第34話 犬の討伐


 レティシアちゃんたちと相談してから三日後。


 港町の近くで畑を広げていたところ、また小型犬がやってきた。


 奴は相変わらず俺から数十メートルほど距離を取って、遠巻きに見張るように立っている。


 しかしなにが目的なのかはよく分かっていない。


 これが黒獄虫ならば町を襲って、人を餌にするつもりなんだろうなと分かるのだが。いやまあ実際は違ってたけども。


「エリサ。あの巨獣は人を食べるのか?」

『食べたところは見たことないわね』


 エリサは俺の肩に座っていて、レティシアちゃんも真似をするようにしていた。


 狼ならばともかく、犬は人を食べないイメージだが合っているようだ。そうなるとあの小型犬の目的がやはり分からない。


 ……いや考えても分からないか。黒獄虫だってそうだったし。


 とりあえず二人とも準備は万端そうなので、まずは小型犬の討伐に集中することにしよう。


「じゃあ二人とも手筈通りに頼む」

『わかってるわ。スズキもちゃんと当てなさいよ』

「大丈夫です、スズキ様なら当てられます」


 レティシアちゃんはエリサの腰を掴むと、フワリと俺の肩から飛び去った。


 そして小型犬の方へと向かって行き見えなくなる。二人とも虫みたいに小さいから、少し離れられたらもう見えなくなってしまう。


 ここからは小型犬の一挙一動を見逃してはダメだ。攻撃の機を逃してはならない。


 ちなみにエリサとは離れていても会話できるので、彼女らの攻撃のタイミングを聞くことは可能だ。


 だがそれもしないようにしている。何故かと言うと小型犬がエリサの声を聞いて、攻撃を警戒されたら困るからだ。


 なので土をクワで耕すフリをしつつ、意識はずっと小型犬に集中。


 そしてしばらく待っていると、


「きゃん!?」


 小型犬が悲鳴のような叫びをあげてのたうち回っている。


 どうやらエリサの火魔法による奇襲が成功したようで、小型犬は完全に俺から注意を外していた。


 俺は小型犬に向けて手を向ける。このチャンスを逃してはならない。


 さっそく手のひらに風球を作り出して、投げつけるイメージで小型犬へと飛ばす。


 だが風球は小型犬から1メートルほど離れた場所に被弾する。やはり狙うというのは中々難しい。


 だがここまでは想定内だ。俺は小型犬に向かって走りながら、さらに追撃の準備をする。


「一発じゃ当たらなくても、数撃てばどうだ!」


 俺は手のひらに再び風球を作成する。だが先ほどと違って、五個の球が出現していた。


 レティシアちゃんから提案されたこと。それは一発の命中精度を上げることではなくて、複数の球をばらまくことで当たる確率を上げることだった。


 ようは散弾もどき。そしてこの考えは合理的だ。


 なにせこの魔法は風魔法では一番弱い魔法なのだ。巨人の俺が使うから相当な威力になってるだけで、実際は小人も殺せぬほどの威力だ。


 弱い分だけ魔力消費も少ないので、そもそも一発にこだわる必要はなかった。


 ようは下手な鉄砲も数撃てば当たるということだ。


 俺の放った五発の風球は、小型犬のほうに向かって行く。悲しいことに四発は的外れの方向に飛んで行ったが残りの一発は真っすぐ進んでいき、


「きゃん!?」


 小型犬の顔面へと激突して、数メートルほど吹っ飛ばす。


 地面に転がって倒れる犬を見てると、なんとなく動物虐待みたいに思えてきた……。


 いやこれは仕方ないんだ。地球では可愛い犬だが、この世界においては町を踏みつぶす巨獣なのだから。決して虐めているわけではない。


 ……でも殺すのは可哀そうだな。飼えないかなと思いつつ、気絶した小型犬に近づいていく。


『やったわねスズキ! 巨獣を討ち取ったわよ!』


 エリサはレティシアちゃんに抱きかかえられたまま、俺の肩の横に飛んできて着地した。


 怪我もなさそうでなによりだ。


「二人ともありがとな。おかげで巨獣を倒すことができた。流石は凄腕の魔法使いだ」

『ふふん! もっと褒めなさい!』

「そ、それほどでも……」


 エリサが胸を張って、レティシアちゃんは照れたように視線を逸らす。


 なんとも非対称な態度の二人だが、タッグとしての相性はかなりよさそうだ。


 そんなことを考えながら気絶している小型犬の側までたどり着く。


 ……どうするかな。このまま俺が炎魔法を放てば簡単に殺せるだろう。


 でも前の中型よりも可愛い柴犬系の小型犬……物凄く殺しづらい。いや殺さないと港町が危ないからダメなのだが、それでもできればやりたくないのが本音だ。

 

 そもそも前の中型犬だって好んで殺したわけではない。襲ってこられたから選択肢がなかっただけで。


 すると小型犬がわずかに小さな身体を震わせた。


 あ、ダメだ。寝顔がすごく可愛くてやっぱり燃やすの可哀そうすぎる……。


 ううむ、なんとかこのワンちゃんを殺さずに済む方法はないものか。


 俺が魔法で首のリードを作って飼う……ダメだ、俺が手を離したら消えてしまう。


 木の柵で囲った場所で飼う、のも難しいか。この世界の木は基本的に雑草程度の大きさなので、このワンちゃんが飛び越えられないような木の柵は作れない。


 ワンちゃんにいうこと聞かせる方法があれば……ん? 待てよ?


「……なあエリサ。俺を召喚した時にさ、隷属の魔法とか言ってなかった? 本当にあるなら、この小型犬にかけられないか?」


 今まであえて気にしていなかった。だがエリサが俺に初めて話しかけてきた時、確かにこんな感じのことを言っていたのを覚えている。


 気にしていなかった理由は、ここを問いただしても微妙な空気にしかならないからだ。隷属魔法なんてかけられた側は、気分がいいわけがないのだから。


 でもエリサが隷属魔法を使う意味も理解できる。


 召喚魔法であるならば呼んだ者に対して、隷属というか召喚者に従わせる魔法もあってしかるべきだろう。


 そうじゃないと召喚者が、召喚した者に殺されかねない。彼女が俺を召喚した時に、隷属魔法をかけようとしたのも当然だろう。


 なので俺としては隷属魔法については触れないつもりだった。でもこうなると話は変わる。


 なにせワンちゃんの命がかかっているのだから。


『……隷属魔法はあるわ。でも私の魔力量だと巨獣を縛ることはできないのよ』

「じゃあ俺に教えてくれ。そうすれば出来るだろ?」

『…………殺したらダメなの? そちらの方が安全よ。食料問題もあるし』

「可哀そうだろ! それにもしこのワンちゃんに言うこと聞かせられるなら、港町の護衛を頼めるんじゃないか? そうすれば俺も行動に幅が出て、色々と問題が解決できるかもしれない」


 現状の俺は港町からあまり離れられない。


 だがワンちゃんが港町を守ってくれるなら話は別だ。少し遠出すれば豊かな食料とかあるかもだし、なかったとしても畑の開墾作業のスピードは上がると思っている。


 やはり港町を逐一気にしながらは疲れるし、たまに黒獄虫が来たら追い払ってるからな。そういった諸々がなくなるのはすごく助かる。


『…………』


 エリサは少しだけ迷ったようなそぶりを見せた後、


『わかったわ』


 そう告げてくるのだった。


 なんだろう。何故かかなり悩んだ様子だったな。


 とにかくワンちゃんを殺さなくてすむかも。そう思いながら町に戻ろうとすると、


『スズキ! 足元に人が倒れてる!?』

「うわっ!? あぶなっ!?」


 地面に小人が倒れていて危うく踏みつぶしそうになった。


 あ、危なかった。危うく人殺しをしてしまうところだ。彼らはカナブンよりも小さいくらいなので、油断したら気づかないんだよな。


 やはりもっと足元には気を付けないと……こんなところに人がいると思ってなかったから油断を……ん? 


「……待て。なんでこんなところに人が?」

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