第32話

☆☆☆


倒れたホワイトボードを目の前にして私と修は呆然と立ち尽くしていた。

ついさっきまでそこにいた正志の姿はもうどこにもない。

修がゆっくりと腰を落として床に落ちてしまったカギを手に取る。


その指先が震えている。

私はこぼれだしてしまいそうな涙を必死に押し込める。

ついに2人なっちゃった……。

その絶望感が胸の中を支配して、この場にうずくまって泣きわめいてしまいそうになる。


だけどきっとそんな時間は残されていない。

修と2人きりになって明日になれば、またきっとホワイトボードに新しい命令が書かれているはずだ。

どちらかがその命令に失敗すれば、ひとりぼっちになってしまう。

こんな世界で自分1人が取り残されることを思うと、全身に寒気が走る。


いくら食料があったってまともに生活していけるとは思えない。

誰もいない世界なんて、想像もつかなかった。



私は無意識の内に自分の体を強く抱きしめていた。

そうしないと、本当に崩れ落ちてしまいそうだった。



「行くしかないよな」



修がカギを握りしめて呟く。

私は小刻みに頷いた。

もう、それしか方法は残っていない。


この部屋でなにかのヒントを得なければ、私達はずっとここから出られないままだろう。



「よし……行こう」



日記


ガチャッと音がして重たいカギが開く。

修が銀色のドアノブに手を伸ばして、それを勢いよく開いた。

奥に現れたのは前回みたのと同じ和室だった。

相変わらず中は埃っぽく、空気の流れと共に埃が外に舞出てくる。


修が自分の口に手を当てて何度か咳払いをした。

一歩部屋に足を踏み入れ、手探りで電気をつける。

天井のLEDライトがパッと周囲を照らし出す。



「和室か」



明るくなって初めて気がついたように修が呟く。

畳の色は古く、茶色くなっていてところどころが毛羽立っている。

その上には破れた御札が落ちていた。


初日に私達が破いてしまったものだ。

あのときは暗くて部屋の状態がよくわからなかったけれど、今ならしっかりと確認することができる。

部屋の奥、窓辺には机がひとつ置かれていて、入って右手には襖がある。



カーテンには他の部屋とは違う、分厚い遮光カーテンが下げられているのがわかった。

ここの部屋の窓は施設の裏側に位置しているから、それほど日光が入ってくるとも思えないけれど、どうしてだろう?

不思議に感じて近寄り、カーテンにふれる。

しっかりとした手触りのカーテンがふわりと揺れたとき、その奥になにかが見えた。



「なんだろう」



ひとり呟いてカーテンを開ける。

すると窓にはビッシリとお守りが貼り付けられいたのだ。

窓のすべてを覆い隠すように貼られた無数の御札に「キャア!」と悲鳴を上げて飛び退くと、そのまま尻もちをついてしまった。



「なんだよこれ」



修もその異様な光景に唖然としている。



「御札はドアだけじゃなかったんだ」



畳に落ちている破れた御札に視線を落として呟く。

こんなにも頑丈に出入り口を塞ぐように御札がはられているということは、なにか重大なことが起こったに違いない。



私はゴクリと唾を飲み込んでどうにか立ち上がる。



「これだけ頑丈に御札が貼られてるのに、ドアには一枚だけか……」



修が考え込むように手で顎を触れた。

そして和室の中を歩き回る。

なにかわかるのかもしれない。

緊張しながら修の答えを待っていると、修がドアに向き直って動きを止めた。



「もしかして」



そう呟いて部屋から出る。



「待って!」



私は慌ててその後を追いかけた。

この部屋にひとりでいるなんて絶対に嫌だった。

修と共に廊下へ出ると、修はしきりにドアを気にし始めた。

ドアを少しだけ開けて、腕を差し入れたりしている。

そして大きく息を吐き出した。



「なにかわかったの?」



聞くと修は大きく頷いて見せた。



「御札がドアの内側に貼られていたなら、部屋の中に人がいたんだと思ってた。でも、違うかもしれない」


「どういうこと?」



部屋の中に誰もいない状態で御札を貼ることができるとは思えなくて、首をかしげる。



「1枚のお札を貼るだけなら、腕を伸ばせば届くんだ」



そう言って修はもう1度ドアの隙間に自分の腕を突っ込んで見せた。

腕は関節部分までするっと部屋に入る。

これだけ腕を差し込むことができれば、ドアに御札を貼ってからカギを閉めることは容易いことだ。



「御札の裏はシールみたいになってるから、半分をドアに貼り付けて、締めるときにもう半分が壁にくっつくようにすればいい」



説明しながら修はドアの隙間に指だけ突っ込んで、再現して見ている。

これが指でなくてもっと細いものなら、隙間から御札を壁に押し付けることも可能だ。

たとえばものさしとか。

そう考えて私はゆるく息を吐き出した。


ここは勉強合宿で使われている施設だから、それくらいの道具なら沢山ある。



「つまり、中には誰もいない状態で御札が貼られたってこと?」



「おそらくはね」


修は小さく息を吐き出してドアを開いた。

無理やりにでもドアに御札を貼りたかった。

そうしないといけない理由があったということだ。



再び和室に足を踏み入れた私達は今度は部屋の中を調べてみることにした。

といっても、調べられる場所は限られている。

窓の前に置かれている机と、襖の中くらいだ。


私はまっすぐに机へと向かった。

最初にこの部屋に入ったときも、たしかこの当たりで人のうめき声を聞いた気がする。

またあの声が聞こえてきたらと思うと恐怖で硬直してしまいそうになるけれど、どうにか気持ちを奮い立たせる。

まずは一番上の引き出しに手をかけて、勢いに任せて開けた。


中にはなにも入っていない。

少し埃が舞い上がったくらいだ。

次の引き出しにも、その次の引き出しにも何も入っていない。

一番下の大きな引き出しに手をかけたとき、ガッと音がして引き出しの動きが止まった。



「カギがかかってる」



学生机には珍しく、一番下の大きな引き出しにカギ穴があるタイプのものだ。



「ちょっと、どいて」



机のカギくらいなら簡単に開くと考えたのか、修が私と場所を変わった。

そのまま力づくで引き出しを開こうとしている。



ガタガタと上下に揺らしてみたりしているけれど、そう簡単には開かないようだ。



「カギを探さないとダメみたいだね」



そう言って部屋の中を見回してみるけれど、探す場所はもうほとんどない。

私は襖に手をかけて横に引いた。

襖の中には沢山の布団が山積みにされていて、思わず飛び退いた。



「昔はこの部屋もちゃんと宿泊場所として使われてたんだろうな」



修が私の後ろに移動してきて呟く。



「そうだね。とにかくカギを探さなきゃ」



これだけ布団があっても、探すのはすぐに終わる。

私は布団の山に手をかけて、一気に引きずり出したのだった。

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