第8話

修が一旦受話器を置き、再び潤に番号を押させる。

今度はスピーカーにして全員に音が聞こえるようにした。

電話はさっきと同じ用に何度か呼び出し音を鳴らした後、突然砂嵐に変わった。



「怖いよ、なにが起こってるの?」



彩が後ろの方で花と身を寄せ合って青ざめている。



「ちょっと、電話貸して!」



純子が修の体を押しのけて受話器に手をのばす。

一旦電話を切った純子がどこかへ電話をかけはじめた。



「どこに電話するんだ?」


「自分のスマホ」



充からの質問に簡潔に答える。

しかし、その電話もやはり結果は同じだった。

純子のスマホの方も全く反応していない。



「どうせ先生の悪ふざけなんだろ!? いいかげん出て来いよ!」



たまらなくなったのか正志が叫ぶ。

それに反応する声はどこからも返ってくることはなかった。



「外なのかもしれない」



香が小さな声で呟いた。



建物の中は手分けをしてもいなかったのだから、後は外しかない。

あの短期間に外まで出たとは思えなかったけれど、マジックだとすれば可能性はゼロじゃない。

その可能性にすがりつくようにして私達は全員で玄関へと走る。

外から差し込む太陽の光はすでに薄暗くなりはじめていて、あと30分もすれば建物は暗闇に包み込まれてしまうだろう。


山の夜は早い。

出入り口のガラス扉は観音開きになっていて、充と正志が左右を同時に押し開いていく。

外の風を感じて少しだけ心が安心していく。

やっぱり、ずっと建物内にいたから気持ちもふさぎ込んでいたのかもしれない。

そう思いながら一歩外へ踏み出そうとしたときだった。

突然、前から肩を押された感覚があって私の体は数歩後ずさりをしていた。



「どうしたの?」



香が不思議そうな表情を向けてくる。



「今、なんか……」



そこまで言って言葉を切った。

確かに肩に触れられた感触が残っているものの、そこにはなにもない空間が広がっている。

唖然として立ち尽くしていると今度は充と正志が外へ出ようとして弾き飛ばされていた。

さっきの私よりも強い力で押されたようで、ふたりとも同時に尻もちをついてしまった。



「ちょっと、なんなの!?」



妙な光景を目の当たりにした純子が眉間にシワを寄せる。



「みんなして遊んでないでよ」



ぶつぶつと文句を口にしながら出口へ向かったが、はやり同じように体を突き飛ばされて尻もちをついた。



「嘘、まさか外に出られないとか?」



香が目を見開いて愕然とする。



「そんな……」



もう1度外へ向かおうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。

一瞬大きな悲鳴を上げそうになったけれど、私を引き止めたのは修だった。

その姿にホッと胸をなでおろす。



「今度は俺が行く」



短く宣言して扉から出ようとする。

けれどその体はまたも突き飛ばされていた。



「大丈夫!?」



尻もちをついた修にあわてて駆け寄ってしゃがみ込む。



「なにかに突き飛ばされた」



修は自分の肩に触れて呟き、青ざめる。



「私もそんな感覚がした」




短く宣言して扉から出ようとする。

けれどその体はまたも突き飛ばされていた。



「大丈夫!?」



尻もちをついた修にあわてて駆け寄ってしゃがみ込む。



「なにかに突き飛ばされた」



修は自分の肩に触れて呟き、青ざめる。



「私もそんな感覚がした」



それから何度も外へ出ようと試みたけれど、結果はみんな同じ。

強行突破しようとすれば、その分強い力で弾き飛ばされてしまうことがわかった。

誰も外へ出ることができない。



「なにこれ、どういうこと」



いつの間にか小刻みに震えていた自分の体を両手で抱きしめる。

外へ出よう特選している間に外は真っ暗な闇に包まれてしまった。

たとえ今ここから出ることができたとしても、危なくて下山することは難しいだろう。



「とにかく、食堂へ向かおう。少しはなにか食べないとダメだから」



修が囁くようにそう言い、私の手を握りしめたのだった。



合宿参加者


山本歩 山口香 村上純子 橋本未来 古田充 小高正志 安田潤 東花 町田彩 上野修


担任教師


西牧高之(死亡)



残り10名



次の日


全員で食堂へ移動して来たものの、食欲のある生徒は1人もいなかった。

みんな椅子に座ってうつむいたり、壁に背中をつけて座り込んだりしている。

時折すすり泣きの声を上げているのは彩と花のふたりだ。



「先生はいないし、外にも出られないし、誰にも連絡が取れない。最低な状況ってこと」



大きなため息とともに言ったのは未来だった。

未来の目にも涙が滲んでいるけれど、さっきよりも顔色はマシになっている。



「だけどなにか食べないと、気持ち的にどんどん弱ってく」



未来はそう言って面々を見つめた。

なにか少しでも食べた方がいいと言ってくれているのがわかり、私は立ち上がった。



「確か、インスタントのスープがあったよね」



精神的に追い込まれたせいで体がとても重たく感じられる。

だけど、スープくらいならどうにか食べることができそうだった。



「それがいいかもね。これからなにか作るような気力もないし」



未来の言葉に私は頷く。

料理をするような余裕は、精神的に残されていない。

どれだけ時間があっても、心が追いついていない状態ではなにもできない。



「それなら私も手伝う」



香も一緒になって食堂の奥へと向かう。



お湯を沸かすだけだけれど、人数分となると結構時間がかかる。

10人分のカップにスープの粉末を入れていくとき、つい一人分多くカップを出してしまっていたことに気がついた。

本来だったらここに先生もいたはずなんだ。

こつ然と消えてしまった先生のことを思い出して胸の奥がギュッと痛くなる。


それと同時に得体の知れない恐怖が足の先から這い上がってきて強く身震いをした。

先生は本当にどこへ行ってしまったんだろう。

最初はおおがかりなマジックに挑戦したのだと思っていたが、これは明らかに違う。

マジックでは絶対にできないようななにかが起こっていることは確実だった。



「できたよ」



人数分のスープを運び、自分も席に座る。

コンソメスープのいい香りが食堂内に立ち込めている。

何度か息を吹きかけながら熱いスープを飲むと、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのが自分でもわかった。

やっぱり、食べ物の力は偉大みたいだ。



「今日は全員でここで寝よう」



スープを食べ終えてからそう言ったのは修だった。



「ひとりの部屋に戻るのは不安だろう? もちろん、男子と女子で部屋の左右に別れての雑魚寝になるけど」

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