1-3/ヤマダ

015:ヤマダハナコ(総務部)


「おどろいた。ヤマダさんもこの世界に来ていたのか」


 ヤマダハナコ。

 大学を卒業したばかりの若い新入社員。


 配属先は総務部。

 幼さからか小動物的な印象だが行動には積極性もあり、社内の人間とはまだ浅いながらも広い交友関係を築いている。


 オフィスでは短めのポニーテールを揺らしながら忙しそうに小走りしている姿をよく見かけた。


 そんなヤマダがこの世界にいる。

 タカシはこの世界に迷い込んでいたのが自分だけではないことに驚いていた。


「もぅ、タナカ先輩! それはこっちのセリフですよ!?」


 ヤマダはプリプリと怒りながらタカシの胸をポカポカと叩いた。

 その仕草は可愛らしさが勝っていてどうにも怖くない。


「こっちの世界に会社の人が何人もいたから、もしかしたら先輩も……って思ってたんです! でも、なかなか会えないから……ずっと心配してたんですからねっ?」


 どうやら知らない間に心配をかけていたらしい。

 ヤマダの目尻には涙が浮かんでいた。


 その言葉にもその態度にもウソはない。


 タカシのことを本気で心配してくれていたらしい。

 その赤らんだ表情を見ると、否応なく申し訳なく感じてしまった。


「そうだったのか……ごめん」


 タカシはまっすぐにヤマダの目を見ながら謝罪した。

 その真面目な視線にヤマダは少し驚いたような顔になったが、すぐにはにかみながら涙をぬぐった。


「無事でいてくれたから、許します! えへへ……」


 一言で表すならば、ヤマダは美少女だ。

 丸っこい童顔だが小さなパーツで整った顔立ちと、スラリとして小柄だが出るところは出た体つきから男性たちから熱い視線を向けられることも多かった。


 オフィスでは良くランチや飲み会に誘われていて、その相手は男性陣ばかりだった。

 

 ヤマダはオフィスのアイドルのような存在。

 女性関係には疎いタカシもそれくらいは認識していた。


 そんなヤマダとタカシが無関係の人間というワケではなかった。


 同じ会社の中だから仕事上での付き合いは当然ある。

 ヤマダがタカシを先輩と呼んでくれたことも覚えていた。


 だがそれだけだ。

 年も離れているし、仕事上の接点も多くはない。

 先輩と呼ばれた回数もそう多くはなかった。


 新入社員のヤマダにとって先輩と呼べる男性はいくらでもいる。

 タカシとヤマダの関係は特別でもなんでもない浅い人間関係の1つでしかない。


 そう思っていた。


 だからタカシはヤマダが自分の名前を憶えている事が意外だった。

 それもわざわざ心配するほどに記憶してくれているなど、思ってもいなかったのだ。


「大遅刻ですね! 先輩ってば、仕事では絶対に時間に遅れることなかったのに」


 ヤマダは涙をごまかすように、タカシをからかうように言った。


「そんなに遅刻だったか?」


「そうですよ。他の人じゃなくて、先輩に早く会いたかったのに……」


 ヤマダの言葉はゴニョゴニョと小さくなり、タカシには最後まで聞き取ることができなかった。


「え? 何て?」


「な、なんでもないですー! とにかく、大遅刻なんです! 先輩、今までどこにいたんですか?」


「ずっとチュートリアルで変な所に閉じ込められてたよ」


「え、チュートリアル??」


 ヤマダが驚いて目を丸くする。


「ん? もしかしてチュートリアルなかったのか?」


「いえ、私もチュートリアルはありましたけど……私たちがこの世界に来てからもう1ヵ月以上ですよ? 先輩、1ヵ月もチュートリアルやってたんですか!?」


「そうかも」


「なんで疑問形なんです……?」


「なんか苦行すぎて途中から記憶がないんだよな」


 1ヵ月の遅れ。

 それは確かに大遅刻だとタカシは思った。


 だが1ヵ月も経っていたというその実感がタカシにはない。

 チュートリアルをクリアした時の記憶があいまいなのだから当然である。


「え、えぇ……? どんなチュートリアルだったんですか……?」


「なんか何もない穴の底に閉じ込められてた。マジで何もなくて死ぬかと思ったよ。スキルのおかげで脱出できたけど」


 改めて思い出してみるとめちゃくちゃなチュートリアルだった。

 そもそも脱出のためのヒントが少なすぎるし、脱出できたのは偶然としか思えない。


「先輩が死ななくて良かったです。それに先輩もちゃんとスキル持ってるんですね。どんなスキルなんです?」


 ヤマダが目を輝かせて興味を示す。


「クリエイト・ゴーレムっていう、ゴーレムを作るスキルだったな」


「ゴーレム? なんだか強そうですね!」


「強いよ。頼りになるんだ」


「見たい! 先輩のスキル、見てみたいです!」


 興奮気味にヤマダが顔を寄せる。

 ふわりと果実のような甘い香りがタカシの鼻先をくすぐった。


 近くで見てもヤマダの肌は綺麗さを保っていた。

 この世界で1ヵ月もサバイバルしてきたとは思えないほどだ。


「ゴーレムならさっきからそこにいるよ」


 タカシはヤマダの背後を指さした。


 そこには気絶したままのドラゴンと、それをジッと見張っている土の人形の姿がある。


「へぇ、可愛い顔してますね……っていつの間にかドラゴン倒してる!?!?!?」


「今さら気づいたのかよ」


 ヤマダは今更のように飛び上がって驚いた。

 ギュっとタカシの腕に抱きついたヤマダの柔らかいモノが当たる。


 男として意識せずにはいられない柔らかさだった。


「先輩に夢中になってて気がつきませんでした!! 忘れてましたよ!! そういえば私、ドラゴンに追われてたんでした!!」

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