第28話
私は何度も頷いた。
「ドアを開けて入ったとき、紙が破ける音がしたの。それはドアにはられていた御札が破ける音だった」
「御札? そんなもの、貼ってあったっけ?」
修は表側からしかあの部屋を見ていないから、知らないんだ。
「内側から貼ってあったの」
「内側?」
修が眉根を寄せて聞き返してくる。
そんなに妙なことを言っただろうかと不安になった。
「ドアの内側に御札が貼られていたってことは、部屋の中に誰かがいたってことだよな?」
そう聞かれてようやく妙なことに気がついた。
ドアを閉めた状態で内側から御札を貼ることはできない。
あの御札は中にいる誰かが貼ったということだ。
だけど、あの部屋には誰もいなかった。
「それだけじゃないの。他の子たちには聞こえてなかったみたいだけど、私あの部屋に入ったときに変なうめき声を聞いた」
「うめき声か。だけど、誰もいなかったんだろ?」
「うん」
部屋は6畳の和室で、隠れるような場所はなかったと記憶している。
でも、あのときは真夜中だったから部屋の様子に気がつけなかった可能性もある。
「もう1度部屋に行ってみないといけないかもしれないな」
あの部屋に入ったことでこんな出来事が起こっているのだとすれば、解決するためにはもう1度部屋に行かないといけない。
あの部屋に入ることを考えると気持ちが重たくなってくるけれど、仕方ない。
「じゃあ、明るい内がいいかも」
暗くなってからあの部屋に入るのはもう嫌だった。
あの部屋どくとくの気味の悪さが、今でも肌に張り付いているような気がする。
「そうだな。他のみんなも呼んで……」
修がそこまで言ったとき、微かな悲鳴が聞こえてきて声を切った。
「今のは?」
「未来の声だったかも」
悲鳴は女性のものだった。
この施設内に女性は私と未来のふたりしかいない。
私と修は弾かれたように立ち上がり、教室から出たのだった。
☆☆☆
未来の部屋に到着したとき、2階にいた正志と充のふたりはすでに駆けつけていた。
しかしドアはまだ開けられていないようだ。
「未来、どうしたの?」
ドアをノックして声をかけるけれど、返事はない。
ドアにはカギがかけられているようで、それを知った充がすぐに事務室へと走ってくれた。
「ねぇ未来、返事して!」
ドアにピッタリと耳をくっつけてみても中から物音ひとつ聞こえてこない。
さすがにこれはおかしい。
中に人がいればちょっとした物音くらい聞こえてくるはずだ。
ホワイトボードに書かれた『喧嘩する者は消えろ』という文字はまだ消えていない。
冷や汗が体中に吹き出すのを感じる。
まさかまさかまさか……!
「カギ持ってきたぞ!」
充からカギを受け取って震える指先でどうにか解錠する。
「未来!?」
名前を呼びながら部屋に飛び込んだ私は言葉を失った。
部屋の中央には布団が敷かれていて、ついさっきまで未来がいた形跡が残っている。
けれどどこにも未来の姿は見えない。
窓に飛びついてみたけれど、カギがかかっている上にここは3階だ。
飛び降りると危険な高さだった。
「嘘でしょ、未来まで……」
そっと布団のシワに手を伸ばすとそこにはまだぬくもりが残っていた。
間違いなく、それは未来のぬくもりだったのだった。
☆☆☆
愕然とした気持ちで教室へ戻ってくると、ホワイトボードの文字が追加されていることに気がついた。
『喧嘩する者は消えろ 橋本未来抹消』
その文字に充が床を蹴りつける。
「もう喧嘩はしてねぇだろうが!!」
誰もいない空間に向かって吠えたのは正志だ。
この言葉が犯人に聞こえているかどうかはわからない。
ホワイトボードにはなんの変化も見られなかった。
「怒鳴ったり、攻撃的になるのはやめたほうがいい」
修がふたりをたしなめる。
しかし充は修を睨みつけた。
「なんだよお前、1人だけ悠々とした態度取りやがって」
「俺は別にそんな……」
「うるせぇ! だいたいお前はなんでここにいるんだよ? 別に成績が悪いわけでもねぇのに自分から参加して、一番怪しいじゃねぇかよ!」
充が唾を飛ばして怒鳴る。
その迫力に押されて修は後ずさりをした。
「苦手科目を強化するためだ。先生だって了承したからここに来たんだ」
「だから! それがうさんくせぇんだよ!!」
まともに会話をしようとする修の言葉を遮るように力まかせに叫んでいる。
修が冷静でいればいるほど、充の態度は悪化していく。
「本当はお前が全部仕組んだことなんじゃねぇのか?」
充の言葉に修が目を見開いて絶句する。
「なんてこと言うの!?」
こんな非現実的なこと、人間ができるわけがない。
だから、入ってはいけない部屋に入ってしまったのが原因じゃないかって話になっていたのに!
「お前、実は俺達のこと見下してただろ」
そう言ったのは正志だ。
正志の目は真っ直ぐに修へ向いている。
いけない。
咄嗟にふたりの間に割ってはいる。
「俺たちが慌てるのを見て、陰で笑ってたんじゃねぇのか?」
「そんなことない。絶対に違う!」
私は正志の言葉を必死で否定する。
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