第12話 筋肉痛


 昨日は地面を掘るわ耕すわでかなり疲れた。


 やはり人間というのは適度な運動が必要で、過剰なのはよろしくないのだ。もう少し後先を考えてやるべきだ。


 つまり何が言いたいかと言うと……筋肉痛で全身が痛い。


「やべぇ……立ち上がるのしんどい……」


 俺はもらった屋敷の自室のベッドで、絶賛筋肉の反逆を受けていた。


 普段使わない筋肉を酷使したせいだろう。今日は労働反対と言わんばかりだ。


 するとコンコンと扉がノックされて、レティシアちゃんが中に入ってきた。


「おはようおございます、スズキ様。どうかおされましたか?」


 相変わらず敬語がおかしいが気にしない。そんなことより筋肉である。


 今更だけど朝に美少女メイドが起こしに来てくれる生活だが、今の俺にはそんな余裕がない。


「おはよう……ちょっと身体が痛くてね。ほら筋肉痛というか」


 なんか筋肉痛に効く魔法とかないだろうか。そんな淡い期待を込めて告げる。


「それは一大事ですね。マッサージ致しますので、ベッドにお寝転がってください」

「いいのかい?」

「もちろんでおざいます」


 敬語のミスは指摘しないでおこう。美少女のマッサージと聞いてどうしても受けたくなった。


 ほら筋肉痛がひどくなると町を守れなくなるし、とか内心で言い訳しつつベッドに寝転ぶ。


 するとレティシアちゃんが腰を指で押してくる。結構効く。


 手持ちぶさたなので少し話してみようかな。あまり彼女のことを知らないし。


「上手だね。慣れてたりするの?」

「お父上によくやってましたので」

「そっかー、お父さんは元気かい?」

「黒獄虫に殺されました」

「……ごめん」


 俺のバカァァァァァァ!? この世界がハードモードなのを忘れてた!?


 今後は肉親とか友人とかの話は気を付けよう……地雷がめちゃくちゃ埋まってそうだ。


 そしてしばらくマッサージを受けよう、と思ったら扉が勢いよく開き、エリサが駆け込んできた。


「大変よスズキ! 町に黒獄虫が攻めてきたわ!」


 おのれアリども、空気を読めよ。だから嫌われるんだよ。


 仕方がないので屋敷を出て、エリサに飛行で運んでもらっていると、城壁の上に大勢の兵士が立っているのが見えた。


 彼らは全員が騎士甲冑を着ていて、普通の一般兵よりも上等な装備だ。


 明らかにエリート部隊とかに思えるのだが、彼らは妙にアリにおびえているように見えた。


「ついたわよ! もう限界だから離すわね!」


 だがエリサの叫びと共に思考を中断。町の外の空を落ちていく中で、巨人化してズシンと地面に着地した。


 黒虫は三十匹くらいの半端な群れだった。なんとも微妙な数に余計に腹が立つ。


「どうせならもっと大勢で来いよ……」


 怒りに身を任せてアリどもを踏みつぶしていく。


 身体中の筋肉が痛いのであまり歩きたくないのに。潰し終えたので城壁に手を伸ばして、すぐに小人化した。


「ぐっ……身体が痛い……」


 思わず顔をしかめていると、エリサが空から飛んできた。


「まるで強敵と戦った後みたいなセリフだけど、まったく苦戦してないじゃない」

「いや苦戦はしたよ」


 主に自分との戦いと言うか、筋肉痛のせいだが。


 そんなことを考えていると、城壁の上にはまださっきの騎士甲冑の人たちが残っている。


 彼らは俺を複雑そうな表情で見つめてきた。微妙に居づらいのでさっさと階段で城壁から町へと降りた。


「なあエリサ。さっき城壁の上にいた人たちって何者だ? 一般兵には見えないけど」


 町の中を歩きながら、隣にいるエリサに聞いてみる。


 町民たちはまた大半が寝ているか漁に出ているようで、歩いている人はほとんどいない。


「竜爪騎士団よ。この国唯一の騎士団にして最高戦力」

「となるとレティシアちゃんが騎士団長をやっていたところ?」

「そうよ。レティシア様は《ベリアルデの竜口》とか《救いの風神》って言われてるのよ! 前も言った気がするけど、本来ならスズキのメイドをする人じゃないんだから」

「竜爪じゃなくて?」

「竜爪って呼ばれた人たち、入れ替わり立ち代わり戦死したのよ。縁起が悪いからやめたみたい。後は風魔法だから口のほうが合うとか」

「おう……」


 油断すると話に死人が出てくるこの世界は地獄だ。


 というか地雷回避不可能な気がする。なるべく踏まないようには気を付けるけど。


「しかしエリート部隊にしては、士気が低かったような気がするんだが」

「だって一年前に主力がみんな死んじゃったのもあるけど、なによりレティシア様がいないもの。あの人は騎士団の、いやこの国の希望だったの! なのに女王陛下はそんなレティシア様を、騎士団長から外してしまったのよ。それで兵士たちも気落ちしてるし……」


 エリサは明らかに不満げな様子だ。


 うーん、女王陛下は頑張ってるので悪口をあまり言いたくはない。でも話を聞くと失策な気がするな。


 確かにレティシアちゃんは八万の軍を大敗に導いたかもしれない。本来なら責任を取らせるのは間違っていない。


 だがこの国の希望とまで言わしめる少女なら、それでも迂闊に騎士団長から外してはダメだったのかも。


 実際士気がダダ下がりなわけだしな。


 ただ大敗となれば責任を誰かに取らせる必要もあるわけで、そうなるとトップである騎士団長は逃れられないだろう。簡単な話ではないのだろうな。


「レティシア様はすごいのよ! 三年前にわずか十歳で黒虫を薙ぎ払って、その強さで平民から騎士団長にまで駆け上がったの! あの人のおかげで、黒虫に抵抗できていたと言っても過言じゃないくらい!」

「……えっ? じゃあレティシアちゃん十三歳なの!?」

「そうよ。だからすごいのよ!」

 

 まじか。思ったより二歳くらい若かった。


 そんな少女にマッサージさせてしまっていたと思うと、微妙に罪悪感が……。


「あー……しかし身体が痛い。魔法でなんとかなったりしない?」

「無理ね。諦めて今日は休んだら?」

「そういうわけにもいかないだろ」


 この世界での一番の強敵は筋肉痛かもしれない。とりあえずアリよりは厄介だ。


 仕方がないので筋肉痛を我慢しつつ、畑から港町への水路作りを試してみるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る