021:熱い背中と寒い夜(ヤマダ)
2人の会話がなくなると、森には寂しさを感じるくらいの静寂が訪れた。
たまに鈴の音みたいな虫の鳴き声が聞こえたり、焚火にくべた枝がパチパチと弾けたりした。
そんな普段なら気にもしないような小さな音たちが響いて聞こえるくらいに静かな時間。
「…………先輩、寝ちゃいました?」
伺うように静寂を破ったのはヤマダだった。
「いや、起きてるけど」
返事をしたタカシの声は少し緊張しているみたいだった。
(……さすがの先輩も、ちょっとはドキドキしてくれているのかな?)
なんて思いながら、その声にヤマダは少しだけ安心する。
「良かった。な、なんだか眠れなくて……ちょっと静かなのが怖くなっちゃいました」
実に白々しい言葉だった。
なにせこの状況はヤマダ自身が望んで作った状況である。
突然吹いた風は、ヤマダにとってはまさに神風。
なかなか踏み出せないヤマダの背中を押すような、きっかけをくれる救いの風だった。
だからなんとか「寒さ」を理由に勢いで行動できたのだ。
けれど、冷静になると2人で1枚の布にくるまっているなんて状況はすごく恥ずかしい。
ヤマダの心臓はタカシよりもずっと大きな音でバクバクとなっていた。
それが伝わってしまいそうで、それが恥ずかしくて、余計に鼓動は加速する。
(う、うぅ~~~~!! やっぱり恥ずかしい~~~~~~!! っていうか先輩、リアクション薄くないですか!? なんで私ばっかりこんなにドキドキさせられてるんですか~~~~!?)
同じ会社の同じオフィス。
だけど歳も違えば部署も違うし、お互いの席も遠い。
でも、何度も助けてもらったやさしい先輩。
『あんまり無理するなよ』
口数は少なく、いつも一言だった。
でもそこに込められた優しさがいつも温かかった。
そんなずっと憧れていた遠い背中が、今はヤマダのすぐ真後ろにある。
薄いシャツとスーツ越しにその体温を感じるほどに、すぐそばにある。
「そ、そうなのか。俺もだよ。なんか目が覚めちゃったな」
「で、ですよね! 私もです! き、奇遇ですね!?」
「え? まぁ、奇遇かもな?」
「あ、あはは…………」
ドキドキしすぎて変な事ばかりを言ってしまうヤマダ。
恥ずかしさばかりが加速する。
(うぅぅぅぅ~~~~! 何を言ってるんだ私はぁ~~~~!? このままじゃ恥ずかしさで死んでじゃのでは!?)
それに耐えられなくなり、ヤマダはもういっそ全部の気持ちを伝えてしまおうかと思った。
「…………あ、あの、先輩!」
「ん?」
「え、えーと…………」
「どうした?」
「その……………………や、やっぱりなんでもないです!」
「そ、そうか?」
「は、はい……………………」
(ひゃあぅぅぅぅ~~~~!! やっぱりムリだよぉ~~~~~~~~~~!!!!)
やっぱり無理だった。
1年近くも隠して抱えてきた想いを口に出すのはやっぱり怖かった。
ヤマダはずっときっかけを探していた。
自分の気持ちを伝えるに相応しい瞬間を求めていた。
けれど、ヤマダがタカシと一緒に仕事をするチャンスは一度もなかった。
だったのに、なんの運命のイタズラなのだろうか。
そのチャンスは異世界という常識外れな場所で訪れたのだった。
いつの間にか異世界に迷い込むなんて、それはヤマダにとってもあまりにも唐突な出来事だった。
でも、そんな世界でもタカシに再開できた。
ヤマダはこれこそが運命だと思った。
だから出会ってからずっと、自分にできるだけのアピールを続けてきたのだ。
タカシを町に案内すれば、また元の会社の時みたいになるかも知れない。
2人きりになれる時間なんてこれが最後のチャンスなのかも知れない……と。
そう思ったから。
けれど、最後に一歩はやっぱり怖い。
そんなタカシに、もしも拒絶されてしまったらと考えると……どうしてもその一歩が踏み出せなかった。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が生まれてしまい、次の言葉に困る。
(わ、私のバカ~~~~!! せっかく先輩と良い2人きりなのに~~~~!!)
さすがに急すぎたかな、とか。
先輩は今なに考えてるんだろう、とか。
もっとムードを作るべきだったよね、とか。
グルグルと思考が乱れて目が回りそうになる。
「ぷは……っ」
火照ってきたヤマダは包まっていたローブから顔を出した。
ヤマダたちのちょうど真上に大きな月が浮かんでいた。
(あっ、すごくキレイ…………ハッ!? これ、これって……今ってすごくロマンチックなシチュエーションなのでは……!?)
男女が2人、寒空の下で互いの体温を感じ合いながら綺麗な月を見上げる。
かなり特別なシチュエーションではあった。
(いやもうロマンティックを通りこしてエッチですよコレは!?!? 良いんですか、先輩!? まだ告白もしてないのに!?!?)
なんてヤマダは1人で大興奮していた。
「ヘンな月だよな」
「ひゃうぅん!?!?」
急にタカシの声が聞こえたせいでヤマダの身体がビクンと跳ねた。
完全にピンクな妄想ワールドに入り込む直前だったのでギリギリ助かった。
「あ、ごめん。ビックリさせて……」
「い、いえ! ビックリしてないですよ? ちょっとビックリしただけですから!」
「混乱してる……?」
タカシも眠れず、いつの間にかヤマダと同じように空を見上げていた。
というより、ヤマダよりも先にローブから顔を出して異世界の夜空を眺めていたのだった。
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