020:シングルベッド


 2人が食事を終える頃にはもう完全に日が暮れていた。


 タカシにとって穴の外で迎える初めての異世界の夜である。


「そ、それじゃあ今日はもう寝ましょう。夜の森はとっても危険ですからねっ」


「そうか。そうだな……」


 完全に太陽が沈んでしまうと、森はタカシが予想していた以上に暗くなった。

 木々に隠されて月の灯りすらもあまり届かないようだ。


(俺はともかく、ヤマダさんも一緒だとさすがに危険だよな……)


 タカシにはボディーガードになってくれるハイスペックなゴーレムがいる。

 だが暗闇の中にどんなモンスターがいるか分からない。


 平気でドラゴンがいるような森なのだから、用心するに越したことはなかった。

 もしあのドラゴンのようなモンスターがこの暗闇の中からの奇襲してきたら、タカシにはヤマダを守り切れると言う自信がない。


 灯りにするならヤマダの火花のスキルもあるが、この暗闇の中ではあまりにも頼りなかった。


 多めに焚火に木や葉をくべてからタカシたちは眠る事にした。


「クリエイト・ブロック」


 タカシはスキルで土のベッドを作った。

 ただの硬いブロックだが、ゴツゴツとした地面よりは少しはマシだろう。


「良かったら使ってくれ」


「わぁ、そんなスキルもあるんですね。さすが先輩! ありがとうございます」


 ヤマダが思っていたよりも大げさに喜んでくれるから作った甲斐があった。


 2人はそれぞれのベッドで横になる。


 ヤマダはさっきまで着ていたローブを布団代わりにかぶったが、タカシには布団の代わりになるモノはなかった。


「……あの、先輩。その恰好だけじゃ寒くないですか?」


「いや、大丈夫だよ」


 夜風は冷たいが、それでも焚火の近くならそこまで寒くはなかった。


「そ、そうですか? なら良いんですけど……」

 

「これでも体は丈夫な方だからな。あの会社で働いていけるくらいには」


「それ、笑えない冗談ですよ……」


 タカシにとって健康とは社会人に必要なスキルだった。

 少しくらい劣悪な環境でも健康を保てなければクソブラック企業では働けないのである。


 仕事に追われて雑な食事や睡眠不足の日々を続けてきたタカシだが、それでも今までに大きく体調を崩したことはあまりない。


 子供の頃から体だけは頑丈だった。

 このくらいの寒さでは風邪なんてひかない自信があるのだ。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………あの、本当に寒くないです? このローブ、けっこうあったかいですよ? 伸縮性もあるから2人でもゆったり入れますし」


 しばらく無言の間があったが、ヤマダはまだ納得していないようだった。


「うん? 大丈夫だから気にするな。というか、さすがに一緒に寝るのはマズいし……」


「え? いや、でも……私は別に、先輩となら良いって言うか? むしろどっちかと言うとドンと来いって感じなんですけどっ……!!」


 と、そんなヤマダの声をかき消すように突風がふいた。


 ――ビュウゥゥゥ……。


「へっくち……!!」


 さすがにタカシも寒かった。

 風につられるように女子みたいなクシャミがでる。


「先輩っ!? もう、クシャミしてるじゃないですか!? ダメですよ、この世界で風邪とかひいたら大変なんですから!!」


「だ、大丈夫! ちょっとビックリしただけだから……ってヤマダさん!?」


 ガバリ、とタカシはローブに覆われた。


「大丈夫じゃないです。せっかく先輩に会えたんですから、元気な先輩でいてくれないとダメです」


 ヤマダがタカシのベッドに乗り込んできた。

 頭から丸ごとローブで覆われ、タカシはヤマダと2人で仲良く一緒の布にくるまれる形になった。


 暗くなった視界の中で、ヤマダの表情は良く見えない。

 だがその熱い吐息がすぐそばに聞こえた。


 思わずタカシが身じろぎした時、わずかに浮いたローブの端から入り込んだ焚火の灯りが、ヤマダの白い肌を照らした。

 皮の鎧を脱いだヤマダはノースリーブのシャツとホットパンツ姿で、あまりにも無防備な格好だった。


 タカシも男である。

 柔らかそうなヤマダの素肌に妙な気分になってしまいそうで、慌ててその四肢から目線を逸らした。


「あっ……!」


 ヤマダもその一瞬の視線に気が付いて体をねじった。

 自然と2人は背中合わせのような形になり、どうして良いか分からずそのままヤマダのローブに包まれることになった。


 1人用のつもりで作ったベッドの狭さのせいで、2人の背中が触れ合う。


 背中越しに感じるヤマダの身体が妙に熱く感じた。


「か、風邪ひいたら困るから仕方ないんですからね! へ、変な意味ないですから!!」


「あ、ありがとうございます……!」


 なぜか敬語になってしまうタカシだった。


「そ、それでは先輩! おっ、お、おやすみなさいっ!」


「あ、あぁ……おやすみ」


 ローブからはわずかにヤマダの匂いがする気がした。

 それは汗の匂いが混じった匂いだったが、タカシは嫌な気持ちにはならなかった。


(へ、へぇ~? このローブ、意外と大きいんだなぁ~……ファンタジーな便利素材じゃん?)


 なんて気分を紛らわそうとするタカシだったが、なかなか上手くいかなかった。


 さっき見た白い肌が網膜に焼き付いているようで、意識がヤマダから離れてくれない。


 心臓がドキドキと暴れて、眼はギンギンに冴えている。


 眠れるワケがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る