028:大鬼をつれた小男


「ここスーベル村は小さいですが静かで平和な村でした。あの者が来るまでは……」


 村長アフマルはゆっくりと話し始めた。


「たった数日前のことです。ある時、1人の男がこの村にやってきました」


「男? どんな男だ?」


「救世主さまよりも背が低くて、オオタと名乗る男でした。黒い気味の悪いローブを着ていました」


「オオタ……? 俺たちと同じ日本人か」


 この世界の名前とは明らかに違う。

 だとしたら同じ会社の人間かも知れない。


 タカシはヤマダに目線で問いかけたが、ヤマダは「知りません」と言うように首を横に振っていた。


「詳しくは分かりませんが、恐らく別の世界から来たのだと思います。救世主さまもそうなのでしょう?」


「あぁ、そうだ。すまない、別に隠すつもりはなかったんだが……知っていたのか」


「はい。この世界ではたまに起こります。別の世界から神のような力を持つお人が迷い込む事が」


 この世界にタカシのいた世界の人間が迷い込む事は初めてではなかったのだ。


 タカシが村長であるアフマルがスーツを見ても驚いていなかったことを思い出した。


「救世主さまのような人々を、この世界ではプレイヤーと呼んでおります」


「プレイヤー……か」


 ますますゲームみたいだとタカシは思った。


「しかしプレイヤーには救世主さまのような救いの神もいれば、悪意に満ちた邪神のような人間もいます。ここ最近、都市部でプレイヤーに関する悪い噂が流れていることは知っていましたが、こんな村にまでプレイヤーがやってくるとは……」


 多くのモンスターが住み着く森に隠れるように存在するスーベル村はいわゆる秘境だった。

 他の都市との交流は最低限だったためプレイヤーが訪れるようなこともなかった。


 だからこそ良くも悪くも平和に過ごせていたのだ。


「オオタという男は大きな鬼を操る能力を持っていました。そしてその鬼は人間を操る能力を持っていたのです」


「鬼を操る……先輩のゴーレムみたいなモノでしょうか」


「みたいだな。しかもその鬼が特殊な能力を持ってるってことか」


 ヤマダの言う通り、それがオオタのスキルだと考えるのが分りやすい。


 鬼を作り出すのか、それともどこかで捕らえて操っているのか。

 まだそこまでは分からないが。


「我々はその鬼によって全ての自由を奪われてしまったのです。1日で我々の生活は全てが変わりました。村の資産は食べ物も何もかも奪われてしまった……」


「そんな!? じゃあ、この食べ物は……」


 ヤマダが食事の手を止めた。


「申し訳ございません。本当はもっともてなしたかったのですが、今この村にあるモノではこれが精いっぱいなのです」


 村長は頭を下げた。

 よく見れば老いた村長だけでなく若い村人たちも痩せこけている。


 タカシもこんな話を聞いて自分たちだけ食べる気にはならなかった。


「いや、受け取れないよ。これは村の人たちの食事だろう」


「そうです! 村長さんたちが食べてください!」


「いいえ、これは救世主さまたちのモノでございます。アナタがいなければこれらは全て失っていたモノですから。我々は神に救われたのです!」


 村人たちの神への信仰心はかなり高い。

 タカシは少し考えて、言い方を変えた。


「だったら神の言葉として聞いてくれ。俺たちはもう満腹なんだ。残りはみんなで食べて欲しい」


「そうですね。これ以上食べたら太っちゃいますし」


 タカシたちは出された料理を皿にとりわけ、村人たちに配って回る事にした。


「おぉ、なんと寛大な御心なのか! やはりアナタこそが我々の救世主さまでございます!」


「いいから食べてくれ。もともとこの村の食料なんだから」


「なんとお優しい! 救世主さま、ありがとうございます! 家宝にします!」


「いや、だから食べてってば。腐るぞ?」


 村人たちは神からの恵みとしてなら素直に受け取った。

 抱えきれないほどの食料はすぐになくなった。


「本当にありがとうございます、救世主さま……」


「良いって。ひどい目にあったのはみんなの方なんだろ?」


「えぇ、本当にひどい目にあいました。オオタの命令には逆らえず、ひどい労働を強制されました。食事は生きるために最低限だけが許される生活でした。休む暇もなく、寝る事が許されるのは2日に1度だけです」


「ひどい! それじゃまるでブラック企業じゃないですか!? しかもエナドリがない世界で徹夜なんて、鬼ですか!?!?」


「だから鬼なんだってば」


「それだけではなく、見た目の良い若い女たちは選別され、どこかの町へ連れていかれることになっていました」


「人身売買までやってるのか……」


「ひどすぎますね。そんな事になっていたなんて……知りませんでした」


「連れていかれる予定、それが明日の予定だったのです」


「そうか。偶然だけど良かったよ」


「本当ですよ! 女性をモノ扱いするなんて、絶対に許せません!!」


 同じ女性としてヤマダの怒りはなおさらだった。

 タカシとしても許しがたい。


 そうやって村長に話しを聞きながら屋敷へ戻っていた時だった。


「村長、死体が見つかりました!!」


「おぉ、良くやりました」


 若い男が村長のところへ駆け寄って、笑顔でそう報告した。

 手にはドリルのような道具を持っていた。


「死体?」


「えぇ、鬼の死体です。アレは怪物ですから……本当に死んだのか、その死体を確認しないと安心できないと思っておりまして。鬼が焼け死んだ場所の村の若い男たちで溶岩石を掘っていたのです」


 そういえば屋敷の前で溶岩石を掘ってる村人たちがいたことをタカシはそれを思い出した。

 あそこが鬼が焼かれた場所だったのだろう。


「救世主さまもご覧になりますか」


「……あぁ、見てみたい」


 鬼は死んだらしいが、元凶であるオオタが死んだワケではない。

 タカシは自分たちもオオタの鬼のことを知っておくべきだろうと判断した。


「ひぃ、怖そう~……」


 村の男に案内され、ビビるヤマダに抱き着かれながらタカシはその場へと向かった。

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