第36話 謎の人物


 とりあえずワンちゃんに待てと命じた後、俺たちは町へと戻った。


 そして小人化して町内に入り、女王陛下の屋敷の前へと到着する。


 すると女王陛下が外で俺たちを待ってくれていた。


「巨人様、お帰りなさいませ。例の外にいた者の件ですよね?」

「はい、やはり気になりまして。どんな様子ですか?」

「目は覚めたようですが少し問題が……直接会ってもらった方が早いですね。治療院のベッドにいますのでこちらへ」


 俺たちは女王陛下に連れられて、屋敷から少し離れた治療院へと移動する。


 そして院の中に入って部屋に案内される。そこにはさっき助けた小人がベッドに寝ていて、上半身だけ起こしていた。


 容貌を見る限り、おそらく二十前半くらいの男性っぽい。そんな彼は俺たちを見て首をかしげて告げてくる。


「あの。皆さんは自分の知り合いですか?」


 質問の意図がよくわからなかった。


 そもそも自分の知り合いなどと聞くのはおかしくないか? と困惑していると、女王陛下が小さく息を吐いた。


「実はこの者は、記憶がないようでして……なにを聞いても分からないのです」


 記憶がない、つまり記憶喪失ということだろうか。


 ……そんなのあり? アリどもが跋扈する世界で独りで外に倒れていて、しかも記憶喪失とかアリ?


「申し訳ありません。自分がなぜここにいるかも覚えておらず……気が付くと足が折れた状態で助けて頂いたようで」


 男は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 さてどうするかな。彼が本当に記憶喪失と言うのなら、完全に病人だし優しく接しなければならない。


 いくら聞いたところで意味もないし、時間の徒労にしかならないだろう。


「えっと。じゃあ外で倒れていたのも覚えてないんですか?」

「はい、覚えておりません……」


 再びペコペコと謝って来る男。


 これでは何を聞いてもムダだ……でもなぁ、こんな状況で記憶喪失って出来すぎな話じゃないか? 


 これが地球とかならあり得ないことではない。だがこの地獄みたいな世界で、あんなところで男がひとり倒れていた。そんなの普通に考えたらあり得ないのだ。


 つまりこの男はなんらかの隠し事があり、それを漏らさないために記憶喪失を演じている。


 そう思えてしまうのは俺の性格が悪いからか?


 いや俺だけではないようで、エリサも怪訝な顔で男に話しかけ始める。


「えっと。貴方、魔法は使えるの?」

「たぶん使えないと思います。使った覚えがないので……」

「そりゃ記憶喪失なら覚えてないわよ。でも魔法も使えない者が、あんなところで倒れてるわけないわ」

「記憶があった時は使えていたのかもしれません……うう、頭が痛い……」


 男は両腕で頭を押さえながら苦しみ始める。


 なんだろう、やっぱり怪しい気がするんだよなぁ……。


 そう思って女王陛下に視線を投げかけると、彼女も小さくうなずいた。やっぱり皆が怪しいと思っているようだ。


 ひとまずこれ以上の話の進展はなさそうなので治療院から出て、あの男の聞こえない場所で相談することになった。


「みんなどう思う? あの男、本当に記憶喪失だと思うか? 俺はないと思う」

「明らかに怪しいわよ!」

「絶対にあり得ないとは言いませんが、嘘である可能性が高いと思います」


 俺とエリサとレティシアちゃんは、どうやら同意見のようだ。


 さっきの女王陛下の態度から彼女も同じだ。つまり全員があの男の記憶喪失を疑っていると。


「よし! ここは拷問しましょう! 黒獄虫や巨獣についてなにか分かるかも!」

「待てエリサ。それは流石に軽率過ぎないか? まだ一パーセントくらい無罪の可能性もある」


 確かに死ぬほど怪しいとは思うが、拷問するなら確実な証拠が欲しいところ。


 だがエリサは俺の言葉が気に食わないのか、明らかに「はぁ?」と言う顔だ。


「なに言ってるのよ! 九十九パーセント有罪でしょ! 仮に一パーセントで無罪だったとしても、あんなところにいる時点であの男にも一パーセントの非があるわ! つまり足して百パーセント、あの男が悪い!」

「なんだそのトンデモ理論……」


 とは言えどもエリサの言い分も理解できる。


 いや足して百パーセントの方じゃなくて、あの男から無理やりにでも情報を聞き出したがるところだ。


 なにせ黒獄虫や巨獣については謎が多すぎる、というか分かっていることがほぼない。そしてこの世界は滅亡の危機に瀕している。


 そんな中でその謎に近づける可能性がやってきたとなれば、多少強引にでも情報を聞き出すべきというのは分かる。


 悲しいのは拷問なんて言葉を、まだ十四くらいの少女が叫んでいるところだ。この世界は本当に辛い、辛すぎる。


「拷問ってどんなことをするつもりだ?」


 するとエリサはかなり悩み始めた。どうやら拷問するという意思はしっかりしてるが、肝心の方法は考えていなかったようだ。


「……火あぶり?」

「それ拷問じゃなくて処刑だろ……彼、死ぬんじゃないか?」

「それはダメよ! 貴重な情報源なんだから! あ、そうだ! 女王陛下! 拷問担当の人とかいないんですか!」

「えっと。昔はいたのですが、もう全滅してしまいまして……ほら黒獄虫との戦いで」


 昔はいたのか拷問担当の人……どちらにしても今はいないので、どうしようもないのだが。


「むむむ……! スズキ! いい拷問方法知らないの?」

「なんか水責めとか聞いたことある気はするが」


 たしか死ぬ寸前まで呼吸できなくするやつ。


 ただやり方分からないんだよな。水に顔をつけさせて、息継ぎさせなければいいのだろうか?


「ま、まあまずは話を聞いてみようぜ。誠心誠意尋ねたら、案外話してくれる可能性もあるかも」


 たぶん無理だろうなと思いつつ、助けた男の元に戻ることにした。


 

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