017:定時組と徹夜組
「なんかヤマダさんのチュートリアルだけなんか簡単そうじゃない?」
スキルを使って肉を焼くだけ。
それはタカシからしてみればかなりの特別待遇に思えた。
しかしヤマダの反応は真逆だった。
「いえ、特殊なのは先輩の方だと思いますよ? だって他の人たちから聞いたチュートリアルも私と似たようなモノでしたから」
「え? そうなの?」
「そうですよ。例えば、小さなネズミを倒すとか、ガラスのコップを水で満たすとか、木の実を探すとか。難しそうなのでも風を起こして風車を動かすとかですよ」
チュートリアルの場所は森の中が多かったらしい。
木の実やキノコなど食べ物になりそうな物もあるし、近くには泉もあったとか。
モンスターとの戦闘が発生するチュートリアルもあったようだが、チュートリアル中のモンスターの行動は制限されていたようで危険なモノではなかったらしい。
食べ物もあるし、洞窟のように身を隠せる場所もある。
チュートリアル中に命の危険を感じた者はいなかったのだ。
タカシ以外には。
全く嬉しくない特別待遇である。
「そっか、この世界にヤマダさん以外にも会社の人間がいるんだよな……」
タカシは話を聞きながらヤマダが最初に言っていた言葉を思い出していた。
「そうですよ。私も全員と出会ったワケじゃないですけど、何人か会った人から他の人の話も聞きましたし……多分、10人以上はいると思います。もしかしたらもっといっぱいかもです」
クソブラック企業の同僚たち。
そう考えるとなんだかすでにイヤな予感がするタカシだった。
「この近くにもいるってことか?」
「そうですね、何人かはいると思います。私は最近1人で行動してたのであんまり分からないんですけど……そもそもチュートリアルの後に人によっていろんな場所に飛ばされてるみたいですよ。このビンギナ大陸の他にもいくつかの大陸があるらしいですから」
「そうなのか。ここがかなり広い世界ならそうそう出会わないかもな」
タカシがいるのはビンギナ大陸という名前の大陸らしかった。
ビンギナ大陸にあるハンジマリ地方の中のどこかの森。
それがタカシの現在地だ。
スマホなんてないので地図を見る事はできない。
名前がわかっても世界の広さや距離感は何もわからなかった。
せめて世界地図でもあれば良いのだが。
「この森から少し離れた地域に活動の拠点みたいになってる町があるので、そこに行けば誰かと会えるかもしれないです。私が町に立ち寄った時には少なくともイイダさんとタケダさんがいましたね」
「えーと、誰だっけ?」
名前を言われてもピンとこない。
タカシの務めていたクソブラック企業はそこまで大きくない会社だ。
だから同僚なら名前を言われれば顔くらいは分かるハズだった。
「2人とも営業部の定時組ですよ。多分、直接あったら思い出すと思いますけど」
「定時組、か……」
タカシの会社には2種類の人間がいた。
いつも定時で帰る『定時組』と、会社に寝泊まりするのが当たり前の『徹夜組』だ。
定時組は主に会社の上層部の人間たちであり、他には上層部にコネがあったり上手く取り入ったりして気に入られている社員たちだ。
彼らこそがクソブラック企業をクソブラック企業たらしめている原因だった。
そしてそのシワ寄せを一方的に受けてクソブラックな労働を続けるハメになっているのが徹夜組である。
「悪いけど、あんまり会いに行きたいとは思わないな」
もちろんタカシは徹夜組だった。
定時組の性格の悪いさは嫌になるほど理解している。
会社の外……というか異世界だが、それでもあまり関わりたくない相手だった。
「あはは。私も同意見ですね」
ヤマダは苦笑いしながらタカシに同意した。
ヤマダも徹夜組の1人である。
だが徹夜組の中でもヤマダは少し特殊だった。
ヤマダは定時組の男性陣から良く食事などに誘われ、定時組と一緒に飲み会などに参加することが多かった。
取引先との接待を口実にされるとヤマダは断れず、それを利用している男も一定数いたほどだ。
しかし定時で帰ったかと言って仕事がなくなるワケではない。
ヤマダは定時組に付き合わされても一度会社を出ても、またその後で会社に戻って働くと言う悪夢のようなワケアリ徹夜組だったのだ。
本人たちはそれにすら気づいておらず「いつも残業している女の子を定時で帰してあげている優しい自分」とカンチガイしているからしつこくて余計に性質が悪かった。
当然、ヤマダが定時組の人間に良い印象を持っているハズもない。
タカシ以上に定時組の人間と、特に男とは顔を合わせるのをイヤがっていた。
「あの人たちは対等な協力ができる人達じゃないですからね」
「そうなんだよな」
ワケのわからない異世界で生きていくためには協力するべきなのだろうが、定時組が相手ではムダなトラブルになる確率の方が高いと思える。
ヤマダは入社してまだ1年も経っていない新入社員だ。
そんな短い期間で会社の事をよく理解しているなとタカシは感心した。
それはつまり、会社がそれほどのクソブラック企業だということの証明に他ならないのだが。
「って先輩、さっきから食べてるソレはなんですか!?」
「え?」
言われて気がついたが、タカシの手にはいつの間にか土クッキーがあった。
チュートリアルで食べ物の話がでたからか、無意識のうちに土クッキーを生成して食べていたのだった。
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