第10話
「やってみるって、なにを?」
未来が恐る恐るという様子で質問する。
「ホワイトボードに書かれてることをだよ」
「でも、それって……」
未来はそこまで言うと口を閉じた。
これから誰かをイジメると宣言しているのと同じだ。
充の提案に潤が明らかに狼狽したのが見て取れた。
このメンバーの中で、元々いじられキャラのおとなしい生徒。
「お前らも参加しろよ」
充が未来と純子に声をかける。
「私達も!?」
未来が自分を指差して驚愕の声をあげる。
まさか、こんな場所でイジメの加担をすることになるなんて、思ってもいなかったんだろう。
「今更なに言ってんだよ。お前らだって散々潤のことバカにしてただろうが」
逃げ腰なふたりに向かって正志も強い態度だ。
「それは、そうだけど……」
未来と純子は目を見交わせて、そしてうつむいた。
今まで自分が潤をバカにしてきたことを、ここにきて後悔しているみたいだ。
だけどもう遅い。
過去の出来事は返ることができないのだから。
ホワイトボードの命令が『イジメを謝罪する日』だったらどれだけ良かっただろうか。
「とにかく、また誰かが消えるよりもマシだろ」
充と正志のふたりが潤の左右に立って腕を掴む。
潤は一瞬抵抗を見せたけれど、すぐにおとなしくなった、
それは普段の学校生活でもよく見る光景だった。
潤は何度も抵抗してきたけれど、それでも最後にはふたりの力でねじ伏せられてしまう。
だから最近ではほとんど抵抗しなくなっていたのだ。
「待てよ。それはいくらなんでもないだろ」
修が4人を止めに入る。
「なんだよ。じゃあお前が潤の代わりになるか?」
充の言葉に思わず立ち上がってしまう。
修が潤の代わりにイジメられるなんて、それは私が耐えられない。
勢いで立ち上がって近づいていく私に、充が軽く笑みを浮かべた。
「お前はやめといたほうがいいらしいぞ?」
充の言葉に修が振り向いて私の姿を認めた。
けれどそれから何を言えばいいかわからなかった。
修を止めたい。
だけどそれは潤をイジメろと言っているも同然だった。
もちろん、そんなことも口が避けても言うことはできなかった。
私達の間に重たい沈黙が降りてくる。
どうすればいいか決断できない時間が数分過ぎたとき「行くぞ」と、充が声をかけた。
潤が足を引きずるようにして教室から連れ出されていく。
それに対して声をかける生徒はもう誰もいなかったのだった。
☆☆☆
4人が教室を出て行ってから1時間が経過していたけれど、まだ誰も戻ってきていなかった。
今潤がどんな状況にいるのか、考えることも嫌だった。
できればこのままもう1度眠ってしまいたかったけれど、そう都合よく眠れるわけもない。
「なにか、食べ物を作っておこうか」
弱々しい声で言ったのは彩だ。
「みんな、まだなにも食べてないでしょ」
昨日に引き続き食欲なんてなかった。
外にも出られないし、誰にも連絡と取ることもできない。
気分は最悪だ。
「潤が戻ってきたときに、なにか食べられるようにしといてやるか」
彩の言葉に賛同したのは修だ。
自分のためじゃなく、潤のことを考えていることがわかって自分の考えていたことが恥ずかしく感じられた。
「それならシチューはどう? 材料はあるし、スープよりもお腹にたまるでしょ?」
自分が考えていたことを振り払うように明るい声で言った。
少しでも元気にならないと、この場所ではやっていけない。
「いいな。じゃあそうしよう」
修が優しく笑いかけてくれて、こんなときだけど私の胸はドキッと撥ねたのだった。
☆☆☆
潤は元々おとなしくて陰の薄い生徒だった。
2年生に上がってから同じA組になったけれど、その声を聞いたことはほとんどんなかった。
潤が教室に入ってくるタイミングで正志がわざと肩をぶつけるなんてこと、しょっちゅうだった。
『お、わりなぁ。お前存在感がなくて、見えねぇんだよ』
教室中に響く声でそう言って大笑いをする。
そのとき一緒にいたのは決まって充、純子、未来の3人だった。
この4人はいつでも行動を共にしていた。
『いや、僕こそ、ごめん』
わざとぶつかられているとわかっていたはずなのに、潤はモゴモゴと口の中で謝罪をする。
それは余計に4人の意地悪な感情を掻き立てることになった。
『なに? 聞こえないんだけどぉ?』
未来が腕組みをして潤を見つめる。
潤の方が若干背が高い程度だから、男相手でも恐怖心なんてなかったんだろう。
なにより、未来と純子には充と正志という強い味方がついている。
女子ふたりに手を出せばどうなるか、潤もわかっていたんだろう。
だから、自分よりも力の弱い者に見下されても反論ができなかった。
『ごめん……なさい』
『ほんっと声小さいよね? なに言ってるか聞こえないんだけど?』
純子はわざと潤の耳元で大声を張り上げる。
潤はビクリと体を震わせて縮こまった。
『女に怒鳴られてビビってんじゃねぇよ』
正志は半分呆れ顔、半分苛立ったように呟く。
それでも、学校内ではこの程度で終わっていた。
物を隠すとか、暴力をふるうとか、そういうことはなかったはずだ。
少なくても私が覚えている限りでは。
ぼんやりと考えていると鍋の中のシチューがいい香りになりはじめていた。
じっくりと煮込んだ方が美味しいけれど、食材が柔らかくなったのでひとまず火を止める。
後は食べる前に温め直せばいい。
「なかなか戻ってこないね」
香が時計へ視線を向けて言った。
4人が教室を出ていってから2時間が経過している。
そろそろ戻ってきても良さそうだけれど、その気配はない。
「やりすぎてないか心配だな」
修も時間の長さが気になっているみたいだ。
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