の頃の自分や死んだ両親に顔向けできるから。


 俺は人を不快にさせるんじゃなくて、助けているんだって。



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タイトルからサブタイトルを消して短くして、さらにあらすじも短縮しました。

これで読みやすくなってるといいのですが。


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