1-5/ヴェルメリオ

032:先輩、それって病気では?


「この先が炎神様の祠でございます」


 翌朝、タカシとヤマダは火山の麓へとやってきていた。

 森を抜けた先にあったのはゴツゴツとした岩肌の登山道である。


「しかし、本当によろしいのですか?」


「大丈夫だよ。みんなが入ると大変な事になるんだろ?」


 この山はスーベル村の守り神が住む山だと言われている山だった。

 だからこそ村人たちにとって聖なる神域であり、禁断の地でもある。


 資格を持つ者だけが、それでも限られた時にだけ足を踏み入れる事を許されていると言う。


 もしもその掟を破れば山の怒りをかい、一晩で村は滅びるらしい。


 そんな山にタカシたちは向かおうとしていた。


「そうなのですが、いくら救世主さまでも危険なのではないかと……」


「ゴーレムがいるから大丈夫だって」


「わかりました。ありがとうございます」


 すでにゴーレムの力を見ている村人たちはそれ以上誰も反対しなかった。


「まっすぐに山を登ってください。そこにヴェルメリオがおります」


「わかった。すぐに助けてくるから、その子にご飯を用意してあげてて」


「かしこまりました。どうか、ご無事で……娘をよろしくお願いします」


「まかせて」


 深く頭を下げる村長に見送られ、タカシたちは山へ登り始めた。


 ……と言っても、実際にはゴーレムに運んでもらっているだけなのだが。


「ゴー!」


 タカシたちはゴーレムの肩の上である。


「それにしても、大きな身代わりですよね。先輩」


「大は小を兼ねるってことなんだろうな。強欲な神なのかも」


 ゴーレムはその手に村で掘り出した鬼の頭を持っていた。


 これは山への供物だ。


「しかし、まさか生贄の風習が残ってるなんてな。異世界こわい」


「しかもまさか今年が100年に1度の生贄の年だなんて……そして私たちが来た次の日がその儀式の日なんて、そっちのほうがびっくりです。タイミングが良すぎますよね?」


「だな。ゲーム内のイベントってことなんだろうな」


「ですね。なんか嫌な予感しかしませんよ」


「うん。これを持っていくだけで解決……って事はないだろうな」


 山の神に生贄を捧げる日。

 タカシたちが来る前からすでに村人たちは生贄の用意をしていた。


 それは村で一番美しい若い娘。

 村長の娘であるヴェルメリオだった。


「そもそもヴェルメリオちゃんは無事なんでしょうか?」


 ヴェルメリオは身体を清めるミソギの儀式を行うために1週間も前から山に1人で入っているらしい。

 村長たちの話では最低限の食料や水は持っているらしく餓死の心配はないとのことだった。


「どうだろうな。儀式の場所は神聖だからモンスターも近寄らないらしいけど、それを信じるしかない」


「できるだけ急ぎましょう」


「そうだな。頼むぞ、ゴーレム」


「ゴー!」


 儀式の当日には生贄だけでなくそれと一緒に添える供物が必要になる。

 それはできるだけ巨大な生き物の頭部であり、今年は都合よくそれが手に入ったというワケだ。


 これほどの供物があれば生贄も必要ないらしい。


 村人たちが急いで溶岩石を掘っていた理由がこれだった。


「本当に先輩がいて良かったですよね」


「俺というか、ゴーレムがいて良かった……だな」


 本来はこの供物も村人が運ぶ予定だった。

 だが山には生贄以外の人間は立ち入り禁止だ。


 そのため生贄に近い若い娘たちが供物を持って山に入ることになっていた。

 生きて帰れる保証もない命がけのかなり危険な役だ。


 今回はそれをタカシたちが引き受けた。


「タダ飯たべてるだけってのも悪いしな」


「そうですよね。宿まで借りちゃってますし」


 昨晩は土の上ではなく温かい布団で寝る事ができた。

 村長たちが用意してくれた村で最高の部屋だった。


 村長は2部屋用意したのだが、ヤマダが「そんなの悪いですよ! 1部屋で大丈夫ですから!!」と猛烈なアピールをして2人は1つの部屋で寝る事になった。


 もちろんヤマダは猛烈なアピールを考えていた。

 男と女が1つ屋根の下で、巧妙に仕組まれた1つだけの布団に入ればどうなるか。


(さぁ、先輩! 夜はこれからですよー!!)


 ……と張り切っていたヤマダだったのだが、タカシが「まだ何が起こるか分からないから、念のため」と鬼の頭部を部屋の中に置いて監視することにししたため、ヤマダはビビリまくってしまいその計画は破綻したのだった。

 恐怖のあまり普通にただタカシに抱き着いて寝ただけである。


 と、村のおもてなしを受けたから……という理由で儀式を手伝っているタカシたちだったが、そうでなくともここまでくれば乗りかかった船だった。


 100年に1度の儀式と、村のために生贄になることを望んだ少女。

 こんな話を聞いてしまえば放っておけないのがタカシたちの性格なのである。


「久々のフカフカのお布団……この恩は返さないと! って先輩、なんでまだ土たべてるんですかぁ!?」


 話しながらタカシはまた土を食べていた。


「え? だってコレ、土に合うんだぜ?」


 スーベル村の特産品レッドベリー。

 炎のように赤い小さな果実だ。


 甘みと酸味のバランスが絶妙で、そしてみずみずしいこの果実。

 これが土にとてもよく合うのだ。


 土を食べる。

 ジャリジャリした口をレッドベリーの果汁でリセットする。


 そしてサッパリした所でまた土を食べる。


「うん、無限にいけるな。コレ」


「……もうそれなんか病気じゃないです? 先輩、大丈夫です?」


 ヤマダは本気で心配そうにその様子を見ていた。


「心配するな。土たべてた方が調子良いんだ。食べないと手が震えるし」


「やっぱり病気ですよそれぇ!?!?」


 そうやって全く緊張感もないまま神域を通過する2人だった。


 ゴーレムはズンズンと山の奥へと進んで行く。

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