第40話 影


「他にも知ってること全部話しなさい! そうじゃないと燃やすわよ!」

「も、もうあらかた話した! 他は知らない! 知らないんだよぉ!?」


 ブチギレエリサがさらに詰め寄ると、男は顔を真っ青にして怯える。


 男の態度からすると本当に知らない可能性が高そうだ。ない袖は振れぬというし、これ以上脅してもムダなのではなかろうか。


「はぁ!? 人間、出そうと思えば案外絞り出せるものなのよ! どうせまだ隠してるんでしょ!」

「隠してない隠してない! 隠してないんだよぉ!?」


 そんな残り少ない歯磨き粉のチューブみたいな……。


「エリサ、そろそろ無理じゃないか? これだけ怯えきってたら全部言っただろ」


 そもそも無理やり絞り出して嘘を言われても困る。


 今の俺たちにはこの男の発言が、本当かどうかを確認する術が少ない。というか拷問って言葉の信憑性をどうやって判断してるのだろうか。


 よく映画とかで拷問やるけどどうなんだろうな。


「エリサ、今日はここまでにしましょう。翌日以降になにか思い出すかもしれませんので」


 そしてお優しい女王陛下が止めに入った。


 本人たちに自覚があるかは分からないが、飴と鞭みたいになってる気がする。


 実際、男は女王陛下に救いを求める視線を向けてるし。


「た、助かっ……がっ!?」


 男が安堵の表情を浮かべた瞬間だった。いきなり目を見開いて痙攣し始める。


 な、なんだ!? 明らかに様子がおかしいぞ!?


「ちょ、ちょっとあんたどうしたのよ!?」

「ごっ、げっ……」


 男はバタリと床に倒れて、白目をむいて身体を痙攣させている。


「い、医者を呼んでください! 貴重な情報源を死なせてはなりません!」

 

 女王陛下の焦る声が地下室に響いた。




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^




 メーユ港町から遠く遠く離れた場所に、元街だった場所が存在している。


 かつてブラクア帝国の王都だった場所は、現在では酷い有様だった。


 無数のアリたちがほぼ無人の街を動き回り、様々なモノを運び続ける。


 殺した魔物、仲間の死体、そしてヒトの入った繭。本当に多種多様なモノがアリによって運搬されている。


 そして王城の玉座にはとある男が座っていた。


 男は軍服を着こんでいて、二十代の見た目をしている。その雰囲気は有能そうではあるが冷たさを感じさせる。


「兵士のひとりが、巨獣と共に行方不明になったそうです」


 玉座の横に立つ女性の報告に、玉座の男はため息をつく。


「どうせベリアルデ王国に派遣した兵士だろう。巨人によって殺されたか捕縛されたか。まあいい、どちらにしても死なせておこう。その兵士に入っている死虫の名前は?」

「B99です」


 男は頷くとパチンと指を鳴らした。


「遠隔指令。B99よ、毒を散らせ」


 そう告げると同時刻、遠く離れた場所の男の体内に潜んだ死虫が行動を始める。


「これで仮に捕縛されていても問題はない。そもそも末端の兵士なら、ロクな情報など持っていないがね。それでも用心に越したことはない」

「おっしゃる通りです。ベリアルデ王国には新しい兵士を派遣しておきます」

「ああ。だが巨人がいるとなれば迂闊に仕掛けさせてはならない。奴ら相手に我らが力で勝つのは無理だからな。忌々しいことに」


 男はわずかに目をしかめた後に、クツクツと笑い始める。


「だが力でなければ勝てる。巨人らとて無敵ではないのだから。次に派遣する兵士には、真綿で首を絞めるように戦うように指示しろ」

「はい。とびきり優秀な者を向かわせます」

「それなりに優秀程度でよい。いや違うな、それなりに優秀程度がよい。あまりに優秀過ぎる者の策は参考にならぬからな」

「わかりました。では中の上から上の下ほどの兵士に致します。代わりが多くいる程度の者に」


 玉座に座る男は、女性の言葉に満足そうに頷いた。


 そしてさらに玉座の背にもたれかかると、


「しかし巨人がまさかこの世界に現れるとは、どうやって呼び出したのだ? 我らですら無理だ。大量の小人を捕縛して魔力をかき集めている我らですら。今後のためにもその原因は究明したいところだが」

「最低限ですが情報が。ベリアルデ王国にいる優秀な魔法使いは二人です。どちらも幼い少女ですが、それゆえに未知数で才が高いと思われます」

「ではその者らのどちらかが、関わっている可能性が高いか。ならばその二人を捕縛しろ。私が手ずから情報を聞きただしてくれよう。ああ、だがお前よりも幼いのか?」


 玉座に座る男は女性を見つめる。彼女の身長はかなり低く、またその年齢も十六歳ほど。


 軍服を身にまとっているにしては若すぎる容姿だった。


「はい。私よりもなお幼いかと」

「それはそれは楽しみだ。勝てぬ敵ほど葬りたくなる。触りがたい者ほど、侵す楽しみが大きくなる」

「メーリオ閣下、どうか趣味嗜好は抑えて頂きたいのですが」


 冷たい視線をぶつける少女に、メーリオと呼ばれた男は愉快そうに笑う。


「バカを言うな。俺が趣味嗜好で動いた結果が、今のこの世界だろうが。巨人も前哨戦にはちょうどいい相手だ。俺の描く未来のな」

「趣味嗜好で動くのは戦だけにしていただきたいものですね。性癖は隠していただきたいのですが」

「無理だな。大望とは己の欲望によって動き、だからこそ叶えられる。大きな望みなく大望を抱いても、絶対に叶わぬのだから。口にして思い返すがいい、我らが大望の作戦名を」


 少女は少し黙り込んだ後に、


「……ジャイアンツキリング。そのために私たちは動いています」


 そう小さく呟くのだった。


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