022:イカダで来た


 夜空には木々の間から月が覗いていた。

 タカシにとっては初めてみる異世界の月だ。


 穴の底からは見えなかった異世界の月は青かった。


 まるでサファイアのようにキラめいている。


「今日はガラノスですからね」


「え? なに?」


 ヤマダはタカシと同じように空を見上げていた。

 その顔がやけに赤いのは火に照らされているからだろうか。


「ガラノスです。私もまだ良く分かってないですけど、この世界での曜日みたいなモノみたいですよ。青い月が出る今日はガラノスって呼ばれてる日で、ポルピュラっていう紫の月が出る日の次の日です」


「曜日か。月の色で何曜日か分かるってのは、ちょっと便利だな」


「ですよね。私たちのいた世界と同じ7日周期みたいですからすぐに馴染みますよ。ちなみに明日は水色の月が出ます。シアーノスっていうんです」


「詳しいな。頼りになる」


 いつの間にかこの世界で1ヵ月以上が経っていたらしいが、ずっとチュートリアルから出られなかったタカシにとっては今日がまだ初日みたいな感覚である。

 実質1日目の夜と言っても良い。


 チュートリアルの記憶すら曖昧だから知識の量はもっと少ないかもしれないが。


「えへへ、この世界では私の方が先輩ですからね。朝になったら近くの集落までご案内します。この世界でどうするのか、それからゆっくり考えたら良いと思いますよ」


「そうだな……ありがとう。頼りにしてるよ、ヤマダ先輩」


「はい。任せてください!」


 やっと元の空気に戻った。

 タカシはほっと胸をなでおろした。


 この世界でヤマダと再会してから、タカシはその猛烈なアピールにタジタジだった。


 元の世界でのヤマダのおとなしめなイメージとはずいぶんと違うから戸惑っていたのだった。

 もともと仕事に関する行動力はあるタイプだったが、異性としてのアピールを強くするほうではなかった。


 もちろんタカシも男として悪い気持ちはしていない。

 ヤマダは魅力的な女性だとタカシもしっかりと認識していた。


「そういえば、先輩はどうやってこの森にきたんですか?」


「えーと、海を渡ってきた」


 タカシはどこから説明したものかと考えて、シンプルにそれだけ答えた。


「えぇ!? 海ぃ!?!?」


「あぁ、穴から出たら無人島でさ。びっくりしたよ」


 簡潔に言えばこうなるのだ。

 何も間違ってはいない。


「良くビックリだけで済みましたね!? なんで先輩のチュートリアルだけそんなに難易度たかいんです!? 元の世界で何かしました!?」


「してないっての。会社でも真面目に働いてたんだぜ?」


「それは、良く知ってます。えへへ」


「それで港みたいなのが見えたから、そこを目指してたんだけど……ちょっと逸れちゃってさ。この森についたってワケだよ」


「え? 海から直接この森に?」


「そうだな」


 少しばかり空を経由したが、それは事故だった。


「ということは森の西側ですよね?」


「うーん、そうなるのか? 地図がないから分からなくて」


「そうですよ! 森が海に面しているのは西側だけです! ……ということは、もしかしてイカデル海岸の方から来たんですか!?」


 なにやらヤマダが目を丸くして驚いているが、タカシには地名がピンとこない。

 リアクションに困るばかりだ。


「あ、先輩はまだ知らないんですよね……あの、あそこってクラーケンっていう超巨大なモンスターが出現する超危険海域なんです!! 良くあの海を渡れましたね!?」


「まぁ、なんとかなったな」


「なんとかって……でも、良かったです。先輩が無事でいてくれて。クラーケンに遭遇しなかったなんて奇跡ですよ!!」


「あ、クラーケンってもしかして途中で出てきた巨大イカみたいなヤツのことか? あれは確かにヤバかったな。なんとか逃げ切れたけど」


「しっかり出会ってる!?!? どうやって逃げて来たんです!?」


「イカダで」


「イカダ!?!?!?!?!?」


「ブロックで作った」


「それただの板では!?!?!?!?」


 ヤマダがだんだんただのツッコミ役みたいになっていた。


「けっこう大変だったよ。沈没しかけたし」


 あの怪物はクラーケンと言う名前だったらしい。

 言われてみればデカかったりイカだったり、かなりクラーケンっぽいモンスターだった。


 そうタカシが納得していると、ヤマダの肩が小さく震えた。


「ぷっ……あはははははははは!!」


 そして急に腹を抱えて笑い始めたのだった。


「ど、どうした? 急に……」


「だって、先輩がスゴすぎて……なんだか面白くなってしまいましたよ!」


 ヤマダは笑いすぎて目尻に涙を浮かべていた。


「なんかバカにされてる気がするんだが?」


「そ、そんなことないですよ!? スゴすぎて常識外れすぎててビックリしたというか、先輩の事は尊敬してますからっ!」


「そ、そうか? ありがとう」


 いきなり素直にそう言われると逆に照れてしまうタカシ。


「えへへ……なんだかこんなに笑ったの、久しぶりです」


「こんな世界だからな」


 恐らくはモンスターが当たり前にいるような世界。

 危険で、ただ生きていくだけでも命がけかもしれない。


 もしもゴーレムがいなかったら……。

 もしもこの森でヤマダに出会えていなかったら……。


 想像すると心臓が冷たくなるような感覚がした。

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