第27話

他の3人はまだ喧嘩を続けていて、今の音にも気がついていない様子だ。

ふたりでホワイトボードを立て直して確認してみるとそこには新しい文字が書かれていた。



『喧嘩する者は消えろ』



冷たい文字に背中に虫唾が走るのを感じる。

今までの命令とは全く違う。

それは敵意を剥き出しにした言葉だった。



「なにこれ……」



ホワイトボードから数歩後ずさりをして呟く。

ホワイトボードに得体のしれない気味の悪さを感じて、近くに立っていられない。



「とにかく、止めた方がよさそうだな」



焦りをにじませた声でそう言い、修が3人のところへ向かう。

私も慌ててその後に続いた。



「やめろ! すぐに喧嘩をやめるんだ!」


「邪魔しないでよ!」



未来が髪を振り乱して修に掴みかかろうとする。



「やめて未来! ホワイトボードを見て!」



どうにか未来を止めてホワイトボードに集中させようとする。



しかし正志がバッドを振り回すのでそれどころではない。

バッドは床や壁に当たり、ガンガンと大きな音を立てる。

その度にあちこちにキズが増えていく。


このままじゃ大きな怪我をするかもしれない。



「お願いだからやめて! 話を聞いて!」



バッドが振り上げられたとき、私は自ら正志の前に飛び出していた。

こうでもしないとやめてくれない。

だから、咄嗟にとってしまった行動だった。

正志の視線が私を捉えて、驚いたように目を丸くする。


けれどバッドの勢いは止まらず、そのまま振り下ろされる。

ギュッときつく目を閉じたとき、私の右耳をバッドがかすめる音がした。

ヒュッと風を切ってバッドが床に叩きつけられる。


そして沈黙が訪れた。

そっと目を開けると正志は力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

未来と充もさすがに喧嘩を止めている。



「喧嘩してる場合じゃないよ。ホワイトボードを見て」



早鐘を打つ心臓をどうにか沈めて、私は言ったのだった。


☆☆☆


『喧嘩する者は消えろ』

その文字を見た3人は同時にサッと青ざめた。



「消えろって。私達3人のこと?」



未来が不安そうな表情で聞く。

たぶん、そうなんだろう。



「もう喧嘩してないんだから、大丈夫だと思うけど……」



だけどホワイトボードの文字はまだ消えない。

3人は互いに目を見交わせて戸惑っているのがわかる。



「俺、自分の部屋に行く」



そう言ったのは正志だった。

さっきまでバッドを振り回していたから、余計にこの文字に恐怖を抱いているのだろう。

ひとことそういっただけですぐに教室を出ていってしまった。



「俺も。気分悪りぃ」



充はまだ怒りが収まっていないのかチッと大きな舌打ちを残して出ていってしまった。



「未来……」



残った未来に声をかける。

しかし未来は目に涙を浮かべて左右に首をふると、他のふたりと同じように教室を出ていってしまったのだった。


☆☆☆


本当にみんなバラバラになってしまった。

もう5人しか残っていないのに、これじゃ協力して原因を探ることなんてできない。

教室に残された私は近くの椅子に座り込んでため息を吐いた。

これから先どうすればいいのか全然わからない。

とにかく体も心も疲れ切ってしまっていた。



「頭が冷えたらきっと戻ってくるよ」



隣の席に座って修が言う。

修もあまりよく眠れていないようで、目の下にクマができていた。



「修も部屋に戻る?」


「いや、俺はもう少しここにいるよ」



そう言ってそっと手を伸ばしてくる。

修に手を握りしめられても胸がときめかない。

それくらい私は疲弊してしまっていた。



「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」



次々と仲間たちがいなくなったことを思い出すと自然と涙が出てくる。

修とふたりきりだということで緊張が薄れたのか、涙は次から次へと溢れ出して止まらない。




「うっ……ふっ」



どれだけ我慢していても嗚咽が口から漏れ出してしまい、両手で顔を覆う。

こんなところ、好きな人には見せたくないのに。


そう思っていると、ふわりとした暖かさが私の体を包み込んでいた。

手を離して見てみると、修が私の体を抱きしめている。

その事実にさすがに胸がドクンッと撥ねた。

体がカッと熱くなって体温が急上昇していく。



「辛いよね。泣いていいから」



修は子供あやすように私の背中をポンポンと叩いてくれる。

まるで赤ちゃん扱いだ。

だけど嫌じゃない。

私はその心地よいリズムに身を委ねて、今までの気持ちを吐き出すように泣いたのだった。


☆☆☆


泣いて泣いて泣きじゃくって、そのまま深い眠りに落ちてしまったみたいだ。

私と修は教室の隅で寄り添うようにして目を閉じた。

呼吸は規則正しくて、久しぶりに悪夢を見ることもなく目を覚ました。



「おはよう」



目を開けると隣に好きな人がいて私を見ている。

少し照れながら身を離し「おはよう」と微笑んだ。

いつか修とこんな関係になれたらいいなと思っていた。


修と付き合っている場面やデートしている場面を想像したことも、何度もある。

それが今現実になっているなんて、夢みたいだ。



「さっき、聞きそびれたことなんだけど」


「なに?」


「入っちゃいけない部屋のこと」



その言葉に私は一気に現実に引き戻される気分だった。

一度大きく息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出す。

見たくない現実だけれど、逃げているわけにはいかない。



「うん。1階の一番奥の部屋だね」


「そう。そこでなにかがあったのかって話」

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