第34話
【カレーを食べた後でみんなは遊んでたけど、僕はぜんそくの発作が出たから休んでた。
先生がずっとついていてくれたから、辛くはなかった。】
「男の子だ!」
やっと日記の主の性別がわかって思わず声をあげる。
僕という一人称から判断するには早すぎるかもしれないけれど、おそらく間違えてはいないだろう。
この日記は書いた子は小学5年生の男の子だ。
【7月31日。
2日目の今日は朝から勉強ばっかり。
僕は苦手な算数をずっとやらされて、途中から頭が痛くなっちゃった。
先生が『今晩ちえねつが出るかもね』って言ってきて、なんのことかわからなかったから質問したら『一生懸命がんばった子に出る熱だよ』って教えてくれた。
僕は今日すごく頑張ったから、きっと熱が出ると思う。】
2日目の日記にも先生のことが書かれている。
きっとこの子は先生のことが大好きだったんだろう。
苦手な算数を教わりながら先生に甘えている様子が浮かんでくるようだ。
「苦手科目は算数か。歩と一緒だな」
「私は数学だもん」
言い返すと修は軽く笑い声を上げた。
算数と数学では天と地ほどの差があると思っているのだけれど、修からすればどんぐりの背比べなのかもしれない。
それにしても、ここに来てから久しぶりに修の笑い声を聞いた気がする。
私はつられて笑う。
日記を発見したことで少し前進した。
だから心に余裕が生まれたのかも知れない。
【先生が言うちえねつは出なかったけれど、夜からやっぱりぜんそくが出た。
お母さんは空気がいい場所ではぜんそくも良くなるって言ってたけど、違うのかも。
お母さんでも間違えることがあるのかもしれない。】
少年は2日目も喘息の発作で苦しんだようだ。
もちろん薬などは持ってきているだろうけれど、仲間と参加する合宿で力を発揮できないのは辛いことだろう。
「先生のこととお母さんのことしか出てこないな」
「それがどうかしたの?」
首を傾げて聞くと修は眉間にシワを寄せた。
「お父さんがいるかどうかは別として、合宿に来ているんだから友達のことが書かれていてもいいのにと思ったんだ」
「あっ」
そう言われればそうかもしれない。
初日はキャンプファイヤーをしたと書かれていたけれど、具体的な内容は書かれていなかった。
友達の誰と遊んだとか、一緒に勉強したとか、そういう内容ではなかった。
それどころか【みんなは遊んでたけど、僕はぜんそくの発作が出たから休んでた。】と、書かれていたのだ。
そして少年が喘息で休んでいたときに一緒にいたのは、友人ではなく、先生だった。
遊びたい盛の子供にとっては、少しひっかかることかもしれない。
【8月1日。
合宿最終日。
今日で終わりかぁと思って、外で日記を書いてたら、クラスの子に声をかけられた。
みんなが僕に話しかけてくれることなんてあまりないから、嬉しくて、「ついてこい」って言われて素直にしたがった。
そしたら、この部屋に入れられちゃった。】
合宿最終日の日記にしていきなり雰囲気が変化している。
私は自分の心臓が早鐘を打ち始めるのを感じていた。
このまま日記を読み勧めていいのかどうかわからない。
これ以上読むと、この少年のプライバシーを侵害してしまうことになるんじゃないかと、不安になる。
だけど、読み進めないとここでなにがあったのかもわからないままだ。
「大丈夫?」
私は呼吸することも忘れてしまっていることで、修が心配そうに顔を覗き込んできた。
「無理そうなら、ここから先は俺1人で読むけど」
修の優しさについ甘えてしまいそうになる。
だけど私は左右に首を振った。
「大丈夫。私も一緒に見る」
自分だけ逃げるわけにはいかない。
初日にこの部屋に入ってしまったのは修ではなく、私なんだから。
「そっか。無理はしなくていいから」
私は頷き、そしてまた少年の日記に視線を落としたのだた。
【この部屋は和室で、あまり使われてないみたい。
外からみんなの声が聞こえてくる。
「下山するときにお前がいたらじゃまなんだよ」って言ってる。
やっぱり、そうだったんだ。
山を登っているときも僕だけ遅れてたから、みんなめいわくしてたんだ。】
やっとクラスメートの話題が出てきたと思ったら、それは胸が苦しくなるような内容だった。
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