016:夜キャンプ
「私はワケあってこの森の先にある火山に向かっていたんですけど、そこでドラゴンに出くわしてしまったんです。それでどうしようもなくて逃げ回っていたんですけど……」
ヤマダの目的地はこの森ではなかった。
ドラゴンから逃げ回っている内に迷い込んでいただけである。
ヤマダは偶然にもそこでタカシと再会して気絶し、ドラゴンはタカシのゴーレムによって気絶させられた。
そして現在に至るというワケだ。
結果的にヤマダはタカシに救われることになったのだった。
「ただ寝てる……ってワケじゃないみたいですね。本当に倒しちゃってる」
ヤマダはドラゴンの顔を覗き込み、心底ほっとしたように胸をなでおろした。
追い回されてよほど怖い思いをしたらしい。
「あのドラゴンをたった1人で倒しちゃうなんて、先輩はやっぱりスゴい人ですね」
ヤマダが嬉しそうにほほ笑んだ。
「そんなことないよ」
「ありますっ! 先輩ってば、そうやっていつも謙遜ばっかりなんですから。ドラゴンって、小さな村なんて簡単に滅ぼしちゃうようなすっごく危険なモンスターですよ? 私なんて逃げるだけで必死だったのに……」
「俺だってゴーレムがいてくれたからなんとかなっただけさ」
タカシからしても、目の前の巨大なドラゴンは人間が生身でなんとかできる存在には見えなかった。
対応できるスキルがあったから助かった。
それだけのことだった。
「先輩のゴーレム……スキルで倒したんですか?」
「そんな感じだ」
タカシの感覚では「ゴーレム
倒したというより、倒してもらったという感覚である。
「スゴいですね。私のスキルなんて、ライターの代わりにもならないですよ」
「ヤマダさんは火のスキルなのか?」
タカシのスキルに興味津々だったヤマダだが、同じようにタカシもヤマダのスキルが気になっていた。
どうやらこの世界に来た人間はみんなスキルを得ているらしい。
「レッド・スパーク。火の粉が出るだけのポンコツスキルです。ドラゴンどころか、その辺のモンスターすら倒せませんね」
ヤマダは近くの草むらから草や木の枝を集め、タカシの目の前に並べた。
「暗い森でのキャンプには便利ですけど」
ヤマダは自嘲するような乾いた笑みを浮かべながらスキルを唱える。
「レッド・スパーク」
ヤマダの手から放たれた小さな数個の火花が草に引火し、小さな焚火をつくった。
放たれた火花は子供向けの手持ち花火よりも小さかった。
たしかに戦闘には使えそうにない。
「でも便利じゃないか。俺のゴーレムじゃ火なんて起こせない」
ヤマダの話を聞いている内に太陽は沈みはじめ、薄暗かった森は闇を濃くしていた。
暗くなると風が肌寒く感じた。
ヤマダがつけてくれた火の温もりがありがたい。
タカシはその温もりに文明を感じた。
ずっと土に囲まれていたタカシにとってそれはとても懐かしいモノだった。
「クリエイト・ブロック」
タカシが作った小さめのブロックをイス代わりにして2人は火を囲んで向かい合った。
ちょっとしたキャンプみたいだとタカシは思った。
「確かに火に困らないのは便利かも知れないですね。でも、私も先輩みたいなスゴいスキルが良かったですよ。もっと強くて大きな火が欲しかった」
ヤマダは拾った小枝を追加しながら火を育てていく。
燃料を飲み込んだ火がパチパチと揺らめいた。
火の灯りでオレンジに照らされたヤマダの顔は、何かを諦めているような寂しそうな表情に見えた。
「俺のスキルだって最初は1秒もせずにゴーレムが消えちゃうようなポンコツスキルだったけどな」
「そ、そうなんですか……?」
ヤマダが意外そうな顔をしてタカシを見た。
その視線は「自分はからかわれているのか」と疑うような視線だった。
タカシにもその気持ちが良く分かる。
初めて作ったゴーレムの大きさは小指サイズ。
しかもその小型ゴーレムが維持される時間は1秒未満だった。
簡単にドラゴンを倒してしまうゴーレムを永久的に作り出している今のスキルと比べると、とても同じスキルにはタカシ自身にも思えないくらいだ。
「そうだぞ。それを記憶がなくなるくらい毎日毎日使い続けて、ついでに『称号』を探して試行錯誤しまくってさ……そしたらいつの間にかスキルが育ってた」
「そんなに成長するモノなんですか? スキルって」
「そうみたいだな。まぁ途中から記憶ないから良く覚えてはいないんだけどさ。でもスキルが成長したから穴の底から出れたんだよ。初めてスキルを使った時、マジで絶望したから……チュートリアル、マジで地獄だった……」
話しながら思い出してタカシはちょっと泣きそうになった。
今、こうしてヤマダと会話できていることに幸せを噛みしめる。
本当に何でもないような日常こそが幸せなんだと思えるような過酷な時間だった。
というか普通に拷問の類だと思う。
「な、なんか特殊なチュートリアルだったんですね。先輩、ご苦労さまです!」
タカシは同情されてヤマダに頭をナデナデされてしまった。
背伸びをしたヤマダの胸部が目の前に迫り、目のやり場に困る。
それは布製のローブ越しにも良く分かってしまう形の存在感だった。
「ヤ、ヤマダさんはどんなチュートリアルだったんだ?」
「私ですか? 私はブタみたいなモンスターのお肉を焼くだけでしたけど」
「え? なにそれ?」
予想外の内容に、タカシは口を開けたまま聞き返していた。
「オークっていうモンスターの生肉が置いてあって。ただスキルがこの威力ですから、燃える物を集めたりして少し大変でしたけど……おかげでスキルの使い方はなんとなくわかりましたし、危険もなくてチュートリアルって感じでしたね。あ、オークのお肉ってすっごくおいしいんですよ!」
「マジかよ……」
ヤマダは1日もかからずにチュートリアルを終えてこの世界に移動したらしかった。
記憶に異常をきたしたタカシと比べると、あまりにも難易度が違いすぎだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます