第31話
☆☆☆
倒れたホワイトボードを目の前にして私と修は呆然と立ち尽くしていた。
ついさっきまでそこにいた正志の姿はもうどこにもない。
修がゆっくりと腰を落として床に落ちてしまったカギを手に取る。
その指先が震えている。
私はこぼれだしてしまいそうな涙を必死に押し込める。
ついに2人なっちゃった……。
その絶望感が胸の中を支配して、この場にうずくまって泣きわめいてしまいそうになる。
だけどきっとそんな時間は残されていない。
修と2人きりになって明日になれば、またきっとホワイトボードに新しい命令が書かれているはずだ。
どちらかがその命令に失敗すれば、ひとりぼっちになってしまう。
こんな世界で自分1人が取り残されることを思うと、全身に寒気が走る。
いくら食料があったってまともに生活していけるとは思えない。
誰もいない世界なんて、想像もつかなかった。
私は無意識の内に自分の体を強く抱きしめていた。
そうしないと、本当に崩れ落ちてしまいそうだった。
「行くしかないよな」
修がカギを握りしめて呟く。
私は小刻みに頷いた。
もう、それしか方法は残っていない。
この部屋でなにかのヒントを得なければ、私達はずっとここから出られないままだろう。
「よし……行こう」
修は青ざめた顔で決意を固めたのだった。
ガチャッと音がして重たいカギが開く。
修が銀色のドアノブに手を伸ばして、それを勢いよく開いた。
奥に現れたのは前回みたのと同じ和室だった。
相変わらず中は埃っぽく、空気の流れと共に埃が外に舞出てくる。
修が自分の口に手を当てて何度か咳払いをした。
一歩部屋に足を踏み入れ、手探りで電気をつける。
天井のLEDライトがパッと周囲を照らし出す。
「和室か」
明るくなって初めて気がついたように修が呟く。
畳の色は古く、茶色くなっていてところどころが毛羽立っている。
その上には破れた御札が落ちていた。
初日に私達が破いてしまったものだ。
あのときは暗くて部屋の状態がよくわからなかったけれど、今ならしっかりと確認することができる。
部屋の奥、窓辺には机がひとつ置かれていて、入って右手には襖がある。
怒り始めることもなく、ゆっくりと体を起こす。
1人きりになってしまって、ようやく協力することの大切さを理解したのかも知れない。
「カギは?」
初日、あの部屋のカギは充が準備していた。
今は誰が持っているんだろう?
「カギはあの後すぐに返したはずだ」
ということは、事務室だ。
私達3人はまず事務室へむかった。
ドアを開けて中に入ると、本来そこにいるはずの先生の姿が一瞬見えた気がして、すぐに幻覚だと気がついた。
先生の幻は近づくと陽炎のように消えていく。
事務室の壁にかけられている何種類もあるカギには、ちゃんと部屋番号が振られているけれど、その中でもなにも書かれていないカギを正志は手にした。
「これだ」
そのカギだけやけに錆びついているのは、ずっと使われていないからか。
カギを握りしめて再び廊下を歩き始める。
私達しかいない施設内は怖いくらいに静まり返っている。
少し歩くだけで自分の足音がうるさく感じられるくらいだ。
そし部屋の前までやってきたとき、小さな音が聞こえた気がして首を傾げた。
私達は今部屋の前で立ち止まっているから、なにも音はしないはずなのに。
まさかこの部屋の中から聞こえてきたんだろうか?
緊張しながらも、そっとドアに耳を近づけてみる。
部屋の中からなんの物音も聞こえてこない。
気のせいだった……?
そう思って油断した瞬間、キィィと、なにかがキシムような音が鼓膜を揺るがした。
「なんだ!?」
驚いた正志がカギを取り落とす。
3人同時に音がした方へ視線を向けると、そこにはホワイトボードがあった。
ホワイトボードは教室の中にあったはずなのに、なぜか廊下に出てきている。
「なんで……」
得体のしれない恐怖に全身が凍えたとき、ホワイトボードがキィィと音を立ててキャスターを回転させながらこちらへ近づいてきたのだ。
「嘘だろ!?」
正志が逃げようとするけれど、ここは1階の最奥だ。
逃げ道はない。
ホワイトボードはぐんぐんスピードを上げて近づいてくる。
このままじゃぶつかる!!
壁にべったりと背中をつけてキツク目を閉じる。
次の瞬間ガシャーンッ! と大きな音が響いていた。
ハッと息を呑んで目を開けると、目の前にホワイトボードが倒れて、カラカラとキャスターを回転させていた。
そして、正志の姿はどこにもなかったのだった……。
合宿参加者
山本歩 山口香(死亡) 村上純子(死亡) 橋本未来(死亡) 古田充(死亡) 小高正志(死亡) 安田潤(死亡) 東花(死亡) 町田彩(死亡) 上野修
担任教師
西牧高之(死亡)
残り2名
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