013:『なるはや』で


 社会人になったタカシには趣味でゲームをする時間なんて存在しなかった。

 睡眠時間すらもまともに確保できないようなクソブラックな労働時間のせいである。


 そんなタカシだが、子供の頃にはゲームで遊んでいことがあった。

 ファンタジーゲームが好きで、RPGと呼ばれる類のゲームで良く遊んでいた。


 タカシは様々なRPGで遊んだが、その中で人が出てこないゲームはほとんどなかった。


 RPGには物語がある。

 そしてその物語の多くは主人公ではなく、ゲーム内に存在する他にキャラクターの言葉で語られることになるからだ。


 敵。

 仲間。

 村人達。


 それらのキャラクターが引き金となって起こるイベントはゲームにおける物語そのものとなる。

 特にゲームの中で初めて出会うキャラクターは物語に大きな影響を与えるのだ。


「ぎゃああああああああああ!?!?!? ゾンビいいいいいいいいい!?!?!?」


 ――パタリ。


 タカシはそんな大切なイベントキャラクターに出会って5秒で気絶されてしまった。

 これでは物語が始まらない。


「ほら、お前のせいだぞ」


「ゴー?」


 パタリと地面に倒れてしまったローブの人物を眺めながら、ゴーレムは相変わらず何も理解していない様子で首を傾けていた。


 どうやら木の枝でボロボロになり血だらけで現れたタカシを新たなエネミーモンスターだとカンチガイしたらしい。


「ったく、誰がゾンビだよ……まぁこれじゃ仕方ないか」


 グチりながらも反省もする。

 さすがに初対面が血だらけというのは印象が悪かった。


 社会人として、第一印象は大事だと教わってきたのだ。


 タカシはネクタイを包帯代わりに頭に巻いて出血を止めようとした。

 意外にも血はすぐに止まった。


「とにかくコイツを助けないとな」


 イベントキャラクターらしき人物はフードで頭まで隠れていて、どんなキャラクターかは分からない。

 ただ悲鳴の声からして若い女性であることだけは分かった。


 何かから逃げているだろうことは明白で、その相手も分かりやすく登場する。


 ――バキバキバキバキバキ!!


 奇しくもタカシたちと同じように森の木々をへし折りながら現れたのは、元の世界では見たこともない真っ赤な生物だった。


 頭部には角と牙。

 背中には大きな羽。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 長い尻尾を揺らしながら現れたのはファンタジー世界では定番のモンスター、ドラゴンだ。


「おいおい、いきなりかよ」


 ゲームによってはボスクラスのモンスターだ。

 それも2メートルは簡単に超えた見上げるほどの巨体だった。


 その辺のザコモンスター……にはとてもじゃないが思えない。


 だが、タカシはひるまなかった。


 比べ物にならないほどの巨大モンスターを見てきたばかりだったからだ。


 それに恐らくこれは初心者イベント。

 良く分からないけど多分、成長したスキルなら楽勝だろうとも考えていた。


「ゴーレム、戦えるか?」


「ゴー!」


 タカシが確認する前にゴーレムはすでにファイティングポーズを完成させていた。


 あいかわらず戦意が高い。

 そしてやはりこのゴーレムには敵の強さや自分の状況を考慮する知能は備わってないらしい。


「けど、今回はそれで良い!」


 タカシにとってもこの世界でのドラゴンの戦闘能力は不明だが、これまで見て来たゴーレムの筋力や堅牢さを考えると十分に戦える気がした。


(とはいえ、俺のゴーレムは知能があまり高くないからな……というかむしろかなり低い)


 このゴーレムに戦闘行動をまかせっきりにするのは中々に怖かった。

 怪力のゴーレムが巨人化して全力で暴れたなら、森をめちゃくちゃにするくらいのパワーは余裕である。


(あとは俺の指示でカバーするしかないか)


 戦闘の指示もシンプルなモノなら出せるハズだ。


 できるだけ暴れないように……なんならドラゴンは倒せなくても良いのだ。

 今は相手を追い払えたらそれで良い。


(ゴーレムに伝わるように、シンプルでそして的確に……)


 そう考えると意外と指示を出すのも難しい。


 だがタカシに悩むヒマはなかった。


 ――ボゥ!!


 ドラゴンが大きな口を開く。

 その喉の奥から真っ赤な炎が覗いた。


 赤いドラゴンのド定番の攻撃、炎のブレスだ。


「ヤベ……ッ!?」


 ゴーレムが火に強いのかは不明である。

 だがゴーレムが平気だったとしても、この森が燃えればタカシは気絶したままのイベントキャラクターと一緒に焼け死ぬことになるだろう。

 仮にゴーレムが直接的な火を防いでくれても、山火事の熱や酸欠からは逃れられるイメージがわかなかった。


 このブレスを撃たれたらそれだけでマズい。

 タカシはとっさに指示を出すしかなかった。


「ゴーレム!! とりあえずあのドラゴンの頭を上からぶん殴れ!! 『なるはや』で!!」


 『なるはや』とは「なるべく早く」を省略した社会人用語である。


 これはタカシの偏見だがブラック企業で良く使われる言葉でもある。

 そしてタカシが大嫌いな言葉だった。


 指示を出す人間は明確な期限をもうけていないのに、そのクセに指示を出した相手にはスピードを要望する。

 作業の優先度を理解できていない人間が使う言葉だとタカシは思っていた。


 それになにより大嫌いなのはクソ同僚たちが良く使っていた言葉だからだ。


(あぁ、クソ……!!)


 それを自分も使ってしまったことに嫌悪感を感じるタカシだが、ゴーレムはその指示を完璧にこなしていた。


「ゴーッ!!」


 ――ドゴン!!


 ゴーレムは一瞬にして巨人化し、腕を太く変形させる。

 そしてゲンコツの要領で殴りつけ、ドラゴンの口を塞いでみせた。


 ドラゴンの炎のブレスは不発に終わる。


 ついでに言えば、ゴーレムはその一撃でドラゴンを戦闘不能にしたのだった。

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