第33話
☆☆☆
それから数分後、私達は殻になった押し入れの中の確認していた。
布団はすべて出し切ったけれど、カギらしいものは見つけられなかった。
もしかしたらこの部屋の中にはないのかもしれない。
「事務室にあるのかもしれないな」
この部屋にカギがないとすれば、次に可能性が高いのは事務室だ。
けれど、机のカギは部屋のカギほど厳重に扱われてはいなかっただろうから、最悪紛失している可能性もある。
私は奥歯を噛み締めたくなる気持ちをグッと押し殺した。
「本当にこの引き出しにヒントや答えがあるのかな」
どうしても開くことのない引き出しへ視線を向けて呟く。
「それしかないだろ?」
「でも、ここまでなにもないガランとした部屋なんだよ? 御札を貼る前になにもかも持ち出してるかも」
ここでなにが起こったのかはわからない。
でも、御札を貼って、入るなと注意されるくらいには誰にも近づけたいない場所なんだ。
そんな場所に、いわくつきのものをいつまでも置いておくとも思えない。
本当はもうヒントなんて残されていなくて、とっくに供養されたりしているんじゃないだろうか?
そんなネガティブな感情が湧き上がってくるのはきっと、もう疲れ切っているからだ。
一刻も早くここから出たいという気持ちと、諦めの気持ち。
私は今その間に立たされている。
「なにかがあるから、カギがかけられたままなんだ」
それでも修はまだ希望を捨てていない。
私は下唇を噛み締めてキツク目を閉じた。
カギがかかったままの金庫を開けてみても、中は空だったという話は嫌というほど聞いたことがある。
今回だってそれと同じじゃないか。
そんな気持ちが湧いてくるけれど、どうにか自分の中に押し込めた。
修と喧嘩はしたくない。
「……そうだね。ネガティブなことを言ってごめん。もう1度、よく探してみよう」
それから私達は布団にかけられているシーツ一枚一枚を外して確認する作業を始めた。
もしかしたらシーツの中に紛れ込んでいるかもしれない。
限りなくゼロに近い可能性でも、試してみることになったのだ。
けれど、どれだけ探してみてもカギはどこからも出てこない。
すべてのシーツを外し終えて、私と修はその場に座り込んでしまった。
「やっぱり、事務室かな」
そう言う修の顔には疲れが滲んできている。
決して後ろ向きな発言はしない修だけれど、実は誰よりも疲弊しているのかもしれない。
「そうかもしれないね。探してみなきゃ」
口ではそういうものの、すぐに動くことはできなかった。
今日は朝からなにも食べていないし、体力的にも限界だ。
「ちょっと、休憩してからにしない?」
どんなに食欲がなくたって、スープくらい口にしないといけない。
少しでも口になにかを入れれば気分も変わるはずだ。
私の提案に修は「そうだな」と頷いた。
食堂へ向かうために立ち上がろうとした、そのときだった。
机の下にキラリと光るなにかがあることに気がついて私は動きを止めた。
「どうした?」
「なにかあるみたい」
早口に説明すると、修が畳に頬をこすりつけるようにして机の下を確認した。
そこには確かにキラッと光るものがある。
私達は座り込んだ状態で目を見合わせた。
まさか!
勢いよく立ち上がり、協力して机を少しずつズラしていく。
中身の入っていない机は簡単に動かすことができた。
埃に塗れた机の下から出てきたのは小さなカギだ。
「あった!」
今までの疲労が嘘のように吹き飛んでいく。
私は飛びつくようにしてカギを握りしめた。
まとわりついている埃を手で払えば、ちょうど引き出しの鍵穴に入りそうな小さなカギが姿を見せた。
「よし! やったぞ!」
修がガッツポーズを取る中、私はすぐに引き出しにカギを入れた。
案の定、カギはすんなり鍵穴に入って、回すとカチャリと音を立てた。
開いた!
引き出しを引いて中を覗き込んでみると、そこには一冊のノートが置かれていた。
ごく普通の大学ノートで、ずっと暗闇の中にいたためかそれほど劣化もしていない。
修が壊れ物のようにそっとノートを取り出して、畳の上に置いた。
「名前が書いてあるけど、見えないな」
そのノートには5年1組と書かれた横に誰かの名前も書かれていたようだけれど、名前の部分はかすれてしまって読めなくなっていた。
「5年ってことは、小学生だよね?」
文字も、それくらい幼いものに見えた。
「この施設は幅広く使われてるみたいだからな」
修は頷いてそう言った。
「でも、どうしてこのノートはここに残ってたんだろう? 他のものはほとんど何も残されてないのに」
あったのは最初からこの部屋にあったのだろう、布団と机だけだ。
個人を特定するようなものは、このノートしかない。
「きっと、この引き出しに入れてカギをかけたのは、この小学生の子なんだろうな。カギを見つけられないように机に下に隠したんだ」
誰にも見つけられないようにしたということだ。
それくらい大切なことがこのノートには記されている。
私はゴクリと唾を飲み込んでノートを見つめた。
名前が読めなくなってしまったその子のことを考えながら、ゆっくりとページを開く。
そこには日付と、ちょっとした出来事が記されていた。
【7月30日。
今日から3泊4日の合宿!
空気のいい場所だから、ぜんそくがよくなるかもしれないって、お母さんが言ってた。
昼間はみんなで勉強をして、夜からはキャンプファイヤーをした。
みんなで作ったカレーはとってもおいしかった!】
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「日記か?」
修が呟く。
どうやら、これは小学生の日記みたいだ。
「ここへ来てから書き始めたんだろうね。合宿の思い出を残そうと思ったのかも」
答えながら私は文字を何度も見つめる。
子供らしい文字で書かれた文章の中から、この子が喘息持ちだったことがわかる。
空気のいい山の中の合宿に来ることを母親も賛成していたようだ。
でも、ここにくるまでに山道を歩かないといけなかっただろうから、それはこの子にとって大変なことだっただろう。
日記はそれに触れることはなく、楽しかった思い出が綴られている。
私は更に日記を読み勧めた。
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