035:ギシキの森、ミソギの滝


「チュートリアルの記憶がなさすぎて分からないなぁ」


 しばらく考えてみたのだが、タカシのレベルの謎は結局なにも解決しなかった。

 ただ事実としてレベル99のタカシがいるだけである。


「まぁ、強くて困るワケでもないですからね」


 ヤマダの言う通り、別に困るワケでもないのでタカシものんきにゴロゴロしていた。


 村でもらったイスを置いたためゴーレムの肩の上は以前よりも快適だった。


「あ、でもむやみに人にレベルを見せない方が良いかも知れないです。他のプレイヤーと差がありすぎますし、怪しまれて余計なトラブルになるかも……ステータスオープンする時は相手を選んでくださいね?」


「そうだな。余計なトラブルはごめんだし……とりあえずステータスを見せるのはヤマダさんだけにしとくよ」


「えっ? そ、そうですね! それが良いです。そうしましょう!」


 ただでさえ面倒くさい組織があるみたいだ。

 ナルハヤ商会……できれば関わりたくないモノだ。


 そんな事を考えながらタカシは土を食べる。

 ついでにレッドベリーをつまむ。


「ってまた食べてる!? あ、そういえば先輩のステータス、さっきコンディションに『食事中毒』って書いてましたよ!? やっぱりそれ病気ですって!! 普通は土なんて食べないんですよ!」


「いや気のせいだろ。俺はピンピンしてるし、むしろ食べてる時の方が元気だ」


「気のせいじゃないですよ! 思いっきり中毒症状ですし! めっ、ですよ! ペッてしてください! ぺって!!」


 ヤマダに食べかけの土を取られてしまったがタカシは慌てない。


 なぜならいくらでも作れるからだ。


「あまいな。土なら無限に出るぜ」


 タカシはトランプを操るマジシャンのように即時生成した土クッキーを広げて見せた。


「何なんですかそのチートアイテムはっ!?」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!!」


「ゴー!!」


 ――ドッゴォォォン!!


 そんなこんなでヤマダとイチャついたり、モンスターに襲われたり、そのモンスターをゴーレムがワンパンで撃退したりしていると、今までと違う景色が見えてきた。


「あ、先輩。あそこじゃないですか?」


「おー。なんかあるな」


 山道の中腹あたりに青い木々が見えていた。

 ゴツゴツした岩ばかりで草も生えていなかったこれまでとは明らかに様子が違う。


「あれが村長が言ってた儀式の森か?」


「きっとそうですよ! なんだか涼しいですし! なんか神々しい!?」


 まさに小さな森だ。

 真夏の砂漠みたいだった岩肌と違い、森の近くから冷たい風を感じる。


「ひゃ~! 気持ちぃ~! クーラーみたいですねっ」


「マジだ。快適すぎる……よし、ゴーレム。ここからは慎重にな」


 タカシはゴーレムに指示を出し直した。


 この森は村人たちの聖域だ。

 乱暴に森を破壊するワケには行かない。


「ゴー」


 ゴーレムはそれが分かっているのかいないのか、良くわからないいつもと同じ返事だった。


 だがその動きは明確にゆっくりになった。


 ゴーレムに乗ったまま草木をかきわけて進む。


 ――ザァァァァァ……。


 少し歩いたところで、水の音が聞こえた。


「あっ、滝の音ですよ!」


「近くみたいだな」


 聖域の中央には滝がある。

 そう村長が言っていた。


 滝はミソギの場所でもあるから、恐らくはヴェルメリオも滝の近くにいるだろう。


 いっきに目的地が具体的になった。


「よし、ここからは歩こう。いきなり巨人が現れたら怖がらせるかもしれないし」


「そうですね。びっくりさせちゃいます」


「ゴーレム、降ろしてくれ」


「ゴー!」


 ゴーレムを小型化し、一緒に滝の音を目指して歩く。

 小型になっても巨大な供物を余裕で持ち運べるパワーはそのままだ。


「よし、進もう」


 もちろん先頭はゴーレムである。


 少し歩くと赤い建造物が見えて来た。


「これは、鳥居か……?」


「みたいですね? ずいぶんと日本的ですが……」


 元の世界で見覚えのある赤い鳥居が建てられていた。

 その朱色が青い木々に映える。


 森に鳥居。

 少し予想外の景色だった。


「なんというか、ファンタジー世界だからなんとなく海外風の神殿みたいなのを想像してたよ」


「私もです。村の人たちも日本人っぽくはなかったですし……」


 村人たちのほとんどは金髪や赤毛だった。

 目も青や緑で、日本人に多い黒髪や茶色の瞳を見かけていない。


「まぁゲームの世界なら良くあるといえばそうだけど」


「あー、確かに。意外とテキトーな世界観だったりして……」


 和洋折衷と言えば聞こえは良いが、見た目だけで適当に作られる世界も創作の世界ではよくある。


「とりあえず慎重に行こう」


「そ、そうですね。これが門なんでしょうから」


 タカシたちは門の前で足を止めた。


 鳥居は神域の門の役割を持つ。

 それをくぐるという事は、そのまま神の領域へ足を踏み入れる事となるからだ。


 元の世界ではそんなに大げさに考える必要はないが、ここはゲームの世界。

 鳥居をくぐる事が何かのイベントのトリガーなんかになっていてもおかしくはない。


 門や扉はイベントの始点になりやすいのだ。


「ゴー?」


「「あっ」」


 警戒する2人をおいて、ゴーレムが平然と鳥居をくぐり抜けた。


「……よし、大丈夫そうだな!」


「な、なるほど!? さ、さすが先輩です!」


 ゴーレムに指示を出し忘れたタカシだったが、おかげで問題ないことが証明されたのだった。


 タカシはゴーレムを使って安全を確認した事にして進んだ。


 水音が大きくなってきた。

 どうやら鳥居は滝の側に建てられているようだった。


「おっ?」


 少しの茂みをかき分けると、そこは滝の目の前だった。


 そこに美しい少女がいた。


「……え?」


 少女が驚いて目を見開き、口をポカンと開ける。


「あっ、あぁーっ!!」


「ぐぇ」


「せ、先輩は見ちゃダメですーっ!!!!」


 青い髪。

 透き通るような肌。


 そのスラリとした体を、そして小ぶりな胸を隠すモノはなにない。


 それらはすぐに暗闇に隠されて見えなくなった。

 タカシの視線を遮るために、手ではなく胸を押し付けるヤマダのおかげで。

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