第19話
☆☆☆
まだ走っている子たちの邪魔にならない場所へ移動して、私と修は同時に倒れ込んだ。
土がひやりと冷たくて心地いい。
「やったな」
修が笑顔を向けてくる。
「うん……修のおかげ」
息を切らしながらどうにか返事をする。
大きく息を吸い込んでもまるで酸素が足りていない。
口の中はカラカラだし、倒れ込んでしまったから上体を起こすことだって難しくなってしまった。
それでも私の胸の中は達成感で包まれていた。
まさか自分にこんなことができるなんて思ってもいなかった。
これが通常の授業であれば、とっくに音を上げていたと思う。
「歩が頑張ったんだよ」
修にそう言われて頬がカッと熱くなるのを感じる。
歩と呼ばれたのは初めての経験だったけれど、すごく自然な感じだった。
もう少しこうしてふたりで横になっていたかったけれど、充と正志のふたりが近づいてきた。
「ほら、水」
ペットボトルを差し出されてありがたく受け取る。
冷たく冷えたペットボトルに触れただけで気持ちがほぐれてきた。
一口水を飲むと、砂漠の中のオアシスにたどり着いたような気分になって、もう止まらなかった。
500ミリのペットボトル半分くらいを一気に飲み干してしまった。
ペットボトルから口を離して再び大きく深呼吸を繰りかえすと、ようやく肺に空気が入ってくる感覚がした。
生き返った……。
素直にそう感じられた。
「俺たち教室に戻るけど、どうする?」
教室の中からでもグラウンドの様子はわかるし、これからまだ気温が高くなってくるからそれを考慮しているんだろう。
正志の言葉に修は頷いた。
「俺たちも教室に戻るよ。もう少し、休憩してから」
修はそう言うと、ふたりに気づかれないように私の手をそっと握りしめたのだった。
☆☆☆
修がペースメーカーになってくれなければ私は100周走り切ることはできなかったかもしれない。
本当に、修には感謝してもしきれない気分だ。
「みんなはもう少しかかりそうだな」
グランドではまだ5人の女子生徒たちが走っている。
香もその中の1人だった。
いつの間に追い越してしまったのか覚えていないけれど、きっともう少しで走り終わるはずだ。
「頑張れ香!」
校舎へ入る前にそう声をかけたけれど、その声が届いたかどうかはわからない。
必死で前だけを見て走っている。
その姿を見るときっと大丈夫だという気持ちになれた。
修と手をつないだまま教室へ入ると、充と視線がぶつかった。
咄嗟に修と手を離してしまう。
悪いことはしていないけれど、なんだかイタズラを見つかった子供のような気持ちになってしまった。
ふたりはすでに着替えとシャワーを済ませているみたいだ。
「お前らも着替えれば?」
窓辺に座ってグラウンドを見ていた正志が言う。
「うん。でも、ちゃんと見届けてからにするよ」
まだ頑張っている子たちがいるから、ここからでも応援したかった。
修も窓を開けてグランドへ向けて声をかけている。
「頑張れ! もう少しだ!」
その声に背中を押されるようにしてみんなが走る。
荒い呼吸がここまで聞こえてきそうだ。
「頑張れ! 頑張れ!」
両手でスピーカーを作って声を張り上げる。
さっきまでガラガラに乾燥していた喉は、どうにか回復していた。
体はずっしりと重たくて、今にも崩れおちてしまいそうだ。
窓の前を彩と花の二人組が走っていく。
すでに歩くスピードよりも遅いくらいだけれど、それでもまだ諦めていない。
「あのふたりはあと何周くらいなんだろう?」
「たぶん、まだ20周はあると思う」
修の言葉に私の胸はギュッと苦しくなる。
あと20周以上を、あの様子で走るなんて。
とても無理に思えるけれどそれは口には出さなかった。
できると信じてあげなきゃいけない。
彩と花のふたりに気を取られている間に他の3人が次々とゴールしていく。
香がゴールの白線を踏みしめてその場で泣き崩れてしまった。
「やった! 香がゴールした!」
その姿に感極まって教室を駆け出していた。
体は重くてもう少しも動けないと思っていたのに、グラウンドに出て香へと駆け寄る。
「香、香頑張ったね!」
そう声をかけて握りしめてきた冷たいペットボトルの水を差し出す。
香は返事をする前にそれを一気に飲み干していた。
「歩……私走れたよ!」
ボロボロと涙をこぼして抱きついてくる香を優しく抱きしめる。
その呼吸はまだ荒くて、それなのに涙だこぼれて余計に会話が成り立たない。
それでもよかった。
とにかく香は最後まで走り切ることができたんだから。
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