019:プチ・バーベキュー
「こうなったら、私に任せてください!!」
そう言ってヤマダはバサバサとローブを脱いだ。
一瞬ドキリとしたタカシだったが、ヤマダはその下には色気もなにもない皮鎧をしっかりと着こんでいた。
(そ、そうだよな……!!)
タカシはここがそういう世界なのだと思い直す。
ファンタジーゲームだとやけに露出の高い女性キャラなんて良くいるが、この世界はもっとリアルで危険な世界だ。
「かわいそうな先輩には私の手料理をごちそうしちゃいますよ!!」
そう言ってヤマダは持っていたカバンから色々と取り出し始める。
ローブの下に隠し持っていたポーチのような小さなカバンの中身がヤマダの全財産だった。
「よいしょ……っと」
ヤマダは最初にその中から、布にくるまれた小さな鉄板を取り出した。
そして慣れた手つきで木の枝を組み、その鉄板を火の上に置けるように調整する。
次に何かを取り出そうとして、一瞬その動きがピタっと止まる。
「くぅ……!! これが最後の一枚ですけど……だけど、助けてもらったお礼です!!」
家宝を売りに出すかのような険しい表情でヤマダが取り出したのは肉だった。
大きくはないが、しっかりとした赤身の肉だ。
元の世界で言うなら牛肉が近いだろう。
「こ、これが……オ、オ、オークのお肉ですよ……!!」
――ビターン!
そして迷いを振り切るように鉄板の上に叩きつけたのだった。
なんだかヤマダの眼がグルグルしている。
「いや、そんなムリしなくても……」
「な、なに言ってるんですか! せ、先輩のためですから……こんなお肉くらい安いモンですよ……!?」
言葉と表情が全く一致していなかった。
それでもヤマダはその手を止めはしない。
腰に隠していた小さなナイフで肉に切れ込みを入れ、調味料らしき粉末や刻まれた葉などを塗り込む。
鉄板の中央には緑色の小瓶から油のような液体をたらした。
「見た目はちょっと怪しいですけど、これすごく良い香りなんです」
緑色の油がプチプチを温度を上げ始めるまで待ち、そこに肉を移動させる。
――ジュワァ……!!
肉の焼ける音と一緒に、一気にその香りが立ちあがった。
「小さいですけど、味は保証しますから」
少しの間、肉の焼ける音だけを楽しむ静かな時間が流れた。
そして……
「そろそろですね」
ヤマダがナイフで肉をサイコロ状に切り分けると、その断面は美しいミディアムレアの層を描いていた。
「うん、完成です!」
ヤマダも納得の様子で唇を舐めた。
すでにその表情はどこか恍惚としたような、食欲が抑えられないという顔になっていた。
「さぁ、先輩! どうぞ召し上がれ!」
カバンからフォークを取り出し、ヤマダは最初の一切れをタカシに向けた。
「いや、でも良い肉なんだろ? やっぱりヤマダさんが食べて良いよ」
後輩に食事の面倒をかけるなんて、情けない。
まだそんな元の世界のなごりみたいな気持ちがタカシには残っていた。
「いや食べていいんだぞ? 俺にはコレがあるから……」
「もうっ、ダメですよ先輩!! 絶対にちゃんとお肉とか食べたほうが良いです。だって、土だけ食べてるって……人間そんなふうにできてないですよ!?」
「でも、1ヵ月以上これで生き延びた実績があるんだぜ」
「なんの自慢ですかそれ!?」
なぜか張り合うタカシ。
だがヤマダも譲らなかった。
「ダメです! 今まで良くても、これからも平気だなんて保証ないですし、それに先輩は命の恩人なんですから……何もできない私にも、これくらいさせてくださいっ!! 先輩のためなら私、なんでもしたいんです!!」
と、そこまで言われてはタカシも折れた。
「わかった。じゃあ、いただくよ」
「はい、どうぞ!」
パァっと笑顔を輝かせ、ヤマダが肉をタカシの口元へ寄せてくる。
「フォークがこれしかないですからね! うん、仕方ない! そ、それでは先輩、あ、あーん……」
「いや、これくらいの形なら作れるから大丈夫だぞ」
と、照れまくりながらも頑張ったヤマダの努力に気づかず、タカシは空気を読まずに土からフォークを作り出した。
「そ、そうですか……! 良かったですねっ!」
ヤマダは拗ねるように、行き場を失った肉を自分の口にポイっと放り込んだ。
「いただきます」
タカシが土製のフォークで口元まで肉を運ぶと、その香ばしい匂いが鼻をついた。
こんがりと焼けた肉の匂い。
ヤマダが鉄板で焼いてくれた肉の匂い。
久しぶりに感じるまともな食べ物の匂いである。
――ぐるる。
必然的にタカシの腹がなる。
それはまるで飢えた獣の唸り声のようだった。
――パクッ!
たまらず口に放り込む。
「…………うまい」
思わずこぼれたタカシの言葉に、ヤマダはホッとしたような笑顔を浮かべた。
「良かったです」
しっかりとした肉なのに、噛むと口の中で旨味の塊となってとろける。
甘さすら感じるほどの美味しさだった。
練り込まれた香辛料と油の香りがさらに食欲を刺激する。
「本当においしいよ、コレ」
「そうでしょう? やっぱり土よりお肉ですよ! どんどん食べてください」
一切れで我慢するつもりだったタカシだが、結局はヤマダと半分こするまで食べてしまった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまです」
「美味しかったよ。ヤマダさんって料理もできるんだね」
料理をするヤマダの手際はすばらしかった。
使ったのは小さなナイフと鉄板だけだが、そんな少ない道具でもしっかりと調理できていた。
「だってこんな世界ですから、できるようにならないとやってられませんよ」
ヤマダはさらりと言ったが、きっと努力を積み重ねた結果なのだろうとタカシは思った。
会社でも努力しているヤマダの姿ばかりを見てきたのだ。
「俺も料理、覚えないとな」
「先輩は覚えなくても良いと思いますよ?」
「え? どうしてだ?」
「だって私がいるじゃないですか。先輩のためでしたら、いつでも料理くらいしてあげます」
「え?」
それって、どういう意味なんだ?
と思うタカシだったが、それ以上に顔を真っ赤にしたのがヤマダだった。
「だ、だって、先輩は私の命の恩人ですからね!? だからご飯くらい作ってあげますし、それ以外の深い意味とか特にないですけどね!? まだヘンなカンチガイしちゃダメなんですからっ!!」
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